第62回三重県高等学校演劇大会 中南勢地区大会 参加作品
夢(仮)
藤原カズキ・作 三重高校演劇部・潤色
平成29年7月29日(土) 3校目 上演
場所: 三重県総合文化センター 小ホール
2017年7月31日バージョン 第4稿
※実際に地区大会で上演したものと同じです。
尾崎(42) 社会科教師 :
サトシ(16) 高校1年生 :
ヒロト(16) 高校1年生 :
祭(16) 高校1年生 :
成田(16) 高校1年生 :
西村(56)1992年当時56歳の英語・社会科教師(女性):
# プロローグ これが俺の夢です!
花道に照明がつくと、椅子に座った学ラン男子高校生と白衣を着た女性教師が向き合っている。
男子高校生は1992年の尾崎(17歳)である。
尾崎が向き合っているのは白衣を着た西村先生。
ここはある地方の普通科高校の英語の教科分室。
西村は写真集を手に開いて見ている。
尾崎 先生…どうですか?
西村 子どもたちの笑顔とてもすてきね。
尾崎 僕、この写真家の先生の写真、大好きなんです。
西村 そう。
尾崎 はい。だから世界を飛び回って、こういう写真を撮るのが僕の夢なんです。
西村 確かにいいと思うけど。ご両親はそのことについてどう思ってるの?
尾崎 親父もおふくろも反対しています。
西村 そう。
尾崎 本当にプロの写真家になれるかなんて、確信ないですし…
西村 …でも夢はあきらめたら、それまでよ。
尾崎 そうですけど。
西村 尾崎君。まず、大学に行ってみたらどう?
尾崎 え?
西村 大学に行けば、いろんな人がいる。それに世界のいろんな地域や言語についても深く学べる。
大学に行きながら、写真の勉強をすればいいんじゃない?
尾崎 はい…でも。
西村 ところで尾崎くん。こないだの英語のテスト、赤点ギリギリだったわよね。
尾崎 あ、はい…
西村 あなたは3年生まで野球ばっかりやってたし、引退したこれからが勝負なんじゃない。
尾崎 でも、僕、どんな勉強していいか分からないです。
西村 あなたの夢を叶えるためには、少なくとも、英語と地理が必要なはずよ。
尾崎 英語と地理…?
西村 尾崎君、夢を見るだけなら誰でもできる。でも、夢を見ているだけじゃそれは実現しないし、
それどころか、夢を見続けることで不幸になってしまうこともある。
尾崎君は、本当に写真家になりたいの?
尾崎 …なりたいです。
西村 …
尾崎 どうしても。
西村 …君がもし本当にその夢を叶えるつもりなら私は協力するわ。
尾崎 え?
西村 英語と地理、やる気ある?
尾崎 …あります。
西村 じゃあ明日からその二教科教えてあげるから、毎日放課後、ここに来て。
尾崎 え、この「英語科分室」にですか?
西村 そうよ。
尾崎 え、でも西村先生、社会教えられましたっけ?
西村 知らなかった?社会の免許も持ってるのよ。
尾崎 え、そうなんですか?じゃあ、よろしくお願いします。
音楽 ザ・ブルーハーツ「夢」
照明がカットアウト。
#1 ヒロトマンVSサットシ―…そして現れる新たな強敵。
高校の休み時間のざわめき。
教室で男子高校生(サトシ)が教科書を机に出している。
そこにヒロトが教室に駆け込んでくる。
ヒロト サトシ!ヒーローごっこやろうぜ!
サトシ え、え。
ヒロト、教室の後ろの席のほうに移動し、構えている。
ヒロト ほら早く来いって!
サトシ あ、うん。
サトシ、ヒロトの向かい側に行く。
ヒロトがゴジラ系の怪獣の音楽を口ずさみ、サトシが怪獣になり、戦闘開始。
サトシ ぎゃ、ぎゃおー。
祭、教室に扉から入ってくる。
ヒロト (喜び)出たな。怪獣サットシー。
ヒロト変身する。
サトシ ヒロトに襲い掛かる。ヒロトパンチで反撃。
サトシやられっぱなしだが、反撃開始。ヒロト劣勢。
かくなる上は、ヒロトビーム、とか言いながら、ヒロト光線技で反撃。
光線技にサトッシーも倒れる。
ヒロト勝ち名乗りを上げて、サトッシーにドヤ顔。
サトッシー ぎゃ とか言って扉へ逃走を図る。
そしてドアに行くと同じタイミングで、白衣を着た尾崎が入ってくる。そしてぶつかる。
尾崎 …え?(駆け寄って)だ、大丈夫ですか。
サトシ ギャッギャギャオー!(手を伸ばして倒れる)
サトシはその場にガクっと倒れて、動かなくなる。
ヒロト サトッシー!
祭 はいカット!なんで光線技でやられへんかったやつが、先生にぶつかっただけでやられんねん!
ヒロト それは…
祭 先生も先生やで。
尾崎 わたしは…ノリですかね?
祭 ノルんはえーと思うけど、(時計を見て)チャイム鳴るまであとちょっとやで。
尾崎 え!?
急いであわてて席に戻る。チャイムが鳴る。尾崎と生徒たち三人は準備。
ヒロトはあるはずの教科書がない様子。
祭 起立。礼。着席。
尾崎 それでは出席を取ります。欠席はえーと…(教室を見渡す)ゼロですね。
それでは地理の授業を始めます。皆さん、教科書を持ってきましたか?今日は…
尾崎、教科書が見つからない。
ヒロト
(手をあげて)先生!教科書忘れました!
尾崎 …(手を上げて)私も忘れました!
全員「こてっ」となる。
尾崎 じゃあヒロトくんは隣の子に見せてもらってくださいね。
私は職員室に取りに行ってくるので、その間に皆さん。
全員、こちらを向く。
尾崎 十分な睡眠をとっておいてくださいね。
尾崎、全力で教室を出て行く。
ヒロト 十分な睡眠?ということは、先生公認の睡眠学習!よっしゃ!
ヒロトが寝る。(いびきをかく)
祭 ホンマに寝んな!
祭呆れ顔でサトシに話しかける。
祭 なあなあ、尾崎先生って、何か変わっとるよな?
サトシ え、あ、…うん。
祭 例えば前から気になっとったんやけど…(なんで白衣着てるのか…)
そこにすごく息を切らして教科書を持った尾崎登場。
尾崎 遅くなりました。
祭 え!?めっちゃ早いやん。
尾崎 前はもう少し速く走れたんですがね。
ヒロト 先生たしか今年で42歳じゃなかったの?
尾崎 はい。
ヒロト そんなに速く走れるなんて、先生…若いっすね〜
尾崎
いやぁ〜それほどでもありますけど〜。
尾崎照れている。
祭 あ、先生ちょっと!
尾崎 …どうかしましたか?
祭 先生、お願いがあんねんけど。
尾崎 すいません、授業後でいいですか?
