セブンマート大白田店のキセキ
登場人物
キャスト 4名
川合マコト(20歳):フリーター
周防ハルカ (15歳):女子中学生
店長(42歳)
客B(サラリーマン風45歳)、配送人〔2つの役を一人が行う〕
客A(風呂上りにビール買って立ち読みする兄ちゃん)→舞監が1・14場のみジャージで出演
※ この劇は11月から3月まで展開します。時の変化を表すには、コンビニの壁にカレンダーを貼るなど、
工夫してください。
1 マコト、初めての夜勤バイトに臨む(11月初旬)
音楽と共に緞帳が上がると、そこはコンビニの店舗である。
客A(兄ちゃん風)がレジに来た。店員(マコト)がレジを打って、接客し始める。
時間は夜中、22時に近い。
上手にはイートインがあり、制服姿の女子中学生(ハルカ)が勉強している。
マコトが接客を一通り終えると、奥から店長が出て来る。
(接客の様子)
いらっしゃいませ。
商品をバーコードリーダーに通す。○○○円になります。
弁当やおにぎりなら、「温めますか?」と聞く。
酒やタバコなら「年齢確認お願いします」と言う。
箸は明らかに一膳なら一膳入れる。お手拭きがいるか聞く。 (コンビニで買い物してよく観察しましょう)
レジ袋に入れて、袋の取っ手をお客さんが取りやすいようにねじる。
現金なら、○○○円お預かりします。と言ってレジを打つ。
○○円のお返しです。と釣銭をそろえて、落とさないように客に渡す。
レシートもお渡しするのが原則。(あとあとのトラブルをなくすため)
ありがとうございました。と礼する。
店長 マコト君。今の対応良かったよ。
マコト あ、店長。
店長 今日から初めての夜勤だね。
マコト はい。
店長 教えることは教えたし、特に何にも起こらないと思うけど、何かあったら、まず劉さんに聞いてね。
マコト 劉さん、ですか?
店長 そう。彼、日本語もだいぶできるし、ベテランで仕事は確かだから。
マコト はぁ…
店長 ヤードの仕事は彼に任せておけば大丈夫だから。マコト君はレジを中心にやってね。
マコト はい。
店長 大きなトラブルとか、いざという時は携帯で呼んでね。出るようにするから。
マコト …あの…
店長 何だい?
マコト 酔っ払いが絡んで来たりしたら、どうしたらいいですか?
店長 大丈夫、この辺はそんな危険なお客さん来ないから。多分。
マコト 多分、ですか?それに最近近くでコンビニ強盗が出たって聞きましたけど。
店長 まあ、お金がある程度貯まったら、こまめに金庫に入れることだね。そうすれば大金を取られることはない。
マコト はあ…
店長 まず落ち着いて背丈や顔の特徴を覚えるんだよ。それに無理しなくていいから、レジの中のお金は渡すんだ。とにかく基本に忠実にしていたら、命は大丈夫でしょう。
マコト は、はあ…
店長 そんなに心配しなくて大丈夫だよ。最近の防犯カメラは画質もいいし。
マコト いや、そういう問題じゃ…
店長 それより夜の11時の発注だけは絶対忘れないでね。それを忘れると、翌々日の弁当が1個も配達されなくなっちゃうから。
マコト 分かりました。
店長 ここは1時過ぎるとほとんどお客さん来なくなるから、4時までは劉さんと交代で仮眠取ってもいいからね。
マコト はい。
店長 それじゃあ、私は上がるから、頑張ってね。
マコト はい。
店長奥に引っ込んで、帰り支度の模様。
店長 あぁ、それと。
マコト わぁ!
店長 言い忘れてたけど、さっきのお客さんにボージョレヌーボーの予約のお願い、忘れてなかった?
マコト あーすいません。忘れてました。
店長 ダメじゃん、朝礼で言ったでしょ。今週のお勧めボージョレヌーボー。うちだけでノルマ200本あるんだから。
マコト 分かっているんですけど何か、そういうの苦手で…
店長 夜中のお客さんにもワイン好きな人いるから必ず声掛けるようにしてね。あとマコト君も予約しといたよ。ボージョレヌーボー。
マコト え!?
店長 しかも3本。
マコト 3本!
店長 一本は今月二十歳になってお酒と夜勤が解禁となった君のため、もう二本はお父さんとお母さんに一本ずつプレゼントすりゃいいでしょ。ノルマへの協力、よろしくね。
マコト でも、僕時給千円もないんですけど…
店長 そこを何とかお願いだよ。先週のハロウィンのお菓子の売り上げでうちだけノルマ達成できなかったから、今度のボージョレヌーボーでも達成できないと、大変なことになるんだよ。だから、マコトくん、お願い!
マコト …分かりましたよ。
店長 ありがとう。恩に着るよ。で、とにかく夜のお客さんにも必ず勧めてね、ボージョレヌーボー。
マコト いや、でも…(店長に見つめられて)はい、…分かりました。
店長 あと、アレ(イートインの中学生を指さす)。
マコト あれ?(イートインを見る)
店長 そう、あの中学生。
マコト 確かに遅くまでいますねえ。
店長 10時過ぎてウロウロしているのは条例違反だし、帰るように注意しといてね。
マコト 僕が注意するんですか?
