２０１４年度(第６７回)　
中部日本高校演劇大会　上演脚本）
　１２月２４日(土)５校目【枠番⑤】上演
スマートフォンと
　　　　黒電話(くろでんわ)
　　　　　　　　三重(みえ)高校(こうこう)演劇部(えんげきぶ)　作　
　
登場人物
吉田マコト	アパートで一人暮らし。会社を辞めて失業中。
澤田ハナエ	一人暮らしのお年寄り。頑固で意地っ張り。頭ははっきりしているが左足が悪く、週１回ヘルパーに来てもらっている。
野口スエ	好奇心旺盛で元気なお年寄りだが、ちょっと忘れっぽい。ハナエとの	古い友達。
斉藤ワカナ	ハナエの娘。意地っ張りは母親譲り。
	
時	７月中旬のある昼下がり
ところ	地方都市の古い住宅団地
舞台	舞台上手が家の玄関(引き戸)、センターが家の居間。正面の奥に入口があり、のれんがかかっている。その奥を下手に曲がったところが台所、上手がトイレ。
注）脚本のスエのセリフは、脚本の場所以外にも、ところどころにギャグが入りますが、省略しています。

	１　電話

　　　　明かりがつくと男(マコト)が就職情報誌を見ている。
　　　　スマートフォンの着信音。
	
マコト	もしもし、吉田ですけど。
	(おう、おれおれ、久しぶり。覚えている)
マコト	はあ、オレ？どちら様ですか？
	(は、おれだって、ケイスケ。前、一緒に働いてたの忘れたのかよ)
マコト	あ、先輩ですか。いったいどうしたんですか？
	(別に、どうしたってわけじゃないけど、今どこよ？)
マコト	前と同じアパートにいます。
	(実家には帰らないのかよ）
マコト	はい、実家には帰れませんし。
	（そうか、じゃあ仕事は？)
マコト	いや、まだです。探してるんですけど、いい仕事見つからなくて…
	(無職かよ。金とかどうしてんだよ？)
マコト	いや、けっこうキツキツで。
	(なんだよお前、早く働けよ。)
マコト	俺も早く働かなきゃって思ってるんですけど。でも、一回失敗してんじゃないですか？だからなかなか…
	（はいはい、お前ホントしょうがねえなあ）
マコト	はあ。
	（そんなお前に、ケイスケ様がいい仕事紹介してやるよ）
マコト	は？
	(いい仕事があんだよ、しかも絶対に失敗しない。)
マコト	そんな仕事、あるわけないじゃないですか？
	（空き巣だよ、空き巣）
マコト	いや。でも、それは、ちょっと…
	（簡単に金、手に入るぜ。年寄りの家だけ狙えばいいんだよ。）
マコト	いや、でも、それ、本当にやばいじゃないですか。
	（金困ってんだろ。年寄りなんて金ため込んでんだから、小遣いもらう感覚でいいんだよ。）
マコト	でも、捕まったら…
	（だから捕まらない方法を教えてやるから）
マコト	でも、相手に迷惑かかるし…
（迷惑？おれたち若者が働いて、年寄りを税金で養ってんだよ。ちょっと小遣いいただくだけだって。）
マコト	それは、まあそうですけど。
	（とりあえず、一回会おうぜ。飯おごってやるから来いよ。話しようぜ）
マコト	でも…。
	(まあ来いよ、駅前のサイゼリアな。)
マコト	ちょっと、勝手に決めないでください。
	（とにかく俺、待ってるからな）
マコト	ちょっ…

	電話切れる。
	就職情報誌を見つめる。

マコト	とりあえず、行ってみるか。

	マコト、去る
	音楽。

　　　　２　ワカナの訪問

	セミの声。
	ここは地方都市の古い住宅団地。
	かつての新興住宅地も現在は住んでいるのは高齢者ばかり、人通りは少ない。
	そこにある古い一軒家でハナエがちゃぶ台の前で座椅子に座って新聞を読んでいる。
　　　　そこに４０代くらいの女性が訪ねてくる。
	呼び鈴を押す。
	誰も出てこない。
	女性、思い出したように、呼び鈴を４回連続で押す。
　　　　ハナエが返事をして、玄関に向かう。
　　　　ハナエ、玄関のカギを開けて、戸を開ける。
　　　　二人顔を見合わせる。
　　　　ハナエ、戸を閉める。
　　　　ワカナ、戸を開けながら。

ワカナ	ちょっと？
ハナエ	新聞の勧誘ならお断りしてます。
ワカナ	…
ハナエ	(外に押し出しながら）私んとこは昔から中日新聞とってますもんで、すいませんねえ。
ワカナ	(ため息)
ハナエ	家のペンキの塗り直しも結構ですので。
ワカナ	いい加減にして。
ハナエ	あんた、仕事忙しいんとちゃうの？
ワカナ	まあ一応ね。それよりお母さん、最近どうしてんの？
ハナエ	ホントに珍しいなあ。こんなとこ来るなんて。
ワカナ	ちゃんと生活できてる？
ハナエ	当たり前やんか。

	ワカナ、家に上がって、父親の写真に気づく。
	父の写真の前に座り、そばにあるリンを鳴らして拝む。

ワカナ	もう何年になるんやった？
ハナエ	１５年。
ワカナ	そう。

	バッグからパンフレットを取り出そうとすると、ちゃぶ台を見ると、そこには	封筒。

ワカナ	何やお母さん、見てくれてたん？
ハナエ	(新聞を載せて)何のこと？
ワカナ	とぼけんでもいいやん。それ。
ハナエ	何言うてんの？
ワカナ	その新聞の下の。
ハナエ	…
ワカナ	考えてくれとったんやろ？
ハナエ	たまたま置いてあっただけやわ。
ワカナ	(家を見回して)この家ももう古くなったし、そろそろ決心ついた？
ハナエ	何ゆうてんの？。
ワカナ	けっこう立派できれいやろ、その施設。
ハナエ	絶対行かへんって言うてるやろ。
ワカナ	お母さん、きょうは真剣に話し合いたいん。