祭 あ、はい、わかりました。
一瞬暗転
チャイムが鳴り、明るくなる。
尾崎 じゃあ号令お願いします。
祭 起立!礼。
生徒たち、礼をして授業が終わる。
#2 祭のお願い
4限目の終了で、ヒロトとサトシ、食堂へ昼食を食べに出ていく。
尾崎が出ていこうとしているところに祭が話しかける。
祭 先生、ちょっとお願いがあんねんけどさ。
尾崎 何ですか?
祭 5日後に球技大会あるやんか。
尾崎 ありますねえ。
祭 うちのクラス優勝狙ってんねんけど。他の種目はええんやけど、野球だけは弱いねん。
尾崎 そうですか。
祭 特にヒロトとサトシがめっちゃ下手くそやねん!せやから先週から毎日放課後練習してんねんけど、
全然うまならへんねん。先生見たってくれへん?
尾崎 どうして私なんですか?
祭 いや、先生ぐらいしか頼めへんし。優しそうな人やし。
尾崎
いや、それはそうですけど。
祭 自分で言うんや。
尾崎 でもたった5日しかないんでしょ。今から頑張っても無理じゃないですか?
祭 無理やないよ!頑張れば絶対できるって!
尾崎 いや、でもー…
祭 お願いします!!!
尾崎 えー…
祭 お願いします!!!
尾崎 少しだけですよ。
祭 ほんまに!じゃあ今日の放課後、野球部のグラウンドに来てください!
尾崎 野球部のグラウンドって野球部が使ってるんじゃないんですか?
祭 え、先生知らへんの?合宿中やん。
尾崎 合宿中?
祭 ほんまに知らへんの?
尾崎 はい。結構学校の情報疎いんで。
祭 (呆れ顔で)顧問の校長先生が秋季大会に向けて、秘密の特訓をするいうて山奥で合宿してるんやって。
尾崎 さすが私立の校長…何考えてるんすかね…
祭 まぁ、そういうことやから、放課後よろしゅう頼んます!
尾崎 わかりました。
#3 放課後…生徒たちの噂。
「SHAKIN&ROLLIN」の曲
場転、高校生と尾崎が椅子と机をはかせる。
中割を開けるとそこは放課後の野球グラウンド。
体操服を来たヒロトがベンチでいびきをかいて寝ている。
体操服を着た祭とサトシがやって来る。
祭 何寝てんねん!(メガホンで叩く)
ヒロト え、ここは?(きょろきょろ)なんで寝てんだ俺は!
祭 こっちが聞きたいわ!あんた掃除ないから先にグローブとボールとバット準備しといてってゆうたやんか。
ヒロト あー、ごめん。
祭 もうええから、はよ持って来て。
ヒロト はーい・・・サトシ、持って来て。
サトシ はーい!
サトシ袖にバットを取りに行く。
祭 あんたはまたサトシに頼んで
ヒロト 、、、、
祭 そういえば尾崎先生は?
ヒロト え、来てねーよ。
祭 ちゃんと放課後野球グランドって言うてんけどなー。
ヒロト まぁ、いいじゃん。あの先生変わってるから遅刻ぐらいあり得るよ。
祭 まあ、確かに尾崎先生って変わっとるよな?社会の先生やのに白衣着とるし。
ヒロト そう、それ。
祭 それに生徒に敬語やし。
ヒロト 普通、生徒に敬語使わないよ!俺が先生だったら「えー、今日は〜教科書〜P59〜」(俳句を詠むような感じ)
祭 なんで俳句調やねん。違和感ありすぎや、まぁ、うちは何か好きなんよな!なんか味があるっていうか。
今まで会ったことない先生っていうか…
ヒロト え、お前親父(おやじ)好みかよ!
祭 (メガホン)
ヒロト いてっ。
祭 LOVEやない!LIKEのほうや!
ヒロト 冗談じゃん。
祭 変な冗談言うたら怒んで!
ヒロト もう怒ってんじゃん。
そこに尾崎が息を切らしながら来る。
尾崎 すいませーん!遅れました!
祭
先生、めっちゃ遅いやん!
尾崎 だ、だから、すいませんでした。
祭 いったい何しててん?
尾崎 いやですね、放課後にお腹が減ってきて、理科室に隠してあったカップラーメンを食べたんですよ。
祭 理科室?
尾崎 はい。あそこはガスバーナーもあってとっても便利ですから。
祭 いやいや、職員室に電気ポットくらいあるやろ!
尾崎 だって放課後すぐの職員室でカップラーメン作ったら、他の先生に見つかるじゃないですか?
それに理科室だったら放課後誰も来ないし。
祭 理科の先生とか来るんちゃう?
尾崎 大丈夫ですよ。理科の先生の弱み握ってますから。
祭 何やそれ、なんか怖いな、とりあえず練習しましょ。
尾崎 そうですね。んー、じゃあバットとグローブを持ってきてください。
祭 もう持って来てあります。
尾崎 すいません。
祭 さ、練習やるで〜。
二人 はーい。
尾崎 それじゃあ、ヒロト君はそっち、サトシはこっちで素振りをしましょう。
二人 はい。
#4 ヒロトの宿敵・成田登場
そこへ革ジャン(無理ならスタジャン)を着た男子高校生(成田)がやってくる。
成田が来たことに気がついた瞬間にヒロトの表情が変わり、成田とヒロトの睨み合いが始まる。
曲「WILD GEAR」
全員 (思ったことを言う)
成田 よぉ。なんでバカで間抜けで運動音痴なてめーがこの野球グラウンドにいるんだよ。
ヒロト は、そっちこそロック、ロックうるせぇバカが、なんでこの野球グラウンドにいるんだよ。
成田
バーカ。ロックってのはリハーサルという名の練習も必要なんだよ。
ヒロト 何、意味わかんないこと言てんだてめぇは。つーか、お前が練習?その前にバット持てんのかよ。
成田 は?何意味わからないこと言ってんだてめぇは。そんなこと言ってるから頭の悪いおバカちゃんって言われるんですよ〜。
(耳元に)ね、お・バ・カちゃん。
ヒロト (胸倉をつかんで)黙っていればいい気になりやがって、怒るぞこの野郎。
成田 もう怒ってんじゃーん!
ヒロト この野郎!!!!
そこに尾崎が
尾崎
あのー。
2人 なんすか!(被せて言う)
尾崎
(二人の迫力に負けて)ちょっと、トイレ行ってきます!(全員ガク)
祭 え、ちょっと先生!
尾崎 大丈夫、ちゃんと戻りますから!
尾崎、そそくさとはける。
成田 てめー何俺に被せてきてんだよ。
ヒロト は?被せてんのはてめーじゃねえかよ。
成田 あ?なんだよやんのかこら。
ヒロト 上等じゃねえかよ。
祭 やめんかい!(メガホンで成田とヒロトを叩く)
2人 イテッ!
祭 ええ加減にせえ!せっかく先生呼んだのに。…トイレ行ってしもたけど…
ヒロト 祭、邪魔すんなよ、こいつと俺とはなあ…(ここであったが百年目と言う…)
成田 (祭の顔じっと見て)…美しい…
ヒロト・祭 … はあ!?