店長 君以外に誰がいるの?大丈夫だよ。できるって、じゃあね。
店長、再び奥に消える。マコトため息。
2 マコト、配送人と会話する
配送の人が入ってくる。
配送人 こんばんわ。日配品(にっぱいひん)の配送です。
マコト はい。
配送人 (ファイルを渡して)サインお願いします。
配送人ワゴンを押してコンビニに入ってきて、棚の前にコンテナを置く。
マコト、レジスペースから出てくる。
配送人 あれ?新人さん?今日が夜勤初めて?
マコト はい。
配送人 あ、そう。長いよ、夜は。
マコト あ…はい。
配送人 眠くなったら、そこの棚の「ゲゲイン」、あれいいよ。
マコト え、あの一番上の棚のやつですか?
配送人 そう、あの黄色いやつ。飲んだことある?「ゲゲイン」
マコト いいえ。
配送人 私も夜の配送のとき飲んでるから。本当に効くよ。
マコト そ、そうですか。
配送人 あと、注意してね。あれ2本飲んだら死ぬから。
マコト え?
配送人 知らないの?有名でしょ、カフェイン中毒。
マコト いいえ、初めて聞きました。
配送人 ビンに書いてあるから。まあ君は若いから飲まなくっても大丈夫か。まあ、頑張ってね。(サインが書 かれた帳面を受け取る)
マコト (伝票にサインして)はい。 (控えを受け取る)
配送人、コンビニを出ていく。
マコト、棚の近くに行き、ゲゲインを手に取る。
マコト ゲゲッ、本当だ。一日に1本まで、って書いてある。
マコト、ゲゲインを棚に置く。
レジに戻ろうとするが、イートインが気になる。
イートインでは相変わらず中学生がスマホ片手に机に向かっていて、帰る気配がない。
3 マコト、ハルカに声をかける。
マコト (中学生に)あの…。
ハルカ (イヤホンしているので聞こえない)
マコト (少し大きな声で)あの…
ハルカ (画面を押して、動画を止め、怪訝そうにこっちを向く。イヤホンをはずす)何?
マコト もう10時過ぎているんだけど。
ハルカ え?
マコト 中学生、だよね?
ハルカ (溜息)
マコト 何してんの?(机の上の本を見て)え?勉強?
ハルカ …(うんざりした顔をする)
マコト 中学生は夜10時以降に、外出しちゃいけないんだよ。
ハルカ (舌打ち)
マコト 条例違反なんだって。だからさ、帰ってもらえる?
その時お客さんBが入ってくる。
マコト あ、いらっしゃいませ。 (ハルカの方を向き直って)そう言うことだから、早く帰ってね。
4 レンジが大爆発、その時…
お客さんが来たので、マコトあわててレジに戻る。
入ってきたサラリーマン風の客Bが棚の弁当を取って、レジに持っていく。
客B あと、メビウス・プレミアム・メンソール・スプレッドワン1つ。
マコト …すいません、もう一度。お願いします。
客B メビウス・プレミアム・メンソール・スプレッドワン。
マコト メビウス…タバコ…ですよね。
客B 当たり前だろ。
マコト (棚を向くが分からない)あのー、何番のたばこですか?
客B あのさ、コンビニの店員のくせにそんなことも分かんないの?
マコト はあ、メビウス種類多すぎて…。
客B 店員ならタバコの種類くらい覚えろよ。
マコト すいません、名前もう一回お願いします。
客B だからあ、メビウス・プレミアム・メンソール・スプレッド・ワン。
マコト はい、メビウス・プレミアム・メンソール・スプレッド・ワンですね。
客B そう。
マコト お探します。
客B その前に、弁当あっためて。
マコト あ、はい。
マコト弁当のバーコードを読み取った後、弁当をレンジに入れて、たばこを探し始める。
そのときレンジから爆発音。
客B なんだ!
マコト やっば。
マコト、レンジを開けると、弁当が爆発している。
弁当のソースを抜くのを忘れていて、爆発してしまった。
熱くて弁当を触れない。
マコト あちゃー。
客B いったいどうしたんだよ!
マコト す、すいません。弁当のソースが爆発してしまいました。
客B 何やってんだよ。ったくどうしてくれるんだよ!
マコト (店の奥に向かって)劉さん!劉さん!
間
客B お前何言ってんだよ。
マコト 何でいないんすか?
客B とにかくなんとかしろよ。
マコト え、は…(パニック)
その時、女子中学生(ハルカ)がコンビニのレジの中に素早く入ってくる。
ハルカ すいません。(マコトの方に)ちょっとお兄ちゃん?
マコト お、お兄ちゃん?
ハルカ 私、こちらのお客さまに対応するから、レンジの掃除して。
マコト は、はい。
ハルカ (客Bに向かって)電子レンジを掃除いたしますので、別のお弁当を選んでいただけますでしょうか?
客B、不満をそうに弁当の棚に向かう。
同じような弁当があったようでレジに持ってくる。
マコトは奥に入り、弁当を片づけ、雑巾などを探している。
その間にハルカはタバコを見つけて差し出し、弁当の代金を素早く携帯で計算する。
ハルカ 合計780円になります。(客Bちょうどのお金を出す)ちょうどいただきます。
(客Bの弁当とタバコを「ご一緒でもよろしいですか」などと袋詰めしながら。
ハルカ 弁当冷えたままで大変申し訳ございませんでした。どうもありがとうございました。(頭を下げる)
客B (ハルカに)お前、あいつの妹か?