	ワカナ、新聞の下からパンフレットを引っ張り出す。

ワカナ	全館バリアフリーやし、看護師さんだって２４時間ずっとおるんやって。
ハナエ	はいはい。
ワカナ	足のこと考えたら、段差ない方がいいやろ。
ハナエ	…
ワカナ	お母さん、花好きやったやろ。ここは庭いじりとかもできるんやって。職員さ	んが手伝ってくれて。
ハナエ	…
ワカナ	それに一番ええんが、もう戸締りとかせんでええってこと。
ハナエ	ちゃんと戸締りしとるよ。この前のはたまたまやんか。
ワカナ	いきなり警察から電話かかってきて、本当に驚いたんやから。
ハナエ	あれからは戸締りちゃんとしとるし、もう大丈夫やて。
ワカナ	戸締り気いつけとったって、こんな郊外の団地の一軒家は狙われやすいんやよ。
	今度は命取られたらどうすんの？
ハナエ	まあそん時はそん時や。
ワカナ	何がそん時よ。ここに入れば、そんな心配はなくなるし、安心やない。
ハナエ	はいはい。
ワカナ	こういうことは早め早めに決めやなアカンの。動けやんようになってからでは遅いんやに。
ハナエ	はいはい。(取りつくシマもない）
ワカナ	携帯も持たへんからなかなか連絡もできへんし。何かの時どうすんの？
ハナエ	ご心配なく。
ワカナ	もう他人さんの世話にならへんと生活できへんのやろ。
ハナエ	ヘルパーさんこと？
ワカナ	そう。
ハナエ	週１回だけやんか。
ワカナ	でももう、そんな段階なんよ。	
ハナエ	別に私が頼んだわけやないやろ。
ワカナ	それはそうやけど。とにかく決められへんの、もうこんなええとこ絶対空き出えへんよ。
ハナエ	…
ワカナ	私も、めったに来られへんし、私の家の近くの方が何かと安心やろ。
ハナエ	…
ワカナ	この辺も空き家増えたし、さびれてく一方やんか。
ハナエ	…
ワカナ	(パンフレットを見せながら）それに比べてこんな街中でこれだけの施設。それに値段もここやったら何とかなるし。今が絶対のチャンスなんよ。だから…
ハナエ	私はこの家に住みたいの！
ワカナ	…お母さんのためを思て言うとるのよ。誰がどう考えたって、その方がええに決まっとるやんか。
ハナエ	…この家が建っとる土地も、はよ売らんと買い手無くなるからやろ。
ワカナ	そんなこと誰も言うてないよ。
ハナエ	金、金あんたはいつもそればっかりやん。私の気持ちはどうなんの？

	間
 
ハナエ	…お茶入れたるわ。それ飲んだら帰ってな。
ワカナ	お母さん。

	ハナエ、出ていく。

ワカナ	…しかたないやんか…

　　　　スマホの着信音。
　　　　ワカナ、手帳型のカバーのついたスマホを出し、電話をとる。

ワカナ	はい。斉藤です。
	どうも、お世話になっております。
	えっ、今日ですか？(少しためらう)
	(意を決して)はい、わかりました。
	３時半ですね。（手帳にメモを取る）
	それでは書類を持ってお邪魔いたします。では、失礼します。
　　　　
　　　　ハナエ、お盆を持って入ってくる。
　　　　
ワカナ	お母さん。
ハナエ	何？
ワカナ	仕事入ったから帰るわ。(立ち上がる)
　　　　とにかく、真剣に考えといて。

	パンフレットを置いて出ていこうとする。

ハナエ	…ワカナ。

	ワカナ靴を履く。

ワカナ	今どき、あんな電話使ってんのお母さんくらいやに。

	ワカナ、出ていく。	

ワカナ	(戸まで行って)お邪魔しました。
ハナエ	ちょっと。
　　　　
　　　　溜息。
　　　　玄関のカギを閉める。
　　　　ちゃぶ台の上のお盆を持って、台所の方へ出ていく。

	３　マコト、ハナエの家に入る

	ハナエがカギを締め終わったころに、上手より、きょろきょろしながらマコトがやってくる。
	ハナエの家の玄関に立ち、きょろきょろしながら、チャイムを１回押す。
	誰も出てこない。
マコト、戸を開けるが、鍵がかかっている。
もう一度辺りを見まわして、ポケットから針金をとり出して、いきなり、鍵穴に突っ込んでこじ開けようとする。
	その時後ろからスエが現れる。

スエ	あんた、何しとんの？
マコト	！
スエ	何の用事？
マコト	(あわてて針金を隠して)え、ええっと。
スエ	あ、あんた、ひょっとしてー、新しいヘルパーさん？
マコト	は？
スエ	ヘルパーさんやろ。そういやハナエさん言うとったわ、今度新しく若い男のヘルパーさんが来るって。
マコト	…そう、そうです。ヘルパー、ヘルパーです。
スエ	何や、そうか。なら入んな。
マコト	でもカギが。
スエ	そんじゃあ、ちょっとどきな。
マコト	はあ。

	マコトがどくと、スエ、チャイムをいきなり４連打する。
	ハナエが奥から「はーい」と言って出てくる。

ハナエ	どなた？
スエ	私や、私。
ハナエ	スエさんか、久しぶりやなあ。カギ開けるでなあ。

	ハナエ、カギを開ける。
	
スエ	(マコトに)この家に入るときは、４回チャイムを押すんや。何でやと思う？
マコト	はあ。
スエ	５回やと、誤解されるやろ。ハハハ。あんた、ここ笑うところやに！

	ハナエ戸を開ける。

スエ	久しぶりやなあ。
ハナエ	久しぶり。元気やった？

　　　　マコト、こっそり逃げようとする。

スエ	あんたどこ行くの？はよ中に入りな。
マコト	ここ、おばあちゃんの家じゃないんですか？
スエ	何言うとんの？私はハナエさんを訪ねに来ただけや。さあ、さあ。(押し込む)
マコト	は、はい。
スエ	お邪魔します。	 
ハナエ	どうぞどうぞ。