#5 成田の恋と祭のお願い
「Doo Wap」の曲に合わせて成田が躍る。踊り終わった後…
成田 君…名前は??
祭 か、神戸(かんべ)祭、やけど?
成田 か、神戸祭?祭さん…な、なんて、美しい名前なんだ…
ヒロト いや、美しくねーだろ。
祭・成田 うるさい!
2人がハモって、祭は「は?」という顔。成田は嬉しそう。
成田 ハ、ハモったね♡
祭 え、あぁ、まぁ…
成田 好きだ。
祭・ヒロト は!?
成田 君の美しいそのface、そしてメガホンを持ったその凛々しいslender shape。そして今日初めて君に会った
にもかかわらず言葉がハモったのは運命かもしれない。いや運命だ。(迫って)結婚しよう。
祭 いきなり何言うのあんた!怖!てーか、きも!!!
成田 そんなに僕を褒めてくれないでくれ…
祭 あんたどういう耳しとんの?てか、あんた誰?
ヒロト
あーそっか。祭、転校してきたからこいつ知らないんだ。こいつは同級生で6組の成田一郎、俺の宿敵だ。
成田 そう、俺は成田一郎、こいつの宿敵、そして君の旦那になる男だぜ。よろしく(軽いエアキス)
祭 (よける)あー、もう無視無視!はよ、練習しよ…
尾崎がいつの間にか戻っており、サトシにバッティングを教えている。
祭 (それを発見し)先生いつの間に戻ってたん?…って何しとん。
尾崎、祭に気づかずに教えを続けている。
尾崎 サトシくん、バットはね、こうやって使ってはいけません(ぐるぐるバット)。バットはこうやって振って、
ボールに当てるのです!
サトシ 知ってます!!!!!!
祭 練習しよ。
尾崎 あ、6組の成田くんじゃないですか?どうしてここに?
成田 先生こそ、どうしてここへ?
尾崎 祭さんにこの二人に野球を教えてやってほしいと頼まれたんですよ。
成田 羨ましい…祭、なぜ俺に言ってくれなかったんだ…
祭 いや、さっきまであんたのこと知らへんだし。
成田 OH!ショックだ。
祭 何がショックや!
尾崎 まぁまぁ。成田君もこの子たちに野球を教えてやってくれませんか?
成田 え、こいつに?ないです!絶対にない!
ヒロト 俺もごめんですよ!
尾崎 ヒロト君。成田君に手伝ってもらった方が絶対にいいですよ。
ヒロト え?
尾崎 だって、成田くんボールコントロールものすごくうまいんですよ。
ヒロト どういうこと?
尾崎 授業中に消しカスをまとめてゴミ箱に投げてるんですよ。またそれがよく入るんです。
成田 げ、ばれてたんすか。
尾崎 そりゃわかりますよ。毎回声出してますから。
ヒロト (乗り出して)声?
尾崎
「あちょおおおお」って。
ヒロト お前…授業中に何してんだよ…
成田 (開き直り)は、わりーかよ、ロックだろ。
祭 いや、それはロックやなくてブルースリーとか、そっち系やろ。
尾崎 で、成田くんやってくれますか?
成田 いやいや、なんで俺が違うクラスのやつと練習しなくちゃいけないんですか!しかもヒロトと一緒に!
尾崎 でも6組は練習してないんですよね?
成田 でも嫌です。ヒロトとは絶対いや!
ヒロト おう、成田、その意見に関しては俺も同じ意見だ。
成田 はじめて意見があったな。
ヒロト おう。
祭 そりゃ、お互いが一緒に練習したくなかったら意見合うやろな。
成田 (祭を見て気づく)あ!やりますやります!
ヒロト お前いきなりどうしたんだよ?
成田 俺がやらなきゃ誰がやる。絶対にやってやるぜ!
ヒロト さっきまでやんねーつってたろーが
成田 俺もお前に教えるのは嫌だ。しかし、祭さんが練習に来てと言っているんだぞ?
やるに決まってんじゃねーか?
祭 言ってへんわ。
尾崎 よし、これで決まりですね。成田君がバッティングピッチャーをやってくれれば安心です。
ヒロト お前…バカかよ!よりによってあのオナベに…
祭 なんかゆーた?
ヒロト 何も言ってないです。
尾崎 さあ、練習始めましょう!
#6 まずはどの程度の実力でしょうか…。
尾崎 まず手始めに、成田くんが投げたボールを打ってみてください!どれくらいできないのか見るので!
成田 えー、俺が投げるのかよ。どうせならホームランでも打って(投げキッス)祭さんの心をときめかせてやりたいのに。
ヒロト うるせえ、さっさと動け。
成田 は、お前は俺に打たせてもらう身だろ。もっと謙虚になりやがれ。
ヒロト なんだとてめぇ。
祭 もうええからさっさとバッターボックスに入れ!
ヒロト わあったよ。
成田 任せてください。祭さん!
祭 …きも。
尾崎 じゃあ、私がキャッチャーしますね。
尾崎、ミットを受け取り、キャッチャーの構え。
成田が投げたボールをヒロトが打つ。しかし空振り。
尾崎が、ピッチャーに返して、もう一回。
しかし空振り。
ヒロト くそ。なんで当たらないんだよ!
成田 決まってんじゃないか?お前が下手だからだよ!
ヒロト うるせぇ!
祭 あんた体育のときも1回も当たってなかったやんか。
ヒロト 体育は女子別だろ。見てたのかよ、くっそぉ。もう1球!
成田 打てるものなら、打ってみな!
成田がもう一回投げる。ヒロト、また空振り。
ヒロト あー!全然ダメだ!
成田 馬鹿だから当たんねえんだよ。
ヒロト はあ!馬鹿って言ったほうが馬鹿って幼稚園の頃の先生言ってたしー!
成田 おう、昔にな。
ヒロト うるせぇ。
祭 子どもの喧嘩か。
尾崎 えーと、じゃあ次、サトシくん!
サトシもじもじする。
尾崎 さっき、教えたとおりにすればいいんですよ。
サトシうなずいてバッターボックスに構える。
尾崎、グローブを持ってキャッチャーに構える。
祭はサトシを見ている。
成田が投げたボールを打とうと振るが、ヒロトよりもへっぴり腰。
先生ボール返して、成田もう1球。
やはり、へっぴり腰の空振り。
尾崎 んー…ふたりとも予想以上にやばいですね…
祭 だから先生に頼んだんやん。運動神経ええって言うてたからさ。
尾崎 確かに言いましたね。
祭 せやから、教えてもらおうって思って来てもらったんやん!まあ暇そうってのもあったし。
尾崎 まぁ、暇ですけど(笑)
ヒロト
いいよなー、先生みたいに生まれつき運動ができる人間は。(皮肉っぽく)
尾崎 生まれつき運動ができたわけじゃないですよ。少年のころから努力というものはしました。
ヒロト え?
尾崎 ま、簡単に言ったら努力しなきゃ人間何事も始まらないってことですよ。
成田 ま、俺は天才だから努力はしないけど〜。
ヒロト お前は黙ってろ!