ハルカ はい。
客B お前がバイトした方がいいかもな。
マコトガスプレーと雑巾を持って突っ立っている。
ハルカはそれを奪い取ってレンジの掃除を丁寧に行う。
突っ立っているマコトに、汚れた雑巾とスプレーを渡して、イートインに戻って勉強を始める。
5 マコト、ハルカにコーヒーでお礼
雑巾を洗いに店の奥に消える。
雑巾を洗って干したマコトが店のカウンターに出てくる。
ハルカが勉強しているのを見る。
マコトがハルカに近づく。
マコト あの…
ハルカはイヤホンで勉強を続ける。
マコト あの…
ハルカ、マコトをきっとにらむ。
マコトビビる。
画面に目を落として、勉強を続ける。
マコト あの…
ハルカ コーヒー。
マコト え?
ハルカ コーヒー飲みたいんだけど。
マコト コーヒー…ですか?
ハルカ (画面をタッチして動画を止めて、イヤホンをはずし)(溜息)あんたさ、まず、ありがとうぐらい言えない?
マコト あ、ありがとうございました。(マコト深々と頭を下げる)
ハルカ …
マコト おかげさまで本当に助かりました。(マコトもう1回頭を下げる)
ハルカ そこまで馬鹿丁寧にしなくていいよ。(もしくは、「それ、本気で謝ってるの?」)
マコト え?(顔を上げる)
ハルカ あんた名前は?
マコト 川合マコトって言います。
ハルカ 私ハルカ、周防ハルカ。
マコト すおう?名字?
ハルカ そう。ハルカでいいよ。
マコト ハルカ…さん。家、近所なの?
ハルカ 微妙。あんまり家に近いと、同級生に見られるし。
マコト どうしてここに来るんですか?
ハルカ そう。家じゃ勉強できないし。
マコト でも、中学生が10時過ぎて出歩いていると条例違反らしいよ。
ハルカ 固いこと言うなよ。
マコト え、でも言えって言われてるんで。
ハルカ それより、ホットコーヒー、ブラックで。
マコト は、はい。サイズは?
ハルカ レギュラーでいいから。
マコト はい。
マコト機械でコーヒーを入れる。(このコンビニはカウンターの中にコーヒーの機械がある。)
コーヒーが出来上がる音。(ジャー コポコポコポ ピ・ピ・ピって音)
マコトがコーヒーを持ってくる。
マコト お待ちどうさまです。
ハルカ まさかこれだけじゃないよね?
マコト え?
ハルカ あんたがピンチの時に、お客さんの相手したのは誰?
マコト …ハルカさん?
ハルカ だよね。つまり私はあんたにとって恩人だよね。それをコーヒーだけで済ますつもり?
マコト いや…えーと、他に何か?
ハルカ 伊勢茶クリーム大福つけて。
マコト 伊勢茶クリーム大福…(コンビニのカウンターの前を見る)あ、あれですね。
ハルカ そう。前々から気になってたんだ。「店長のお勧め」ってやつ。
マコト はい。かしこまりました。(マコト、大福を持っていく。)どうぞ。
ハルカ うん。
マコト で、代金は…?
ハルカ 代金?あんた誰のおかげで助けられたと思ってんだよ?あんたのおごりに決まってんだろ?
マコト は、はい。
マコト、コンビニのレジへ戻る。
しかたなく自分の財布からお金を出し、レジを打って、レジの中へ入れる。
ハルカ、その間にコーヒーを一口飲み、伊勢茶クリーム大福をかじって、満足そうな表情。
そしてテキストの問題を解こうとするが、勉強が煮詰まっているようす。
マコトの方を見ると、マコトと目が合う。
ハルカ あんた高校生?
マコト いえ、高校は一応卒業って言うか、何て言うか?
ハルカ はあ?
マコト その…通信制ってわかる?
ハルカ つうしんせい?とにかく、高校受験したの?
マコト まあ、一応。
ハルカ ちょっと。(マコトを手招き)
マコト (自分の顔を指差す)
ハルカ (うなずく)
マコト (ハルカの机に向かう)
ハルカ これ教えて。(参考書を差し出す)
マコト (見る)え、数学?
ハルカ うん。全然分かんないからさ。
マコト えーと…、ガソリン40Lで500q走る自動車があります。ガソリンの量をxLとしたとき、走る道のりをyqとして、yをxの式で表しなさい…
ハルカ そう。
マコト …君、中学何年生?
ハルカ 3年。
マコト 受験生?
ハルカ そう。
マコト 今、これやってんの?
ハルカ そうだよ。で、あんたできんの?
マコト 一応。 (マコトシャーペンを借りて、紙に問題を解く。)こうで、こうで、だから、y=12.5x。
ハルカ (答えを見て)合ってる…
マコト まず、ガソリン1Lで何キロメートル走るかを出すんだよ。40分の500って。後は走る距離は ガソリンの量に比例するからy=axって言う式のaに入れる。
ハルカ あんた、すごい。
マコト これ中1の問題だよ。今頃こんなのやってたんじゃ、受験にに合わないよ。
ハルカ (空気少し凍る。ノートを奪って、また勉強に戻る)
マコト (ハルカの怒りにどぎまぎし)あ、あの…
間
ハルカ やっぱ、間に合わないかなあ。(へこむ)
マコト いえ、そんなことは…ご、ごめん。ごめんなさい!