	スエとマコト、家に入る。
	マコトはきょろきょろしている。

スエ	はよ、上がらしてもらい。
マコト	は、はい。
スエ	あいさつは？

	マコト戸惑う。

スエ	はよ、帽子とって、背筋伸ばして。礼！
マコト	こ、こんにちは。
ハナエ	こんにちは。
マコト	お、お邪魔します。
ハナエ	まあ汚いところですけど、どうぞ。

	ハナエ、座布団を出して、ちゃぶ台の周りに２枚置く。

スエ	あんたはよ座らせてもらいな。
マコト	はい。
スエ	ハナエさん。トイレ、貸してくれへんか？ 
ハナエ	来ていきなりやね。
スエ	最近また近うなってねえ。
ハナエ	どうぞ。

	スエ、廊下できょろきょろする。

スエ	どこやったっけ？
ハナエ	右の突き当り。
スエ	あぁ、そやった、そやった。

	スエ、トイレに行く。
	ハナエとマコトが残される。

	４　ハナエとマコト

ハナエ	あの。
マコト	はい。
ハナエ	どちらさん？
マコト	え、え、その。
ハナエ	スエさんのお孫さん？
マコト	え、え、その、はい。まあ。
ハナエ	（ほっとして）スエさん、お孫さんがたくさんいるから。
マコト	そ、そうです。よろしくお願いします。
ハナエ	まあ、せまいところですけど、ゆっくりしていってくださいね。
マコト	はあ。
ハナエ	それじゃあ、お茶入れなおしてきますからね。

	ハナエ、台所にお茶を持って立ち去る。
	スエ、入れ違いに入ってくる。

スエ	ハナエさん、座椅子に座ってイースか？
ハナエ	それ、新ネタ？
スエ	面白いやろ？な、面白いやろ。
ハナエ	うん…。こっち座ってな。

	５　スエとマコト

スエ	ああ、すっきりした。(座ってるマコトを見て)あんた何座っとんの？ヘルパーに来たんやないの？
マコト	え、まあ。
スエ	私に構わんでええから、どうぞ仕事してって。
マコト	仕事って…
スエ	ヘルパーさんなんやろ。料理したり、掃除したり、買い物したり、ゴミ捨てたりするのが仕事やないの。
マコト	そうですね。ははは。
スエ	あんた本当にヘルパーさん？
マコト	え、本当ですよ。何言ってるんですか。

	とか、何とかやっているうちにハナエが麦茶を持ってやってくる。

	６　マコトの正体　パート１	

ハナエ	お待たせ。
スエ	ありがとう。
マコト	あ、どうも。
スエ	それにしても久しぶりやなあ。
ハナエ	ほんまやなあ。２か月ぶりくらいかなあ。
スエ	黒電話も久しぶり。
ハナエ	懐かしいやろ。
スエ	昔は全部これやったもんなあ。
ハナエ	そうそう。
スエ	あんたそろそろ電話変えへんの？
ハナエ	私はこれでええし。
スエ	(ガラ携を見せながら)これも持たへんの？
ハナエ	無くても困らへんし。
スエ	メールとかできるよ。
ハナエ	私はこの電話で十分やわ。
スエ	あんたも持っとったらメールとかできんのに。
そや、これこれ(土産出す)ハナエが好きや思て。
ハナエ	ありがとう。お気遣いなく。
スエ	この前の日曜日、娘夫婦が京都に連れて行ってくれてねえ、久しぶりに本願寺さんにお爺さんのお骨、お参り行ったんさ。それでついでに京都見物させてもろうたんさ。
	久しぶりに清水の舞台に行ったわ。もう最後かもしれへんなて思て。(ハナエの様子に気づいて)あ、ごめん。ハナエさん、足の具合はどうなん？
ハナエ	もうだいぶようなったよ。そんでこのお孫さん(マコトを指して)も行かれたん？
スエ	…えっ。
ハナエ	やで、この若い人スエさんのお孫さんやろ？
スエ	何言うてんの、この人はヘルパーさんやろ。
ハナエ	ヘルパーさん？

	マコトたまりかねて。

マコト	それじゃあ、ちょっと私は失礼して。(出て行こうとする）
スエ	(マコトの服をつかんで）あんた何言うとんの。あんたヘルパーさんやろ。
ハナエ	あんたスエさんのお孫さんっていうとったやんか。
マコト	まあ、あの、そうですねえ。
ハナエ	そうって…スエさん。きょう何曜日やったっけ。
スエ	え、今日？
ハナエ	今日、何曜日って書いてある。
スエ	今日は、１６日やから水曜日やわ。
ハナエ	水曜日。ヘルパーさん来てくれるのは木曜日のはずやけど。
スエ	(マコトに)あんた１日間違えとらへんか？
マコト	え、そんなことは…

	ハナエとスエがマコトを見る。

マコト	…じ、実は下見なんです。
スエ・ハナエ	下見？
マコト	あの、その、ぼくヘルパーになったばかりなんで、今度お邪魔するご家庭を回って、どんなご家庭かなあ、って調べてるんです。
スエ	最近のヘルパーさんはそんなことするんか？
マコト	はい、昨年規則で決まったんです。いきなりお邪魔しても、その家庭の状況とか知らないと十分なヘルパーができないでしょ。特にぼく新人なんで、所長が行ってよーく見て来いって。
スエ	そうか、下見か。(納得)
ハナエ	でも、あんたさっきスエさんのお孫さんって言うとったよなあ…
マコト	１日前に来ておいてヘルパーって言ったら、びっくりするかなあ、って思って。まあ話の流れで。
ハナエ	流れ…
マコト	そう、お孫さんですか、って聞かれたんで、あんまり最初から否定しちゃいけないかな、と思って、ごめんなさい！ 

	ハナエ、いぶかしげな目で見る。
	スエはあまり気にせず納得の様子。

スエ	まあまあハナエさん。新人さんがこれから頑張ろうとしとるんやから。(マコトに)これからハナエさんをよろしくねえ。
マコト	はい、こちらこそよろしくお願いします。

	７　スエ、ハナエ、スマホで遊ぶ

スエ	あんた、名前なんて言うの？
マコト	ええと、マサトです。マサト。林マサトと言います。よろしくお願いします。
スエ	あ、どうもよろしく。ほら、ハナエさんも。
ハナエ	…
スエ	(興味津々に)あんた、年いくつ？
マコト	２２になります。
スエ	へえ、若いなあ．男の人のヘルパーさんって珍しいなあ。
マコト	…そうですよね。以前から福祉に興味があって。
スエ	へえ、料理とかもできんの？
マコト	…そりゃもう、ばっちり。
スエ	ハナエさん、よかったなあ、料理もできる若者で。
ハナエ	（まだ疑っている）