祭 もうええから!先生!この二人に練習メニューをお願いします!
尾崎 そうですね。えーと、じゃあ、軽く素振り1000回でもいきますか。
ヒロト そんなに…
成田 素振りー!?
祭 あんたは関係ないやろ?
ヒロト 先生素振り1000回したからっていって野球できるようになるんですか?
祭 あほ!なるために先生来てくれたんやんか!適当にいうわけなけないやんか。
尾崎 適当ですよ。
全員 えっ!?
尾崎 でもまぁ、上手くなるためにはそのくらいはしないとねえ。
ヒロト 適当だったらやる意味ないじゃないですか?
尾崎 だって大会5日前に練習始めてどうなるかって言ったらどうもならない気がするし、
それなら素振りを何回もやったほうがいいんじゃないですかね。
ヒロト もっとかっこいいことしません?スライディングとか…
祭 (流して)なるほど、まずはバットを正しく振れることか…ということで、(二人に)やれ!
ヒロト えー?
成田 はい!(ヒロトに被せて)
祭 あんたに言ってない!(サトシの方を向いて)サトシ!
サトシ え、あ、はい。
音楽、夢(ブルーハーツ)、短い暗転
#7 成田、考えてみれば…/まだまだ現れる成田のナルシストぶり。
カレンダーが後4日になっている。
ヒロトとサトシと成田が、81、82などと数を数えながら素振りをしている。
ヒロトとサトシはへっぴり腰。
成田は様になっている。
そこへ尾崎がやってくる。祭はいない。
成田 あ、先生!これって、俺もやらなきゃだめなんですか?
尾崎は笑顔で成田を見ている。
成田 俺、普通にボール打てるし!
尾崎は成田を見て微笑む。
成田 え、やらなくてもいいですか。
尾崎は悲しそうな顔をする。
成田 やる?
尾崎は嬉しそうな顔をする。
成田 やらない?
尾崎は悲しそうな顔をする。
成田 あー、もう、やりますよ!(@からここまでの件(くだり)、時間が60分に収まらなかったらカットで)
尾崎、元の笑顔に戻る。
成田は素振りを始める。
尾崎、ヒロトとサトシの素振りがへっぴり腰なのを見て…
尾崎 二人ともへっぴり腰をヘッピラない程度の腰にしてくださーい!
サトシ あ、は、はい。
ヒロト 意味がわかりません。
尾崎 そのままの意味でーす。
ヒロト …
そこへ祭がやってくる。
成田の素振りに熱が入る。
成田 ふぅ〜。俺の額に滴る汗。そして感じる祭の視線…
祭 見てへん!
成田 こんなに男らしくてロックなやつがいるかよ!
祭無視して、ヒロトとサトシを見ている。
成田舌打ちして。
成田
先生トイレ。
尾崎 先生はトイレじゃありません!
成田 先生トイレに行ってきます!
尾崎 どうぞ。
成田バットを置いてはける。
#8 明かされるヒロトと成田の真実
尾崎が手をたたいて「はい、休憩」と告げる。
一息つく二人。
尾崎 ヒロト君。
ヒロト はい。
尾崎 そういえば、なんであなたと成田くんは仲が悪いんですか?
ヒロト それ、聞きますか?
尾崎 え、聞いちゃダメでした?
ヒロト いや、ダメじゃないっすけど…
ヒロト あいつとは小学校の頃から一緒なんすけど、あいつ、いっつもうるさくて
ある時、あまりにもムカついたんで俺はあいつのすねを蹴ったんすよ
痛かった…足の指が曲がってはいけない方向に曲がってしまい、三途の川が見えてしまったのさ…
祭・尾崎 …
ヒロト それから成田とは、会うたびに喧嘩してるんだ…
祭 足の指は別に成田と関係ないんとちゃう?
ヒロト いや、アイツのせいだ!!
尾崎 まあ、何といったらいいのか…
#9 成田君もですか…あ、もうこんな時間ですか…
成田がトイレから戻ってくる。
成田 何話してるんだよ?
ヒロト 別に俺らが何話そうと関係ねえだろ。
成田 おめえ、俺の悪口言ってたろ。
ヒロト 言ってねえよ。(成田聞いてない)
成田 お前がそんな気なら、俺も言いたいことがあるよ、先生。聞いてくれますか?
尾崎 え、まあ。
成田
小学生の時、こいつが俺の脛を突然蹴ってきたんすよ。
俺は怒ってこいつをビンタしようとした。だけどこいつは後ろによけやがった。
その時、俺の指にこいつの歯が思いっきり当たって、俺の指から血が出てきて…流石に三途の川は見えなかったが…あれは痛かった…
祭 なんか…本間にどっちもどっちやな。
尾崎 まあまあ。お二人の話とても面白かったですよ。
ヒロト・成田 面白いってどういうことすか?(被る。二人顔を見合わせて、あ、と言う顔をする)
祭 ただのガキの喧嘩やんか!
尾崎 二人は意外に気が合うのかもしれませんね。まぁ、練習に戻りましょう。
ヒロトと成田、お互いを睨み合って、被せるな、お前こそとかやっている。
尾崎がその間も素振りをしていたサトシに気がついて教え始める。
尾崎 サトシくん頑張りますね〜!でも、もっと顎を引いて、ボールをしっかり見て、腕を縮めて振らないといけませんよ。
サトシ あ、はい。
短い暗転。カラスの声。
三人が疲れて、素振り。夕暮れが迫ってくる。
ヒロト せ、先生…も、もう、ダメ…
成田 先生俺ももうさすがにだめだ。
サトシ (まだ素振り)
尾崎 (時計を見て…)あ、もう6時ですね。
祭 え、もう6時なん!やっば、妹迎えに行かな!先帰るわ!バイバイ!
祭、はける
成田、祭が帰る姿を見ていいことを思いつく。
成田 あ、もうこんな時間かー。そろそろ帰らないとなぁ。
成田が祭と同じ方向で帰ろうとする。
ヒロト おい!お前の家、逆方向だろ。
成田 ロックな男は遠いなどということは気にしないんだぜ!
ヒロト いや全然ロックじゃねーから。
成田 別に、祭の後を追いかけて家の場所を知りたいとかそんなんじゃねえんだからよ。
ヒロト ストーカーかよ。
成田 はっはっは、さらばだボーイ
成田、走って去っていく。
ヒロト あいつ絶対祭の後を追いかけた気がする。
尾崎
ヒロト君、祭さん妹さんの迎えに行くってどういうことですか?