その時、お客さんが入ってくる。
マコト いらっしゃいませ。(レジ周辺に戻る)
効果音もしくは音楽
暗転
6 コンビニで勉強するわけ(11月中旬)
明るくなると、次のマコトの夜勤の日。
マコトが棚に配送された日配品を並べている。
イートインではハルカが勉強をしている。
ハルカはイヤホンをしてスマホで動画を見ているが、よく分からない様子で首をかしげる。
ため息をついて、動画を止め、イヤホンを外して、マコトに呼びかける。
ハルカ ねえ。
マコト (振り向いて)はい。
ハルカ コーヒー。
マコト はい?
ハルカ ホットコーヒー。
マコト 買うってこと?
ハルカ 当たり前でしょ。
マコト レギュラーですかラージですか?
ハルカ レギュラー。
マコト (レジの下からカップを出し、コーヒーの機械のスイッチを押す。ハルカに)100円になります。
ハルカ (ハルカ、問題集を持ちながらコーヒーを受け取りに来て)あんた英語分かる?
マコト 少しなら。
ハルカ ねえ、教えてよ。(問題集を指し出す)受動態って全く何だか分かんないんだけど。
マコト 受動態?受け身ってやつ?
ハルカ うん。たぶん。
マコト 分かると思うけど、仕事中だから。
ハルカ そうなんだよね。結構コンビニってお客さんとか、配送の人とか来るんだよね。
マコト (ぼそっと)来なきゃつぶれちゃうよ。
ハルカ 誰か、勉強ができて、暇な人いないかなあ。
マコト いないよ、そんな人。てゆーか塾に行けばよくない?
ハルカ 行けるわけないじゃん。
マコト なんで?
ハルカ 塾代ってバカ高いじゃん。うち、そんな金ないし。
マコト けど、スマホはあるんだよね。
ハルカ うん。ワンキュッパだけど。
マコト ワンキュッパ?
ハルカ 1か月1980円ってやつ。
マコト ふーん。で、スマホで何見てんの?
ハルカ 受験講座。
マコト 受験講座?
ハルカ そう。無料の。
マコト どんなの?(画面を覗き込む)何これ、タヌキの着ぐるみ来た人?
ハルカ うん、坂ポン先生。
マコト 坂ポン?
ハルカ そう大阪の学習塾の先生。全国の中学生に無料の受験講座を開いてんの。
マコト 動画で?
ハルカ そう。Youtubeで。ここ無料のWiFiあるでしょ。(壁にWifiのステッカーあり)
マコト ああ、そういやそうだね。確かにここなら通信制限なくて動画見放題だよね。
ハルカ うん。でも、動画だけじゃ分からないところがあって、それ誰にも聞けないんだよね。
マコト そりゃそうだわ。
ハルカ あんた、塾行ってた?
マコト うん。中学の頃はね。
ハルカ どうだった?
マコト やっぱりよく分かったよ。塾なかったらたぶん、志望高入れなかったと思う。
ハルカ ふーん、やっぱなあ。川合さんって言ったっけ?何高校行ってたの?
マコト 奈川(ながわ)高校。
ハルカ へえ、進学校じゃん。
マコト うん、昔の話だけどね。
ハルカ どうして辞めちゃったの?
マコト 高校1年生の頃に、朝起きられなくなっちゃって。で、出席日数足らなくって辞めちゃって。
ハルカ いわゆる昼夜逆転ってやつ。
マコト うん。医者には自律神経失調症って、言われた。治療して、今はほぼ治ってるんだけど、な ん かまだ朝起きるの辛くって。
ハルカ それで夜勤のフリーター?
マコト うん、夜勤はここで夕方アルバイトしていたら、店長さんに強引に誘われたからだけど。
ハルカ きっと、夜勤の人足らなかったんだろうね。
マコト たぶんね。ところでハルカちゃんは、どこの高校受けるの?
ハルカ 御浜高専。
マコト みはまこうせん?
ハルカ そう。
マコト 国立の?
ハルカ そう。
マコト めっちゃくちゃ難しくない?
ハルカ 学校の先生にも絶対受からないって言われた。でも決めた。そこ行くって。
マコト でも、受動態も一次関数も分かんないんじゃ無理じゃないかなあ。
ハルカ 何か言った?
マコト いえ、別に…。でもこの辺りの高校じゃだめなの?
ハルカ まあ、公立の高校ならうちの家計でも何とかなりそうだけど、その先がさ。
マコト 先?
ハルカ 大学に行きたいから。
マコト 大学?
ハルカ うん。普通科の高校行ってたら、大学受験するのに塾に行かなきゃ無理だって言われたから。
マコト 高専もお金かかるんじゃない?5年間だし。
ハルカ でも結局高専から編入して大学入るのが一番安いって聞いた。塾代もいらないし。
マコト それにしても御浜高専って遠くない?
ハルカ それが狙い。寮があるから。
マコト 寮?
ハルカ そう、寮に入れば家出れんじゃん。
マコト 家出たいの?