	間
	スエ、話題を探して、きょろきょろして、黒電話を見る。

スエ	そういや、今の若者の間では『すまほ』と言うのが流行っとるらしいな。
マコト	はい、そうですね。
ハナエ	…すまほ？
スエ	私分かるで～。
ハナエ	え?スエさん、あんたすまほ知っとるの？
スエ	まあ、だいたいやけどな。
ハナエ	へ～すごいなあ、スエさん。で、なんやのすまほって。
スエ	ん～、運動かなあ。
ハナエ	運動？ 
スエ	ん～、ピンポンの新しいやつ？
ハナエ	へえ、卓球とどう違うん？
スエ	ハナエさん卓球はあかんよ。脱臼するからな。ワハハハ。
ハナエ	で、すまほって何なん？
スエ	えっと…。こう…ハナエさん行くで！(卓球の構え)スマッフォ。

	間

ハナエ	…スエさん。
スエ	何？
ハナエ	今のネタ、無理があるで。
スエ	…ごめんな、ごめんな。
ハナエ	はぁ。(マコトに）あんたすまほ知っとる。
マコト	あ、はい、まぁ、一応。持ってますし。
スエ	そうなん？見せてんか？
マコト	はあ、はい。

	マコト、スエにスマホを見せて渡す。スエ手に取る。

スエ	そやそや、これがスマホや。ハナエさん見てみて、これがスマホやに。
ハナエ	(覗き込んで)あ、これ何なん？
マコト	(覗き込んで)これはカメラです。
スエ	すごいわこれ。(ハナエを画面に入れて)ハナエさん、あんたスマホに入っとるで。
ハナエ	やめて、寿命が縮む。
マコト	どういうことですか。
スエ	(マコトに)これどうやって撮るの？
マコト	(操作して)こうやって、ここのボタンを押します。はい、撮れました。

	スエとハナエ、画面をのぞきこんで感嘆の声。

スエ	すごいなあこれ、ハナエさん行くで。（撮る）ハナエさん撮れたで。
ハナエ	やめて寿命が縮む。
マコト	えっ、だからどういうことですか？
スエ	ほかにどんなことができんの？
マコト	こうやって、指で画面を操作すると、いろんなことができます。
スエ	こうやって？
マコト	はい。

	スエ、いろんな操作する。

スエ	あれ、ハナエさん。えらい別嬪さんが出てきたで。
ハナエ	どれどれ、ホンマやこの子動いとるで。
マコト	（あわてて）それは！
スエ	(スマホを取り戻そうとするマコトをよけて)がーるふれんど？
マコト	あぁあああ
ハナエ	がーるふれんど？
スエ	(マコトに)これかいね？（スエ、ハナエ、小指を立てる）
ハナエ	でもこれ、(仮)って書いてあるで？
スエ	ほんまや。これ、どうやったら次の画面にいくんやろ。

	スエ、スマホをぶんぶん振る。

マコト	やめてください。
ハナエ	この子なんか言うとるで。
スエ	…一緒に帰りませんか…あんた、誘われとるで。
マコト	もう、やめてください。

	マコト、スマホを取り上げる。

ハナエ・スエ	ああー。
マコト	ぼくが何をやろうと、ぼくの勝手じゃないですか？
ハナエ	まあ、怒らんと。スエさんもやりすぎやに。
スエ	別に隠そうとせんだって。
マコト	だーかーら、違いますって。
スエ	恋は若いときにいっぱいしとかんと。
ハナエ	そうそう、たくさん経験積んどいたほうがええに。
マコト	何言ってるんですか。
スエ	こう見えても私ら昔すごいもてたんやで。
ハナエ	そうそう。あ、アルバムあるんや。見る？
スエ	見る見る。
ハナエ	手前から２番目の青いやつ取って？
スエ	２番目の青いやつ…（スエ、手前の青いアルバムを手に取る）
	これ？
ハナエ	あ、そう、これこれ。ありがとう。

	二人アルバムを開くと、音楽。
	暗転。

	８　ハナエとスエ、恋の思い出パート１　ゲートボール編

	明かりがつくと、ハナエ、スエがゲートボールをしている。
	ハルオ（マコト）舞台の別の場所で準備体操をしている。

ハナエ	なぁなぁスエさん。このゲートボール同好会の中で一番かっこいい人、誰やと思う～？
スエ	それは…なぁ？（視線をハルオに向ける）
ハナエ	もしかして…？（視線をハルオに向ける）
スエ	…え…ハナエさんもなん？
ハナエ	（うなずく）
ハナエとスエ	ハルオさんすっごいかっこいいよな！
ハナエ	なんや～スエさんもか～。私がハルオさんのことをかっこいいと思たんわなぁ。ちょっとはよー来てしまった時に…たまたまハルオさんに声かけられてなあ。二人でブランコ乗りながらおしゃべりしたんや。その時のハルオさんが、すっごい爽やかでかっこいいと思たんさ。
スエ	へえ、そうなんや。私がハルオさんかっこいい思たんわな。あ、そんな大したことないんやで、ほんと。	私が一人でパフェ食べようかなーって考えているとき、偶然コメダの前でハルオさんに会ってな。それでハルオさんが。
ハルオ	…新作パフェ食べへん？
スエ	っていってくれてな。私は、一人で食べきれへんし、それに血糖値上がるから無理やわ～って断ったんやけどな、そしたらハルオさんが。
ハルオ	じゃあ、一緒に半分こして食べよに。
スエ	って言ってくれたから半分こして食べたんや。そのパフェ食べてる時のハルオさんの横顔がすっごいかっこいい思たんさ。
ハナエ	…は？パフェ？一緒に半分こ？
スエ	そうやで。すっごい幸せな時間やったわ。
ハナエ	ふーん、ハルオさんも幸せやったんかなあ。スエさんだけが幸せやったんとちゃう？
スエ	そんなことないで。だって一緒にパフェ食べてるとき、ハルオさんも…
ハルオ	幸せやなあ。
スエ	って言ってたでえ。
ハナエ	ほんじゃ、どっちとおった方が幸せやったか、聞きに行ってみよか。
スエ	ええで、行こ。