ヒロト 小学2年生の妹がいるんすよ。
尾崎 ずいぶん年が離れてますね。
ヒロト あー、まぁ先生だからいっか、あいつんち親が離婚して母子家庭で、あいつが家事とかやってるんです。
それで、妹を学童に迎えに行くのもあいつの仕事なんです。
尾崎 忙しいのに級長もやってますよね。
ヒロト そういえばそうっすね、あいつ一番最初に級長に立候補したし。
尾崎 きっと、家が大変だからこそ、高校生活を充実させたいと思っているんじゃないですかね。
ヒロト そういうもんすかね。
下校のチャイムが鳴る。
尾崎 そろそろ帰る準備をしましょう!ヒロト君、サトシ君、明日は成田君に投げてもらってバッティング練習しましょう。
ヒロト はい。
サトシ (うなづく)
音楽。
三人が去る。
短い暗転
#10 成田君嘘はだめですよ/ヒロト君成長しましたね〜
黒板の文字はあと3日になっている。
成田とヒロトとサトシが素振りをしている。
成田 453.454…
ヒロト に、125、126、127
サトシ …。
祭、尾崎がやってくる。
成田 先生!昨日は370回だったけど、今日は450回振ったぜ!
尾崎 すごいですねえ!!!
ヒロト 先生、こいつ嘘ついてます。さっき150回のところでやめて、「疲れた、よし、3倍数を盛ろう!」って言ってました。
成田 てめぇなんでそれをバラすんだよ。
ヒロト 決まってんだろ。お前が嫌いだからだよ。
成田 なんだとてめぇやんのかてめぇコラてめぇ。
ヒロト てめぇてめぇうるせよ、てめぇはてめぇ星から来たてめぇ星人か。
成田 上等じゃねぇかよこら。
2人が喧嘩しようとしたところで祭が2人をグーで殴る。(効果音)
2人 痛っ!って、えぇ!?
ヒロト メガホンは?
祭 忘れた!
ヒロト だからってグーで殴る???
祭 しゃあないやん、うちのメガホンを家においてきてしまったんやから、残されたのはこの拳しかないんや!
ヒロト いやいや。
成田 (嬉しそうに)痛い…だが…祭からの直接的なタッチ…幸せだぜ…。
祭 あんたはMか?つーかへんたい?ほんま怖いわー。
成田 何を言ってるんだよ!ま・つ・り❤
祭 おえー。
尾崎 はいはいはい、愛のぶつけ合いはその辺にしてください。
祭・ヒロト 違います!
尾崎 あ、はい。
成田 てめぇ何祭とハモってるんだよ、こら。
ヒロト 別にハモりたくてはもってるわけじゃねーよ。つーかさっきからてめぇてめぇうるせえんだよ。
ぼこられてーのか。
成田 上等だぜ。
ヒロト 表でろ!
成田 ここが表だバーカ。
尾崎 はいはい、言い合いはその辺にして、どうです?基本通りバットを振れるようになりましたか?
成田 俺は元々できてますよ!
ヒロト まぁ、昨日よりはスムーズに振れるようになったんじゃないですかね〜。
サトシ …。
尾崎 ん、サトシくん?
サトシ …あ、いや、その…
成田 まぁサトシはヒロトと同様下手くそってことだな…
ヒロト 同様ってなんだよ、サトシよりはうまい自信あるぞ。
祭 あんたらやめとき。サトシかて頑張っとるんやから。
尾崎 そんなにすぐにはうまくなれません。まだ日はあります。
サトシ …は、はい。
尾崎 じゃあ今日は成田君にピッチャーをやってもらって、バッティングをやりましょう。
成田・ヒロト・サトシ はーい。
尾崎と祭はヒロトのバッティングが見やすい位置に移動。
サトシは守りに入り、ヒロトはバッターボックス。成田がマウンドに立ってバッティング練習開始。
成田が投げたボールをヒロトが振るが、空振り。
成田 っへ!相変わらずだな!
ヒロト うるせぇ!もう一球だ!
成田が投げた球を、今度はヒロトがバットに当てる。
前に打球が飛んだ…
全員驚きの顔。
サトシが後方にボールを拾いに走る。
ヒロト え、今当たった!?
ヒロト、後ろを見て…
ヒロト ボールがない!ってことは前に飛んでった!やったーー!
成田 まぐれだぜ…
尾崎 ヒロト君、やりましたね。
祭 うっそ、すごいやん!ヒロト!
成田 ぜ、絶対まぐれだって、もう一球!
成田が投げるボールをヒロトがまた打つ。ファールだが当たる。
それを繰り返す。またファール。
もう1球。外野にボールが飛ぶ。
成田は驚きの表情。ヒロトが余裕の表情になる。
成田 このへたくそが…なにこれ。
ヒロト 見たか!俺のナイスバッティング!
成田 うるせえ、チェンジだチェンジ!交代!
ヒロト なんだ?負け惜しみか?
成田 いや、全然負けてねーし。
ヒロト 仕方ねーな。今度は俺が投げてやるよ。
成田 なに上から目線なんだよこの野郎。
ヒロト まぁまぁ落ち着けって。
尾崎 成田君、ヒロト君!次はサトシくんの番ですよ。サトシ君!
成田がマウンドに立って、サトシがバッターの位置に。
成田がボールを投げて、サトシは振るものの全く当たらない。3回繰り返し。
成田 あーあ、時間の無駄だぜ。(成田かったるそう)
サトシ せ、先生、僕、ボール拾ってきます…(バケツを持って外野にボールを取りに行く)
尾崎 あ、はい。
サトシ、はける。
放送が入る。
放送 生徒の呼び出しを申し上げます。1年6組成田くん。ユメ単小テストの課題がまだ未提出です。
至急担任の山田のところまで来てください。
成田 やべ、忘れてた!先生、ごめんよ。
成田焦ってはける。
ヒロト バカすぎる(笑)あれでよくロックとか言えたな笑
また放送がかかる。
放送 続いて呼び出しをします。成田くんに加えて、2年2組梶村ヒロトくんは漢字小テストの課題が出ていません。
至急職員室原田のところへ来てください。
ヒロト 俺もかよ???先生、ごめん!
ヒロト、はける。
♯11 祭と尾崎/祭の思い
二人で遠くで玉拾いをしているサトシを見る。(下手花道で実際にマイム)
尾崎 サトシ君、玉拾いとか、率先的にやってくれますよね。
祭 うん。
尾崎 どうすれば彼は打てるようになるんでしょうかね…。
祭 …
尾崎 彼がいちばん一生懸命なんですけどね。
祭 先生!
尾崎 何ですか?
祭 ウチとサトシの話、聞いてくれへん?
尾崎 どんな話ですか?
祭 うちさ、中学までは大阪に住んどったんやけど、小学校二年生まではこの街に住んでて、
そんとき、サトシとは家が近所で、小っちゃいころはよう一緒に遊んどったんよ。
尾崎 はい。
祭 サトシは、昔は結構明るくて活発で…でもうちが転校してきたときには、
全然変わってて。
いつの間にか人としゃべるのが苦手になってたんよ。
尾崎 そうなんですか…
祭 うち、昔のサトシのこと知ってたから、めっちゃびっくりして。
まだうちが大阪に行ってる間にいったい何があったんかって、聞けずにいるん。
尾崎 そうですか。
祭 うちのクラス、サトシとヒロトが浮いてるんよ。
サトシには昔みたいに笑って欲しいし、
ヒロトもあんな性格やけどクラスに溶け込んでって欲しいって思って…
尾崎 祭さんは友達思いなんですね。
祭 そんなたいそうなもんとちゃうよ。
尾崎 いや他人の事をきちんと考えられるって、大したものですよ。
サトシがボールをバケツに入れて戻ってくる。
尾崎 サトシくん。
サトシ …
尾崎 どんな人でも全力で頑張れば、その努力はなにかしら残るものです。諦めずに練習頑張りましょう!