ハルカ うん。もう家は十分。一人で暮らしたい。
マコト どうやって知ったの?御浜高専。
ハルカ 村山のオッチャンに教えてもらった。
マコト 村山のおっちゃん。
ハルカ うん保護司の。
マコト 保護司?
ハルカ しーっ!(唇を抑える)人に聞かれたらどうすんだよ。みっともないだろ。
マコト いや、でも保護司って、何かやったの?
ハルカ (小声で)昔はいろいろあったんだよ。
7 ハルカ、酔っぱらいに絡まれる
そこへ客Bが入ってくる。
マコト いらっしゃいませ。
客Bは明らかに酔っていて足取りがおぼつかない。
ぶつぶつ言いながら店内を移動。日本酒と焼き鳥の缶詰をかごに入れてレジに持ってくる。
マコト (レジを打って)あの〜、年齢確認をお願いします。
客B (少し、イラットした表情を見せた後、乱暴にレジの画面「はい」を押す)
マコト お手拭と割りばしはどういたしましょうか?
客B 当然だろ、入れとけ!
マコト はい。(割りばしとお手拭を入れ、本当に袋を渡す)497円になります。(袋の持ち手をねじって、 手渡しする)
客B (1000円札を投げるように出す。)
マコト 1000円入ります。503円のお返しです。ありがとうございました。
客Bは自動ドアを出て行きかけるが、何を考えたのか(奥さんが怖かった?)イートインのハルカの近 くに腰掛ける。
おもむろに日本酒を飲む。
ハルカは無視して勉強を続けるが、客Bが絡んでくる。
客B おい。
ハルカ (無視)
客B おい。お前中学生か?
ハルカ (無言で客Bを見る)
客B 中学生だろ。もう12時回ってるだろ、家帰れよ。
ハルカ (無視して勉強する)
客B 全く世も末だぜ。ガキがこんな時間にうろうろして。
ハルカ (無視)
客B 条例違反だろ。警察呼ぶぞ、警察。
ハルカ (無視)
客B 全く、親は何してんのかねえ。(やってることに興味を持って)おまえ、何やってんだよ。
はるかのやってるプリントを勝手に持って行って読む。
客B 何だこれ、英語?おめえ、こんなとこで勉強してんのかよ!
ハルカ (黙って、プリントを奪い返す)
客B 子どもはもう家に帰る時間なんだよ。(間)大人を無視すんなよ。(机をバンと叩く)さっさと帰れ!
マコト (思わず)お客さん、落ち着いてください。
客B 何だと。だいたいお前がこいつを注意しなきゃいけねえだろ。だいたいお前らが甘やかすからこんな やつらが増えて、日本が乱れるんだよ。
ハルカ ちょっと、おじさん。
壁に向かって指を指す。
ハルカ ここに何て書いてあるか、分かる?
客B …ここでの飲酒喫煙はご遠慮ください…
ハルカ 違反っていうなら、あんたこそ違反だろ。
客B ふざけんな、中学生が。12時過ぎまでコンビニで勉強なんておかしいんだよ。勉強したけりゃ塾に行け!
ハルカ …行きたくても行けない人間だっているんだよ!
客B 豊かな日本じゃそんなやついねえんだよ…(ハルカのにらみに一瞬たじろいで)じゃあ家(うち)でやりゃいいだろ家で。だいたい俺らの若いころは塾なんか行かず、家でコツコツやってたんだよ。
ハルカ 家(いえ)でもできねえ奴だっているんだよ。
客B 家でできねえ?そんなのただのわがままだろ!
ハルカ あんなとこで勉強なんかできるかよ。あんたは、オレに勉強するなっていうのかよ!
間
客B そんなこと言ってねえだろ。
ハルカ オレがこっから抜け出すには、勉強するしかねえじゃねえか!それをやるなっていうのかよ!
客B 何言ってんだこのガキ。偉そうなことばっかぬかしやがって!(ハルカを睨みつける)
マコト お客さん、やめてください。
マコト間に入って止めに入いろうとするが、ビビッて入れない。
ハルカ、睨み返す。が、下を向くと荷物を手早くスクールバッグに入れる。
眼のあたりを手で一回拭った後、客Bを睨み付け、コンビニから出ていく。
客B なんでえ、生意気なガキが。
日本酒を飲む客B。
マコト、ハルカの出て行った方を見つめる。
暗転。効果音または音楽。
8 ハルカは店長の娘?(11月下旬)
明るくなると、マコトがレジにいる。
イートインではハルカが勉強している。
店長が、奥の部屋から出てくる。手にはおせち料理の模型(もしくはクリスマスケーキの予約の掲示物)を持って、レジの前の棚に飾ろうとしている。
携帯で時計を見るハルカ。帰り支度をする。
荷物をまとめて立ち上がる。
ハルカ 店長さん。
店長 ん?
ハルカ ありがとうございました。(深々とお辞儀)
店長 うん、気を付けて帰りなよ。
ハルカ帰り、店長作業。
マコト 店長。
店長 ん?
マコト どうしたんですか?
店長 何が?
マコト ハルカちゃん、自分から帰っていきましたよ。
店長 (作業の手を止めないで)うん。
マコト 毎晩1時くらいまで粘ってたのに。
店長 …ここで勉強するの許す代わりに、12時には帰るってって約束したんだよ。
マコト え?許可したんですか?