	ハナエ、スエ二人でハルオさんのところに行く。

ハナエ・スエ	ハルオさん！
ハルオ	はい。
スエ	急にごめんなんやけど、あんとき私と一緒に、パフェ食べた時間が、一番幸せやったよなあ。
ハナエ	いやいやそんなことないやろ。私と一緒にブランコ乗って、おしゃべりした時間の方が、幸せやったよなあ。
スエ	そんなこと！
ハナエ	ちょっと！
ハルオ	幸せといえば、サヨコちゃんとの思い出が、一番幸せやったわ。
ハナエ・スエ	えっ。
ハルオ	あ、サヨコちゃん、待って！

	ハルオ、下手の袖にスキップする。

ハナエ・スエ	…
ハナエ	スエさん、どんまい！
スエ	…ハナエさんもやろ

	音楽、暗転。
明かりがつくと、アルバムの前に二人がいる。

マコト	ちょっと、今のは何なんですか？
スエ	ちょっと、苦い思い出やったけどなあ。
ハナエ	そやなあ、１０年ちょっとくらい前かなあ。
スエ	私らも若かったなあ。
ハナエ	あんたも話に付き合ってくれてありがとな。
スエ	さすがヘルパーさんやなあ。
マコト	どうして僕がおばあちゃんたちの三角関係に付き合わないといけないんですか。
ハナエ	そんなこと言うて、あんたノリノリやったやんか。
スエ	ほんとやわ、あんたやっぱヘルパーさん向いとるで。
マコト	全然わかんないです。いったいどういうことですか。
スエ	それはな、人の話をちゃんと聞いてくれて、望んでることに付き合ってくれる、いうことやわ。
ハナエ	そうそう。私らが一番してほしいんは、若い人らに私らの話を聞いてほしいいうことなんや。
スエ	そう、アホな話でもなあ。そんで少しでも興味持ってくれたら、ああ、私ら生きとってよかったなあ、思うんさ。
マコト	そうなんですか。
ハナエ	スエさん。ハルオさんのこと思い出したら、今度はあのアルバム見たなってきたわ。私らが出会った頃。
スエ	そうや、そうや、あれは私らが１５，６の頃やった。
ハナエ	九州から集団就職でやってきて、住み込みで働いていた紡績工場で。あの頃は自分がどんな人生歩むんやろうって、どきどきしとったよなあ。もう一つの黒いやつとって。
スエ	あ、分かった。(アルバムを取る）
マコト	紡績工場？
ハナエ	そう。綿から糸を作る工場。昔は大勢の女の人が九州とかから来とったんさ。
スエ	これやな。
ハナエ	うん、それそれ。

	ハナエ、スエとアルバムを見始める。
　　　　音楽。暗転。
	そこは夜の工場の寮の中庭である。

	９　ハナエとスエ、恋の思い出パート２　紡績工場編

ハナエ	スエちゃん。どうしたと、こんな夜中に呼び出して。
スエ	ハナエちゃん。どうしてん、聞いてほしいことがあったとよ。
ハナエ	いったい何ね？
スエ	私、好きな人ができたとよ。
ハナエ	…え、誰け？
スエ	山下さん。
ハナエ	…山下さん？
スエ	そう。
ハナエ	…そうけ、山下さんけ（がっかり）。
スエ	山下さんまだ若けえけど素敵じゃね？私たちみたいな地方からやってきた人たちにも、分け隔てなく接してくれるしよね、誰に対しても毅然とした態度で私たちのこと守ってくれるし。
ハナエ	…そっか、でも山下さんっていい人おるちゃない？
スエ	はあ～。ハナエちゃん、なんか知っとっと？
ハナエ	ううん、知らんけど。でもいい人じゃわあ。
スエ	でもおらんかもしれへんし、こんど転勤になるかもっていうとったから、私それまでにどうしても気持ち伝えないかんがねと思って。
ハナエ	そっか…
スエ	びっくりするじゃろね。
ハナエ	そりゃ、びっくりするかもしれんけど。
スエ	私、どうしたらいいと？
ハナエ	…スエちゃん、手紙書いてみたら。
スエ	手紙？
ハナエ	思い切って自分の気持ち伝えてよね。それで山下さんに好きな人がおったら、それまでじゃけど。やってみらな一生後悔するちゃない。
スエ	ハナエちゃん。
ハナエ	私、何でもするわ。スエちゃんのためじゃったら。スエちゃんが手紙書いたら、私が届けてやるが。だから、頑張んねよ。
スエ	ハナエちゃん。ありがとう。(スエ、ハナエの手を取る)
ハナエ	だってスエちゃん私の大事な友達じゃもん。なんでもするわ。
スエ	分かった。私手紙書くね。
ハナエ	うん。もう遅なってきたから、そろそろ寮に戻ろか。
ハナエ	うん、そやね。

	二人が手をつないで、部屋に戻る。
	明かりが元に戻る。
	スエ、ハナエ、マコトが元に位置に戻る。

	１０　スエに電話がかかって家を出ていく

スエ	あんとき、山下さんをハナエさんも好きやったんやよなあ。
ハナエ	そう。実はおんなじ人好きになっとったっていう結末で。もう６０年以上昔の話やなあ。
スエ	結局山下さんは地元の女の人と見合い結婚するし、私らは私らで、工場の定時制卒業してから、別々の会社に就職して、それぞれのだんなと結婚したんよなあ。
ハナエ	人生ってあっという間やねえ。
スエ	もう周りの人もみんな遠くへ行ってしもたし、こんな話するのも、もうハナエさんぐらいやわ。
ハナエ	私は足にガタが来とるけど、スエさんはまだ元気でええやんか。
スエ	元気だけがとりえやでねえ。

	そこへ携帯電話の着信音が鳴る。
	スエが電話に出て、玄関の方に行く。
　　　　電話で話している間にハナエとマコトが会話。※の部分

スエ	もしもし、あ、うんうん、分かった。そんじゃあ。うん。(電話を切る)	