サトシ は、はい。
カラスの鳴き声。
暗転
♯12 球技大会まであと2日、サトシが逃げ出す。
黒板には試合まであと2日と書いてある。
グラウンドでヒロトと成田はフリーバッティング練習をしている。
サトシはネクストバッターズサークルで素振り。
尾崎は見ている。
またヒロトの打球が前に飛ぶ。
結構気分がいいヒロト。
ヒロト どうだ、だいぶ当たるようになってきただろ?やっぱおれ天才かもな。
成田 俺が打てるような球投げてるからだよ。そんなことより、祭はどうしたんだよ。
ヒロト 球技大会の実行委員会で遅れるって。あいつ級長だかんな。
成田 まじかよ。祭が来ないんだったら帰ろうかな。
ヒロト お前祭目当てで来てんのかよ。
成田 当たり前だろ。
ヒロト おまえなあ。
尾崎 はいはい、次はサトシくんに交代しましょう!
サトシ、バッターボックスに立つ。成田の投げる球をサトシは打つことができない。
サトシにも少し焦りが見える。
そこに尾崎に電話が来る。
その間も、サトシは成田の球を空振りし続ける。
尾崎 あ、はい尾崎です。え、明日の公開授業の資料ですか…。私の机の引出しの中…
(鍵がポケットに入っている)ちょっと待っててください、今そちらに向かいますので。
尾崎電話を手でおさえて。
尾崎 すいません。明日の授業の資料を山田先生に渡してきますので、練習していてください。
ヒロト君キャッチャーお願いします。
ヒロト はーい。
尾崎、電話をしながらはける。成田はいくぞ、と下から緩い球を投げるが、サトシはまた空振り。
成田 お前下手すぎだぞ!もっと真面目にやれよ!
サトシ え、ご、ごめん。(聞こえにくい)
成田 つーかさ、ちゃんと喋れよ!
サトシ え…
成田 お前何言ってんのかわかんねえよ!
ヒロト まぁ、確かにな。でもこいつ昔からこうだから仕方ないんじゃね!
成田 お前何時ぐらいから知ってるんだよ。
ヒロト 実はな、中学の時こいつな…お喋りでうっとうしい奴だったんだよ。
成田 え?こいつが?信じられねー
ヒロト 今と全然違うだろ?それで、空気が読めないもんだからクラスの女子に嫌われちゃってさ、
成田 ははは、だっせー
ヒロト だろー?最終的には、クラス中から無視されるようになったんだよ。
成田 そんな、マヌケなやつが居るってのかよー。
ヒロト ここに居るんだよー。
2人 はははははは・・・・・・
サトシ、ヒロトの言葉にショックを受けてバットを投げて上手に走り去る。
ヒロト おい、サトシ!
上手から尾崎がやってきてヒロトに。
尾崎 ヒロト君、今サトシ君が走って行きましたけど、どうかしたんですか?
そこに祭が上手からやってくる。
#13 ヒロトくん、君はもうわかっているでしょう…
尾崎 成田君、サトシ君、どこへ行ったんですか?
成田
いや、別に。
尾崎 説明してください。(強く)
祭 成田。
成田 いや、俺、あいつに真面目にやれって、それにちゃんと喋れよって言っただけなんですけど…
尾崎 それで彼は出て行ったのですか?
ヒロト (ためらいながら)いや、それで俺が「まぁ、昔からこんなんだから仕方ないだろ」って言ったらあいつ…。
尾崎 本当にそれだけですか?
ヒロト …
尾崎 ヒロト君。あなたは中学の頃から彼と一緒だったんですよね。
なら知ってますよね。サトシ君が人と話すときにうまく話せなかった理由を。
ヒロト …
尾崎 それを言ったんですか? (成田の方をちらっと見る)
祭 …あんた友達やろ。クラスで一番仲のいい友達なんやろ。
ヒロト え、あ、まあ。
祭 あんたら、いつも楽しそうに一緒に遊んでるやん。
ヒロト そりゃそうだけど。
祭 サトシにとってあんたは大事な友達なんやで。あんたにとってもサトシは同じはずや。
ヒロト な、なんでそんなことお前に決めつけられなきゃならないんだよ!
祭 あんたはサトシのことホンマにわかっとんの?人前ではようしゃべらへんけど、
サトシはサトシで自分の考え持っとるんやで?
ヒロト なんでお前はそんな分かったふりするんだよ!
祭 あんた、前に教室でプリントをばらまいたことあったよな。
あんとき周りの子は笑っとったけど、サトシだけは、一緒に拾ってくれて。
あんたもあの後言ってたやん、あいつはようしゃべれへんけど、ええやつやって。
ヒロト …
祭 サトシにとってもあんたはそうなはずや。友達やったら励ましたらなあかんやろ。
なんで、言葉をちゃんと言えるか言えへんかで片付けてしまえるん!
ヒロト …
祭 謝んな。サトシにちゃんと謝んなよ!
ヒロト ご、ごめん。
祭 うちに謝ってどうすんの!
尾崎 (中に入って)まあまあ落ち着いてください祭さん。
ヒロトくん。もう分かったでしょ、祭さんが言いたかったこと。
ヒロト …
尾崎 (気を取り直して)ところで祭さん、サトシ君の行きそうなところ分かりますか?
祭 分からんけど、先生今、サトシとすれ違ったんやろ。とにかくうち、そっちの方でサトシ探してくるわ。
尾崎 そうですね、今、彼のそばに誰かがいた方がいいと思います。
じゃあ、祭さんは裏山の方を、私は弓道場の方を探します。
祭 わかりました。
祭がはける。
ヒロト 先生、俺も、探します。
尾崎 じゃあ、ヒロト君は山ランコースの方をお願いします。
ヒロト はい。
ヒロトがベンチの後ろから下手へはける。
成田 先生、俺はもう帰るぜ。祭もいなくなったし。
尾崎 成田君が真っ先にサトシ君を見つけたら、祭さんのハートは君のものなのになぁ。
成田 (帰り支度をピタッと止めて)先生、俺はテニスコートの方を探しに行ってきます。
成田、駆け出して(上手・祭の行った方)に去る。
尾崎 よろしくお願いしますよ。
尾崎上手に去る。
#14 祭ちゃん、行こ。
祭が上手花道で、膝を抱えて座っているサトシを見つける。
祭 サトシ。
サトシ …
祭
行こ。
サトシ …。
祭 あんた覚えとる?うちが小さい頃、親と喧嘩して家に帰れんとずっと公園におった時、
あんたが言った言葉。「祭ちゃん…行こ。」って。
何気ない言葉やったかもしれへんけど、うちにとってはすごい言葉やったよ…。
サトシ …
祭 覚えとるやろ!覚えとったら返事してや。
サトシ …
祭 あの頃、うちにとってあんたがヒーローやったんよ。
せやから、うちはあんたに昔みたいに笑ってほしいねん。
サトシ …。
祭 成田とヒロトがひどいこと言ったかも知れへん。けど、あんたはそんな言葉に負けて終わる人間やない。
うちは分かっとるよ。
野球の練習に誘たのもそう。おせっかいかもしれへんけど、もう一回昔のみたいに戻ってほしかったからや。
サトシ …
祭 やから…行こ。サトシ。尾崎先生も待っとるよ。
サトシ …
祭 サトシ!