店長 うん。
マコト この前は10時で条例違反だって言ってたじゃないですか?
店長 確かにそうだけど。
マコト いやいやいや、こんなこと本部に知られたらどうするんですか?
店長 もう知ってるよ。
マコト えっ?
店長 この前、あの子、酔ったお客さんとトラブルになったでしょ。
マコト はい。
店長 たまたま防犯カメラを見ていた本部に見つかっちゃって、月曜に来たんだよ。スーパーバイザーの奥山さん。
マコト 奥山さん?やばくないですか。
店長 うん。
マコト どうやって切り抜けたんですか?
店長 まあ…何とか?
マコト 何とかって、どういうことですか?
店長 …「娘」って言ったんだよ。
マコト 娘?店長の?まだ3歳なんでしょ。
店長 だから前の妻との間の娘って言ったんだよ。
マコト …ええっ!どうしてそんな嘘ついたんですか?
店長 私も子どものころ家が貧しかったから、ついそう言ってしまったんだ。
マコト え?
店長 私の家は、まだ私が小さいうちに両親が離婚してね。母は一生懸命働いてたんだけど、お金がなくて塾には行けなくてね。でもどうしても進学したかったから、無理言って頼み込んで大学進学させてもらったんだ。奨学金もらってね。
で、就職して奨学金返そうと思ったんだけど、その頃とても景気が悪くってなかなか就職できなくってさ。2年間非正規社員をやって、今の会社に就職した。それで今、やっと奨学金を全部を返し終えることができたんだ。
マコト そうだったんですか。
店長 あのハルカちゃんって子、父子家庭らしい。で、そのお父さんも奥さんと離婚してから、アルコールに頼るようになっちゃって、まともに仕事にも行ってないらしい。。たぶん家の事を顧みる余裕が全くないんだろうね。
マコト だから…
店長 だから、さ。
マコト 店長、それにしてもよく思い切って「娘」って言いましたね。本部にばれませんか?
店長 ばれるかもな。本部も私の経歴は知ってるはずだし。
マコト じゃあ、本部が黙認したんですか?
店長 いや、組織は黙認したりしないよ。奥山さんが黙ってくれてるんだろ。
マコト でも、もし彼女に何か起こったらどうするんですか?女の子だし、帰りに襲われたり、事件に巻き込 まれたりしたら…
店長 …
マコト 最近多いじゃないですか。ストーカーとか、変質者とか。
店長 …確かに。…やっぱ、断ろうかな。まだ子ども小さいから首になったら困るし。オレ、本部に電話す るわ。(奥に引っ込む)
マコト …ちょっと、ちょっと店長!(店長を追いかける) 待ってくださいよ!
音楽(クリスマスソング)
暗転
9 ハルカ、マコトに話しかける(クリスマスの頃)
明るくなると、マコトがモップ掛けの掃除をしている。
イートインではハルカが勉強をしている。
マコト、ハルカのカバンに新しいマスコットがついているのを見つける。
マコト これ(マスコットを指差して)どうしたの?
ハルカ これ?(マスコットを見せる)
マコト そう。
ハルカ もらった。友達に。
マコト かわいいね。
ハルカ (褒められてうれしそうに)うん。私さ、学校でも放課後6時まで勉強してんだけど、勉強するように なってから友達できてさ。
マコト へえ。
ハルカ 私昔は周りから避けられてた。まあ不良だったんだからしかたないよね。でもここ2か月毎日ずっと残って教室で勉強してたら、声かけてくれる子がいて、それで仲良くなって、で、もらった。
マコト よかったじゃん。
ハルカ うん。ホットコーヒー頂戴?
マコト ブラック、レギュラーだよね。100円になります。
うーんとハルカ伸びをする。
マコトは、コーヒーを入れている。
コーヒーのできる音。マコト、ハルカの所に持って行って。
マコト はい、どうぞ。
ハルカ はい。(財布から100円を渡す)
マコト お預かりします。(マコトレジにお金を入れにいく。ハルカその間にブラックで一口コーヒーを飲む)
ハルカ あのさ。
マコト ん?
ハルカ 川合…さん?
マコト え?
ハルカ あんたの事、何て呼んでいいか分かんないんだよ。年上だし。
マコト 何でもいいよ。
ハルカ じゃあ、マコト…さん?
マコト え、ああ。(少し照れ)
ハルカ いい?
マコト どうぞ。
ハルカ じゃあ、マコトさん。何かさあ、最近、私、少し勉強が面白くなり始めてきたような気がする。
マコト どういうこと?
ハルカ 何かさ、毎日毎日やっているうちに、いろんなところがつながってきたっていうか。ほら勉強って英数国理社に分かれてるじゃん。
マコト うん。
ハルカ でも、根本のところは一つなんだな、って思えてきた。
マコト へえ。それどういうこと?
ハルカ たとえばさ、漢詩ってあるじゃん。国語に。
マコト あ、中国の詩ね。
ハルカ そう、李白とか杜甫とか。この前ある詩を読んでたら、その詩が作られたのは周の時代、今から2500年前なんだって。
マコト 2500年?