※ハナエ	マサトさん、やったっけねえ。
※マコト	はい。
※ハナエ	時間あるんやったらお茶飲んでってね。
※マコト	あ、はい。

	マコト、麦茶をいただく。
	
ハナエ	誰からやったん？
スエ	ハナエさん、ちょっと用事ができたんで、外へ出るわ。
ハナエ	あんたまだ来たばっかやんか。ゆっくりしてったらええのに。
スエ	用事済んだらまた戻ってくるわ。
ハナエ	いったい何の用なん？
スエ	大したことあらへん。ちょっとスーパー行ってくるわ。
ハナエ	買い物？
スエ	まあ、そんなんやわ。じゃあ、ちょっと行ってくるわ。

	スエ、カバンを持って家を出ていく。
	ハナエとマコト、二人になる。
	
	１１　マコト、ハナエに話を聞く

マコト	(ハナエに)あの。
ハナエ	はい。
マコト	昔はいろいろ、ご苦労をされたんですね。
ハナエ	何のこと？
マコト	いや、集団就職って。九州からスエさんと２人でこちらに来られたんですか？
ハナエ	いや、スエさんは大分で、私は宮崎。昔は九州に女の人の仕事がなくってねえ。私が家を出て働かへんと、小さい農地では家族全員がご飯食べていけへんしねえ。
マコト	はあ。
ハナエ	中学卒業してすぐやわ。家族に見送られながら一人で夜行列車に乗って。乗ってる間中、ずっとさみしくてねえ。
マコト	そうですか。
ハナエ	でも私は恵まれた方やった。工場が定時制の高校をやってたから、高校卒業の資格もとれたし。
マコト	高校ってみんな行くもんだと思ってました。
ハナエ	当時は恵まれた人だけが行くもんやったよ。
マコト	宮崎には帰らなかったんですか？
ハナエ	私の場合は事情があってねえ。兄さんの嫁さんと仲悪かったから、あんまり宮崎へは戻らへんだ。とにかく結婚してからも、がむしゃらに働いたわ。
マコト	どんな仕事をしてたんですか？
ハナエ	最初は事務仕事しとったたけど、結婚したら辞めさせられたんさ。
マコト	どうしてですか？
ハナエ	昔は女の人はみんなそうさ。子供を産むからって。
マコト	え、子供産むのって当たり前じゃないですか？ 
ハナエ	当たり前やけど、結局嫌味言われたりして辞めさせられるんさ。実際に結婚すると、家事に育児と女の人が全部やらないけへんし、今とは全然違ったんよ。でも主人もよう働いて、子供も生まれて、私もパートで働いて。でこの家もローン全部払て、やっとのんびりできるかというときに、主人が逝ってしもうてねぇ…。
マコト	(写真を見て)あちらが旦那さんですか。
ハナエ	そう。あの人がこの家と貯金を残しておいてくれたから、なんとかやっていけるんやけど。この家も古なったし、娘は都会へ来い、老人ホーム入れいうし、私もいつまでがんばれるかねえ。
マコト	…ぼくが明日から手伝いますから、おばあちゃん頑張りましょう。
ハナエ	…おばあちゃん…って、やっぱりあんた本当にヘルパーさん？
マコト	（あせって）え？
ハナエ	あそこの会社のヘルパーさんやったら、ハナエさんていうか、名字で澤田さんっていうか、どちらかやと思うけど。
マコト	(焦って）そうですね。まだ新人なんで、つい感情移入しちゃって、すいません。
ハナエ	…ごめんね。
マコト	えっ？
ハナエ	…何でもない。
マコト	…ところであのご主人の横にある写真、お子さんやお孫さんですか？
ハナエ	あ、ちょっと取って。

	マコト、写真を取りに行く。

ハナエ	（マコトが取ってきた写真を見て）そう、これが唯一の孫。
マコト	まだ１０歳くらいですか？
ハナエ	いま１６歳。
マコト	１６歳って、写ってるのは子供じゃないですか。
ハナエ	もう６年も会ってへんから。
マコト	６年って、どうしてですか？
ハナエ	…娘とあんまりうまくいかんくって。孫になかなか会う機会がないんさ。
マコト	直接連絡取ればいいじゃないですか。１６歳なら携帯くらい持ってるでしょ。
ハナエ	番号分からへんし。
マコト	娘さんに聞けばいいじゃないですか。
ハナエ	…そうやねえ。聞ければええんやけどねえ。戻してきて。（写真をマコトに渡す。話題を変えて)若い人も今、大変やねえ。世の中年寄りばっかり増えて、こういうヘルパーとか、介護の仕事って、男の人がやってもなかなか給料が少ないんやってねえ。
マコト	まあ、そうですね。
ハナエ	だけど、あんたは人の話をよう聞いてくれるし、これからがんばったら、いいヘルパーさんになると思うわ。がんばってね。
マコト	は、はあ、ありがとうございます。

	とかなんとかやっていると、スエが帰ってくる。

	１２　スエ戻ってきて、再び電話が

スエ	ただいま。あ、あんたまだおったんか？
ハナエ	スエさん、お帰り。用事済んだん？
スエ	うん、済んだ。
ハナエ	もうちょっとゆっくりしていきないね。
スエ	はいはい。あんたハナエさんの話は十分聞けたか？
マコト	はい。十分聞くことができました。(チャンスと気づいて）それじゃあ、そろそろ私は失礼します。
ハナエ	じゃあ、また明日からね。
マコト	はい。

	マコト立ち去ろうとする。そこにスエの携帯電話の着信音。

スエ	(スエ、きょろきょろして二人から離れて電話に出て）もしもし。うん、うん。家の前やな。大丈夫、お金はちゃんと用意してあるで。うん分かったわ。じゃあな（切る）ごめんハナエさん、また急に用事ができてしもた。
ハナエ	何やあんた、今日はおかしいで、いったい何の電話？
スエ	…東京の息子からやわ。
ハナエ	息子？
スエ	そうそう。
ハナエ	でもその息子さんが何の用？
スエ	ちょっとな…。ま、とにかく失礼するわ。
ハナエ	せっかくゆっくり話できると思たのに。
スエ	ごめんな。
ハナエ	ほな、気いつけてな。
スエ	うん。