サトシ …
祭、サトシの手をそっと取る。
サトシ最初驚くが、祭の方を見て。
サトシ うん。
祭ゆっくりサトシを立たせて連れて行く。
♯15 尾崎とサトシ
尾崎が待っている野球グラウンドに、祭とサトシが戻ってくる。
尾崎 サトシ君。無事でしたか?祭さん、ありがとうございました。
祭 先生、うちもう学童行かなきゃないんで先帰ります。
尾崎 そうですね。妹さん待ってますから、早く行ってやってください。
祭 後はよろしくお願いします。
祭がカバンを持って去る。
尾崎 サトシくん。落ち着きましたか。
サトシ せ、先生、ぼ、ぼく練習、やめます。
尾崎 サトシくん、諦めるのは簡単です、簡単すぎてつまらないですよ。
サトシ あ、あ…。
尾崎 まあ、ここに座ってください。
尾崎、サトシをベンチに座らせる。
尾崎 サトシくん、過去ってどういう字か、わかりますか?
サトシ …
尾崎 過去という字は過ぎ去ったと書きます。じゃあ未来はどうでしょう。
サトシ …
尾崎 「未来」という字は未だ来てないと書きます。
なら、過ぎ去ったことよりもまだ来てないことを考えたほうが…おもしろいじゃないですか?
人間誰にでも触れられたくない過去はあります。でもそれは過ぎ去ったこと。
サトシ君にはまだ来ていない「未来」があるじゃないですか?
サトシ
先生…
尾崎 サトシくん、君には今、目標はありますか?
サトシ 目標?
尾崎 そう、こんな未来になったらいいな、とか、何かの職業になりたい、とか。
サトシ な、ないです。
尾崎
私が高校生のの頃は、まだ教師になる気なんてなかったんですよ。
サトシ え…?
尾崎 私が高校生の頃は写真家になりたかった。
サトシ しゃ、写真家…
尾崎 そう。高校3年生の夏、写真展で見たんです。憧れていた写真家の写真を。
衝撃的でした。自分が今いる世界とは全く違う世界を見てるようで。
サトシ …
尾崎 それから猛勉強をして、有名な写真部の大學に進学できました
サトシ それで…夢は叶ったんですか。
尾崎 (うなずく)夢はかないませんでした。自分が撮った写真を持って行ったんです。憧れていた写真家の所へ。
そしたら、こう言われたんです。「君は諦めた方がいい」って。
サトシ …。
尾崎 もう20年以上も前なのに、その時の事はとてもよく覚えています。それで…結局、諦めました。
サトシ …。
尾崎 「諦めるなんて簡単すぎてつまらない」って君に言いましたけど、説得力ないですね。
サトシ そんなこと…な、ない、です。
尾崎 ん?
サトシ せ、先生はきっと努力したと…思う。でも、僕…
尾崎 当分の間はずっと立ち直れなかったんですよ。憧れてた人に言われたってことで…
でも、そのうち、このままじゃいけない、と思って母校の西村先生のところを訪ねたんです。
そしたら…
#16 先生、俺決めました。
尾崎が白衣を脱いでサトシに渡す。
照明が変わり上手から白衣を着た西村先生がやってくる。
二人にサス。回想。
西村 久しぶりね、尾崎君。
尾崎 お久しぶりです。
西村 大学はどう?
尾崎 大学は順調です…でも…
西村 尾崎君?
尾崎 先生、俺…写真家になるの…諦めます。
西村 そう…頑張っていたのに、残念ね。
尾崎 仕方ないですから。
西村 で、これからどうするつもりなの?
尾崎 教師になろうと思うんです。
西村 教師?
尾崎 西村先生みたいな教師になりたいんです。
西村 私?
尾崎 はい、先生のような教師に。
西村 私も教え子にそんなこと言われる日が来るなんてね。
尾崎 はい。今まで、本当にいろいろありがとうございました。
西村 …どういたしまして。
尾崎 (微笑む)
開いている窓の外からブルーハーツの「リンダリンダ」の音がうすく聞こえてくる。
尾崎 そう言えば、もうすぐ文化祭の時期ですね。
西村 尾崎君ブルーハーツ好きだったわよね。
尾崎 はい、今でも高校生たちに人気あるんですね。
西村 最近ブルーハーツにいた人たちが出した新曲、私もよく聞いてるのよ。
尾崎 何て言う曲ですか。
西村 「日曜日寄りの使者」って曲。何か、あの曲聞いてると、なんか元気が湧いてくるのよね。
尾崎 先生も、ですか。
西村 うん。ブルーハーツっていう年齢でもないのにね。
尾崎 そんなことありませんよ。先生は若いですし。
西村 まあ、大学に行って、言葉がうまくなったわね。
尾崎 そんなことは…
西村 尾崎君…写真家になるっていう夢は無理だったかもしれない。
でも、そこからまた歩き出して見る夢もあるんじゃないかしら。
尾崎 …
西村 君は今、新しく自分の道を決めたんだから、これからはそれに向けて頑張ってね。
尾崎 はい。
西村 今度こそ、夢がかなうのを祈ってるわ。
回想終了。西村去る。尾崎、サトシから受け取って白衣を着る。
尾崎 その時に西村先生から、もらったのが、この白衣なんです。
サトシ
…え、そ、それがですか。
尾崎 そうですよ。
サトシ び、びっくり、です。
尾崎 まぁそんなこんなで今、教師やってます。
サトシ せ、先生。
尾崎 サトシ君、一日一日をしっかり、自分を大事にして生きていれば、自分が何をしたいかなど
目標が見えてくると思うんです。
だからあきらめずに、前を向きましょう。もう一度野球の練習やりますか?
サトシ
…はい。
尾崎 (満足そうに)でも今日はもう遅いので終わりましょう。まだ、明日がありますから。
サトシ は、はい!
暗転
#17 当り前じゃねえかよ!
次の日…黒板には試合まであと1日、と書いてある。
祭はベンチに座り、下を向いて考え事をしている。
ヒロト、成田はバットとボールを持って練習の準備をしている。
尾崎は会議か何かでいない。そこにサトシが上手から来る。
祭がサトシの方に駆け寄っていく…
サトシ、黙ってグローブを取って、祭の目を見る。
祭 サトシ…
ヒロトはサトシに何か言おうとするが言えない。
成田 (サトシに)ごめん。
ヒロト、成田を見る。
成田、バットを拾って、サトシに渡す。
成田 俺が投げてやっから、お前打てよ。
サトシバットをとって成田を見る。
ヒロト 俺もごめん!