ハルカ そう、2500年。周だよ。周。
マコト 中国4000年の歴史、っていうからねえ。
ハルカ その詩こんな詩。「桃の夭夭(ようよう)たる 灼灼(しゃくしゃく)たり其(そ)の華(はな) 之 (こ)の子于(ゆ)き帰(とつ)ぐ 其の室家(しっか)に宜(よろ)しからん」。知ってる?
マコト どこかで聞いたことのあるような…
ハルカ 桃の花が咲き乱れる中で、若いお嫁さんが結婚のために行列して歩いていく、っていう内容なんだけ ど。この詩を読んだ時、なんか2500年前の中国の人の気持ちが、そのまま自分の中によみがえってきたような、そんな気がして。何か胸が熱くなるっていうか、とっても不思議な気持ちになっちゃって。
マコト …
ハルカ ごめん、つまんない話して。
マコト ううん、つまんなくないよ。
ハルカ ほんと?(少し喜ぶ) 感動すると誰かに言いたくなる、そんな気持ちになることない?
マコト んー、まあね。(少し昔を思い返す。)でも、最近そういうことないなあ。僕、あまり同世代の人としゃべってないし。
ハルカ そうなんだ。
10 この前のおじさんがなぜ?
その時客Bが入ってくる。この前、ハルカにからんだ客である。
マコト いらっしゃいませ。
客がちらっとハルカを見て、一瞬空気が凍る。ハルカは目をそらして勉強に戻り、マコトはレジに戻 る。
客Bは店内でビールと野菜ジュースを持って、レジにやってくる。
足取りは普通である。
マコト 367円になります。400円お預かりします。33円のお返しです。ありがとうございました。
無言で客Bはハルカの方に歩いていき、立ち止まって。
客B あんた。
ハルカ、一瞬動きが止まり、Bの方を見る。
客B あんた、これ。
袋から野菜ジュースを出して、机のうえに置く。
ハルカ、思わず、客Bを見る。
ハルカ え?
客B よかったら、飲みな。
ハルカ …
客B この前はすまなかったな。
ハルカ どういうこと、ですか?
客B 店長さんに聞いたよ、あんたのこと。
ハルカ あの…
客B 体に気をつけてな。
客Bは、振り返らずに店の外に出て行った。
ポカーンとするハルカとマコト
音楽
暗転。
11 ハルカが合格?
桜をイメージする少し桃色がかった明かりが静かに入る。
マコトが待ち合わせ場所に来る。
そこへ、ハルカがやってくる。
ハルカ マコトさん!
マコト あ、ハルカちゃん。
ハルカ 私、私…志望校に合格した!
マコト え?
ハルカ 今、合格発表見てきたの。御浜高専、合格だった…
マコト 本当!おめでとう!
ハルカ 今まで、私を応援してくれてありがとう。
マコト ううん。僕は何もしてないよ。ハルカちゃんが頑張ったからだよ。
ハルカ ううん。あなたがいてくれるだけで、私は安心して勉強できた…それに本番に緊張せずに頑張れたの も、きっとあなたがくれたこの(取り出す)キットカットのおかげ。だから、だから合格を真っ先にあ なたに伝えたくて。
マコト たいしたものじゃなくてごめんね。
ハルカ ううん。だから…、だから…(顔をそらす)
マコト だから?
ハルカ (顔をマコトに向け) 高専生になった私とお付き合いしていただけますか?
マコト え、そんな…
ハルカ 無理ですか!私、魅力ないですか?
マコト ううん。そんなことないよ。
ハルカ じゃあ!
マコト はい!喜んで。
ハルカ やったあ。ありがとうございます。
ハルカ足取りも軽く去っていく。
音楽と照明がいきなり不安なものに変わる。
カウンターから店長がぬぼっと現れる。
店長 見〜た〜ぞ。
マコト えっ。
店長 (マコトを指差して)お前、うちの娘に手を出したな!
マコト え、店長いったい?
店長 マコト!お前ロリコンだな?まあお前の趣味はどうでもいい。問題は、私の娘に手を出したっていうことだ。責任とれるんだろうなあ?
マコト そんな、責任だなんて?第一娘じゃないでしょ?
店長 うるさい、つべこべ言うな。とにかくお前みたいな、不安定なアルバイトの奴にうちの大事な娘はやれん。したがって、今日からお前がこの店の店長だ!
マコト て、店長?
店長 そう。
マコト て、店長って?店長!
店長 店長?店長は俺じゃない、お前だ。よかったな、お前、店長になれて。だからこれからこの店のノル マは全てお前の責任で頼んだぞ。
マコト そ、そんなあ。
店長 おせち料理200組に、恵方巻き500本、バレンタインデーチョコ1000個に、ホワイトデーのクッキー2000箱…そのノルマ全部だ!
マコト う、うそ…うわー!
音楽がさらに高まると、いきなり暗転
その最中に「もしもし」「もしもし」と繰り返し声がする。
明るくなると、マコトはイートインの机に突っ伏して寝ている。
その横には配送人が立っている。
マコト は、はい。
配送人 あんた、うなされてたけど大丈夫?
マコト (きょろきょろして)え (状況が把握できない)
配送人 やっぱ、寝ちゃったかー。だからゲゲイン飲んだ方がいいって言ったのに。ほら、もう4時だよ。弁当の配送の時間。早いとこサインして。
マコト え、…夢?