	マコト、足を止めて二人の会話を聞いている。
	その間にスエが帰る準備をして、靴を履いて急いでいこうとする。
	マコト、意を決して。

マコト	…ちょっと待ってください。
スエ	何？
マコト	失礼ですが、今の電話、本当に息子さんからですか？
スエ	何言っとんの？
マコト	確かめた方がいいんじゃないですか？
スエ	あんた、ただのヘルパーさんやろ。
マコト	でも、気になったんで。
スエ	何でそんなこと言うの？
マコト	「オレオレ詐欺」じゃないかと思って。
スエ	(怒って）あんた何言うの！
マコト	…ごめんなさい。…でも。

	スエ、怒って行こうとする。

ハナエ	スエさん、本当に息子さん？
スエ	ハナエさんまで私を疑っとるの？
ハナエ	別にそういうわけやないけど。
スエ	私が息子の声、間違うわけあらへんやんか。
マコト	スエさん。あなたがハナエさんの家から出かけた先は、ひょっとしてスーパーにあるＡＴＭじゃないですか？
スエ	(顔色が変わる）…
マコト	（確信し）とにかく、携帯電話を見せてください。（マコト手を差し出す）
スエ	何でなん？
マコト	それを見ればどこからかけてきたか分かるでしょ。 (カバンに手をかけようとする）
スエ	あんた何すんの！
マコト	スエさん。お願いします！
スエ	嫌やいうとるやろ！
マコト	そうは言っても、見逃すわけにはいきません！

　　　　マコトがかばんを奪い、中身を出すと、中に封筒がある。
　　　　マコトが素早く拾い、中身がお金(札束)であることを確かめる。

マコト	どうしたんですか。こんな大金。
スエ	…返して。息子が、息子が困っとるん。
マコト	それが向こうの手口なんですよ。息子さんのふりして、会社に損害を与えたとか、事故を起こしたとか言って、お年寄りからお金を奪うんですよ
スエ	私は、騙されへん。
ハナエ	スエさん。もう一度落ち着いて。
スエ	ハナエさんまでなんでそんなこと言うの？私が騙されるなんてわけないやろ！(スエ封筒を奪い返す)
マコト	（携帯電話を手に取る）なら、携帯電話を貸してください。僕が息子さんに電話してみるから。
スエ	そんなこと何で、他人さんのあんたにやってもらわないかんの！
マコト	そうやって意地を張るのは止めてください！
スエ	あんた、いったい何様のつもり。
マコト	あなたを助けてやろうと一生懸命やってるだけじゃないですか。そんなんだったら、好きにしてください。
ハナエ	（マコトに）言いすぎやに。
マコト	(制止も聞かず）詐欺のカモにされてるだけなんですよ。どうしてそれに気づかないんだ。これだから老人は…。

	スエ、ハナエの動きが止まり、その場座り込む。
	その姿を見て、マコト、罪悪感に駆られる。

マコト	スエさん。僕が言い過ぎました。ごめんなさい。
	息子さんに電話してください。

	マコト携帯電話を差し出す。
	スエためらう。しかし携帯電話を取って、電話をする。つながらなくて、	首を振る。
　　　　そこへ黒電話がかかってくる。
ハナエの電話への応対の間、マコトはスエにもう１回電話するように言い、スエはもう１回電話するが、電話はつながらない。

	１３　マコトの正体　パート２
	
ハナエ	もしもし。
　　　　(澤田ハナエさんのお宅ですかヘルパーサービスを行っている福寿会です)
　　　　はい、いつもお世話になっております。
（今度そちらにお邪魔する新しいヘルパーの件ですが、予定通り明日、うかがいますんで、ご準備宜しくお願いします。）
えっ、明日ですか？
（はい。明日ですが？）
それどういうことですか？
(ですから、明日、新しいヘルパーが伺いますので)
え、今来ていただいているんですが…
（え、そんなはずはありませんけど。何か勘違いなさってませんか？）
本当に明日ですか。
（はい）
…わかりました。
（それでは明日、山路という者が伺いますんで。よろしくお願いします。では）
はい。

ハナエ	マサトさん。

	マコト気づかない。

ハナエ	マサトさん。
マコト	（気づいて）はい。
ハナエ	あなた、何者？
マコト	何者って…
ハナエ	ヘルパーさんは今日は来ないって。
マコト	…
ハナエ	あなた、いったい何者なん？
マコト	僕は…

	マコト立ちつくす。

マコト	僕は…
ハナエ	あんたも、私をだまそうとしたんやね。
マコト	…
ハナエ	ヘルパーなんて嘘言うて。
マコト	…

	マコト、逃げようとする。

ハナエ	逃げるん！

	マコト、立ち止まる。

ハナエ	あんたらどこまで、私らだましたら気が済むん。

	マコト、背中でハナエの言葉を聞いている。

ハナエ	あんたら若い連中は、いつもそうや。用があるのは年寄りが持っている金だけ。今まで私らがどんな思いで生きてきたかなんてどうでもええんやろ。
マコト	…
ハナエ	私らが何とか何十年も生きてきて、今やっとほっとしとるなんて想像もつかへんのやろ。
	
	スエの携帯電話が鳴る。

スエ	もしもし、ケンタ！ケンタかい？
(何お母さん？）
ケンタだよね。間違いないよね。
(何言ってんだよお母さん）
ケンタ、おまえ私に電話したかい？
(電話、してないよ。）
そうか、分かったよ。
（どうしたん母さん）
元気かい。
(うん元気だよ。）
そうかい、たまには電話をおくれよ。母さんずっとお前を心配しているからね。
(わかったよ。母さんこそ元気でね）
うん、分かった。
(電話を切る）