サトシ ヒロト君…一緒にやろ。
ヒロト うん。
成田 これで不戦勝にならなくて済むぜ。
祭 あんたって本当に素直やないんねんな!
成田 おう。(恥ずかしそうに)
ヒロト 何だよ、だせーな!
成田 何だよお前!!
祭 さ、練習再開や!
祭が手を差し出し、全員で円陣になる。目線を合わせて
全員 おー!!
音楽「日曜日よりの使者」ハイロウズ が上がってくる。(18場にかけて流れる)
暗転
#18 仲間
試合当日。(カレンダーが0日になっている)スコアボードを見ると試合がもう始まっている。
成田とサトシの対決。サトシ空振り、など、役者たちが野球に、ところ狭しと動き回る。
祭がスコアボードに点数をつけていく。試合は4:1で6組リードの最終回5回。
サトシが最終回、バッターに立つ。
尾崎 2アウト満塁。一発逆転サヨナラの場面で、サトシ君に回ってきましたね。
祭 サトシ、お願いやから打って。
ヒロト サトシ、頑張れ!
成田 ここを抑えれば勝ちだ、容赦しねえからな。
サトシ …
ヒロト 先生に言われたことを思い出せ。
祭 大丈夫かなサトシ…。
尾崎 昨日の練習で少し当たるようになりましたからね。…でも、さすがに緊張してますね。
ヒロト 頑張れサトシ!
成田投げる。サトシ空振り。
成田、キャッチャーからのボールを受け取って。
もう1球。空振り。
ヒロト あごを引いて、ボールをよく見て、わきをしめて、
成田 (キャッチャーからのボールを受け取りながら)2ストライク。これで、最後だ。
尾崎 あと一球…。
ヒロト 振れ!!
成田、スローモーションで最後の球を投げる。
サトシ尾崎の教えたスイング。
カキーンという音。
スローモーション、全員が動くボールの方に向く。全員が沈黙。
尾崎 走れー‼︎‼︎‼︎
祭・ヒロト 走れ!!!サトシ!!
全力で走るサトシ。
尾崎 滑りこめ!
成田、2塁ベースのバックアップに入る。
外野からのボールが返ってくる。
サトシ滑り込んで、成田タッチ。
アウト。3アウト、ゲームセット。
呆然とするサトシ。
成田が手を貸して、サトシ起きる。
祭 負けた…けど、サトシが打った。
ヒロト サトシ!
祭とヒロトがサトシのところに駆け寄る。
成田 よくやったじゃねーか。
ヒロト お前敵だろ!
成田 バカ野郎!ロックに敵も味方もねぇ!俺はこいつが打ったのが嬉しいんだよ!
ヒロト お前…。
成田 何だよ…。
祭 結構ええこと言うやん!
成田 (ちょっとどぎまぎして)ようやく俺の魅力を分かっていただいたようですね。祭さん。
尾崎 さあ、みなさん、試合終了の礼を済ませないと。
ホームベースに集まって、礼をする。
ヒロト おめえ、思ったよりいいやつじゃねーかよ!
成田 何だよ今頃気づいたってのか。
ヒロト おう!
成田 なんか…今まで、すまねえな。
ヒロト 俺もごめん!
サトシ み、みんな…。
祭 さ、他のチームを応援しにいこ!
サトシ・ヒロト うん!
全員上手に走り去る。
♯エピローグ サトシ白衣をもらう
その日の夕方…グラウンドにはカメラをかけた尾崎1人。ベンチに座って、バットを構えたりする。
そこにヒロト、祭、サトシ、成田がやってくる。4人ともすごく仲が良い。
ヒロト いやー、それにしても成田の本気の球は早かったなあ!
成田 あたりめえだろ!やっぱり俺ってロックだよな!
祭 あれ、尾崎先生…。
尾崎 皆さんそろってどうしたんですか。
祭 いままで野球部にお世話になってグラウンド使ってきたから、整備しようって。
尾崎 そうですか。
祭 尾崎先生は?
尾崎 試合が終わってから、何かが私の中で引っかかっていたので、ここに来てみたんです。
祭 いったいなんやねん。
尾崎 そして今、その引っかかってることがわかりました。
ヒロト 何すか?
尾崎 私…3月いっぱいで教師をやめようと思います。
他全員 (一瞬の沈黙) えー!?!?
祭 また、いきなりなんでなん!?!?
尾崎 こないだ、サトシくんと話したことや、球技大会での皆さんのようす、
そして恩師の言葉など、最近よく頭をよぎるんです。
そして今それをガチっとつなげる歌を思い出したんです。
祭 歌?
成田 やっぱりロックな歌ですかね!?
尾崎 まぁ、そうですね。ザ・ブルーハーツの「夢」っていう曲なんです。
祭 ブルーハーツって誰?
成田 え!?祭さんってブルーハーツ知らない世代なんすか?
祭 いや、あんたと同じ世代やけどな。
尾崎 その歌詞に「建前でも本音でも 本気でも嘘っぱちでも 限られた時間の中で
借り物の時間の中で 本物の夢を見るんだ」っていう部分があるんです。
私が受験勉強していたころ、勉強に疲れるとよくその歌をヘッドホンで聴いていたんです。
4人 …
尾崎 私ももう今年で42歳です。
教師も夢でしたが、限られた時間の中で、本物の夢を見ようと思います。
祭 唐突に言われても…えー、先生、写真家になりたかったんやー。
尾崎 はい。
ヒロト 生活はどうするんですか?先生止めたら、給料ないんでしょ。
尾崎 幸いと言うか、私は独り身ですから、今までの貯金で何とかなります。
成田 でも今更写真家では、確実に食っていけるわけじゃないだろ。
尾崎 それはその通りですね。でも貯金が無くなったら、また教師をします。
世界中を歩いて、そこで撮った写真を生徒に見てもらう。それも私の夢なんです。
祭 本当にまた先生に雇ってもらえるん?
尾崎 私は20年も真面目に教師をしてきたんですよ。非常勤や常勤の職なら、大丈夫ですよ。たぶん。
みんな ガクっ
成田 たぶんかよ。
サトシ 先生!
尾崎 何ですか?
サトシ
ぼ、僕、教師に、なりたい。
祭・ヒロト・成田 え!?
尾崎 サトシくん…。
サトシ も、もっと、ひ、人と話せるようになって、お、尾崎先生のような、きょ、教師になりたい。
尾崎 (満足そうに)サトシくん!ならば私からお願いがあります。
サトシ な、なんですか?
尾崎 あなたが教師になった時、この白衣、貰っていただけませんか?
サトシ、笑顔になり…
サトシ はい!!!
はっきりと通るサトシの声が響き渡り、「夢」の「建前でも本音でも」の部分が流れてくる。
全員が夕陽の中でストップモーション。
幕