スエ	やっぱり…息子やなかった。
ハナエ	…そうか、座り。（自分の横の座布団に座るよう勧める）

	スエ座る。

スエ	ちゃんと確認とればよかったわ。(落ち込む）
ハナエ	大丈夫、私がおるからな。
スエ	…

	ハナエがスエの肩を抱いて励ます様子を見て、マコト決心する。

マコト	ハナエさん、スエさん、ごめんなさい。俺、この家に、空き巣に入ろうとしてました。
スエ・ハナエ	…
スエ	えっ？
マコト	オレ、お金に困ってたんです。会社首になって、今無職なんです。
スエ・ハナエ	…
マコト	大学中退して、一応ちゃんと就職したんだけど、その入った会社、休みも取れず、残業代も出ないまま、１日１０何時間働かされて。ちょっとでもミスすると、役立たず、給料泥棒とかののしられ、なぐられ…。けれど自分がミスするからいけないんだって思って、頑張って行ってたんだけど。無視されたりして。そのうち朝、ベットから起きられなくなって… (言葉が出ない)
スエ	マサトさん…
マコト	実はマサトって名前じゃないんです。
ハナエ	本当の名前はなんていうの？
マコト	…マコト。マコトっていいます。
スエ	マコト。真実の真？(マコトうなずく)ええ名前やんか。
 (マコトの手を取り）ありがとう。マコトさん。あんたがあのまま帰っとったら、私は詐欺にかかっとったわ。私を詐欺から守ってくれて。本当にありがとう。私にとってあんたは本当に『真』の人やわ。
マコト	いえ、そんな…
スエ	ハナエさん。本当のマコトさんは、根は悪い人やないんよ。だって、私を助けてくれたし。何より自分から本当のことを言ってくれた。それが本当のマコトさんなんよ。
ハナエ	…
スエ	(１００万円から３枚を抜き取り）これ、お礼や。（マコトに渡す）あんた仕事ないんやろ、これで仕事見つける足しにして。
マコト	そんな、もらうわけにはいきませんよ。
スエ	お金 困っとるんやろ。
マコト	…
ハナエ	なら、もらっといたら。あんたがスエさんを助けたから、ここにあるお金やに。
マコト	でも。

	マコト、お金をスエに返して。

マコト	もらえません。
ハナエ	あなたご両親はいらっしゃるの？
マコト	はい。
ハナエ	助けてくれるの？
マコト	…。(目線をそらす)
ハナエ	離れて暮らす子供を一番心配しとるんは親やに。ご両親とはどれくらい連絡とってないの？ 
マコト	ここしばらく、ずっと。
スエ	ほな、電話せな。
マコト	電話。
スエ	そう、あんた、スマホ持っとるやんか。
マコト	はい。
スエ	それは何のためにあるの？遊ぶためだけやないやろ。自分を心配してくれる人とつながるためにあるんとちゃうかなあ。
マコト	…
スエ	親御さん絶対心配しとると思うよ。私だって、連絡のずっとなかった息子のことを心配しとったでなあ。
ハナエ	マコトさん、かけなよ。そのスマホで。

	１４　電話をかけよう

	マコト、スマホをポケットから出し見つめる。

マコト	じゃあ、一緒にかけませんか？
ハナエ	え？
マコト	娘さんですよ。あの。(写真を差す）
ハナエ	何言うてんの？
マコト	ハナエさんが一番電話をかけなきゃいけない人は、あの娘さんとお孫さんじゃないですか？
スエ	そや。その通り。
ハナエ	スエさん…
スエ	私もずっと心配しとったんや、ハナエさんと娘さんとのこと。
ハナエ	でも。
マコト	聞きましょうよ。娘さんに。お孫さんの携帯の番号。
ハナエ	…
スエ	娘さんもきっと待ってるよ。ハナエさんからの電話を。
ハナエ	でも娘は…
スエ	ハナエさんと旦那さんは二人で娘さんの結婚を反対した。それは過去の事実や。でも、謝ればええやんか。
ハナエ	スエさん…
スエ	謝って許すか許さんかは娘さん次第や、でも生きとるうちに伝えなあかんのっちゃうかなあ。ハナエさんの今の本当の気持ちを。
ハナエ	…
スエ	さあ、あんたら同時にかけなよ。あんた(マコト）はスマホで、ハナエさんはその黒電話で。

	ためらうハナエ

スエ	ハナエさん、その黒電話に思い出があるんやろ。娘さんが子供の頃病弱で、病院に電話するのに家に電話がなくて、無理して買うたもんなんやろ。
マコト	そうなんですか。
スエ	そうやよ。電話があることがどれだけありがたかったことかって、前に話してくれたよな、

	ハナエ、こっくりとうなずく。

スエ	だから、かけやな、その電話で。 (マコトに）さあ、あんたも。
マコト	（ためらうマコト）
スエ	(茶目っ気たっぷりに)ぐずぐずしてると警察に通報するで。
マコト	分かりましたよ。
スエ	さあ、あんたも、ハナエさん。

	ハナエこっくりとうなずく。
	電話のところへ行き、ダイヤルを回す。
	音楽が上がってくる。
	それを見てマコト、スマホから電話をかける。
	暗転。

	１５　エピローグ

	２か月後、ハナエの家。
	黒電話が鳴る。
	ハナエが電話を取る。

ハナエ	もしもし。

	上手にスマホから電話しているマコトが現れる。

マコト	ハナエさん。俺です。マコト。
ハナエ	マコトさんかい。久しぶりやねえ。
マコト	元気ですか？
ハナエ	もちろん。今では新しいヘルパーさんも来てもらってねえ。
マコト	スエさんも遊びに来る？
ハナエ	うん、今も来て、トイレにいっとるよ。
マコト	相変わらず元気？
ハナエ	元気元気。
マコト	それはよかった。ところでハナエさんにどうしても報告したいことがあってさ。
ハナエ	何？
マコト	俺、就職することになったんだ。
ハナエ	そりゃ、おめでとう。
マコト	うん、これもハナエさんやスエさんのおかげだよ。
ハナエ	どういうこと？
マコト	今度の職場、老人ホームなんだ。
ハナエ	老人ホーム？
マコト	俺、これまでほとんどお年寄りと話したことなかったけど、ハナエさんやスエさんと話して、意外にそっちの方面が合ってるかな、と思って。
ハナエ	ふーん、そうか。
マコト	それで、明日からそのホームで、仕事をすることになって。給料安いけど、ゆくゆくは資格も取ったりして、とにかく始めてみようって思って。
ハナエ	そうなん。頑張りなよ。
マコト	ありがとう。ところでハナエさん、お孫さんと会えた？
ハナエ	うん、それどころか(懐からスマホ出す)今じゃ、孫と○○（ゲームの名前）やっとるよ！
マコト・スエ	ええっ！

	明るい音楽上がってくる。

マコト	それ、ほんとすぐ行くから待ってて。

	スエがトイレから戻ってきて「それ本当？」などとハナエと話。
　　　　二人が、話しているところに、マコトが入ってきて。

	幕