配送人 何ねぼけてんだよ。次行かなきゃいけないから。早くサインして。
効果音または音楽
暗転
12 ハルカがいなくなった(2月中旬)
マコトがレジに立っている。
イートインにはハルカはいない。
マコトはイートインと入口を気にするが、ハルカの来る気配はない。
店長が出てきて棚にホワイトデーの飾りを作っている。
その間もマコトはハルカの事を気にする。
店長が飾り付けに満足し、奥の部屋に行こうとする。
店長 (マコトに)じゃ、夜勤よろしくね。(帰ろうとする)
マコト 店長。
店長 何?
マコト 今日、いませんね。
店長 何の事?(知らんぷり)
マコト 決まってるじゃないですか?
店長 ひょっとして、劉さん?
マコト 違う!
店長 やっぱり、ハルカちゃん?(白々しく)
マコト そう。
店長 んー。(言いにくそう)
マコト 何かあったんですか?
店長 あ、私急いでるんで、じゃあ。
マコト 店長!
店長 はいはい、ごめん。あったといったら、あったけど…
マコト 何があったのか、教えてください。
店長 え〜、でも。
マコト もったいぶったら余計気になるじゃないですか。
店長 でも…これ教えたらマコト君落ち込むかなって…
マコト だから、そんな風に言われたら、余計気になるじゃないですか?教えてくださいよ!(キレる)
店長 分かった分かったよ…。実は昨日、お母さんが連れてったんだよ。
マコト …え?
店長 彼女のお母さんがやってきて、彼女説得して連れて行った。
マコト 連れて行ったって、どこへ。
店長 神奈川。
マコト 神奈川?
店長 そう。高専の試験まであと1週間だろ。
マコト はい。
店長 最後くらいは自分で娘の世話したいって。本人説得して、神奈川県にある自分の家に連れて行った。
マコト そんな…。
店長 彼女、ずっとお父さんとこっちで暮らしてただろ。今までお母さんの所に行かなかったのは、どうも お母さんの再婚相手のことを、気に入らなかったかららしいんだ。で、お父さんは家のことほとんどできないから、家がくっちゃくちゃになって、で、見るに見かねてお母さんがやってきた、っていうことらしい。
マコト で、彼女を連れて行っちゃった?
店長 うん。
マコト 神奈川へ。
店長 そう。
マコト もう、戻ってこないんですか?
店長 分からない。
マコト そんな…
店長 マコト君こそ彼女と仲良そうにしてたじゃない?携帯の番号とかメアドとか聞いてないの?
マコト いや、ここで会うだけだったんで。
店長 草食系だねえ。じゃあ彼女の友達にでも聞けば?
マコト いや、誰が友達か分からないし。見ず知らずの中学生に「ハルカちゃんの電話番号教えて」って聞くわけには…
店長 そうだよね。そりゃ不審者だよねえ。
マコト 店長、まじめに考えてください。
店長 まあ、昔は携帯なんてなかったから、こういうことよくあったんだよ。こうなっちゃったら、みんなお別れ。まあマコト君、運がなかったってことで。
マコト …(めちゃめちゃ落ち込む)
店長 あーごめんごめん。でも彼女高専受けるって言ってたから、受験会場に行けば会えるんじゃないかな?
マコト それこそただのストーカーじゃないですか?
店長 ま、そりゃそうだね。だから、ここはすっぱり諦めないとね。マコトくん、男は仕事だ、仕事。君にはこれから夜勤の仕事がある。まあ、彼女も本当のお母さんが一緒にいてくれるんだし、結果的によかったんだよ、これで。だからさ、仕事に集中して、つらいこと忘れよ。
マコト、耐えきれなくなってコンビニの自動ドアから出ていく。
店長 マコト君!おい!どこへ行くんだ!仕事!職場放棄するなよ!(追いかける)
音楽
暗転
13 ハルカからの手紙(2月下旬)
マコトがイートイン付近の机の拭き掃除をしている。ハルカはいない。
そこへ店長が店の奥から入ってくる。音楽小さくなる。
店長 マコト君。ちょっと。
マコト 何ですか?
店長 (手紙を取り出す)これ僕の気持ち。
マコト え!?
店長 うそうそ。
マコト なんですか、いったい?
店長 これ、ハルカちゃんからの手紙。
マコト え、本当ですか?
店長 うん。ここの住所ネットで調べてくれたみたい。今日届いた。
マコト で、何て書いてあったんですか?
店長 私宛だったんで、私は封を開けて読んだけど。でも手紙にはマコト君にも読んでほしいって書いてあった。だから、はい。(手紙をマコトに差し出す)読みなよ。
マコト (店を気にして)今、読んでいいんですか?
店長 うん。お客さんが来たら私が応対する。
マコト、手紙を見つめて一瞬ためらう。それを見ていた店長が。
店長 とにかく、読んでみたら。
マコト あ、はい。(手紙を取る)
マコト、店長にうながされてイートインのハルカが居た席に座り、手紙を開ける。
まわりは暗くなり、マコトにサス。
マコト 拝啓、セブンマート大白田店 店長様、皆々様。
別のサスの中にハルカが現れる。
ハルカ 店長様、皆々様お元気でしょうか?私は、今神奈川の母の家にいます。そちらにいたころは毎日毎晩、 勉強する場所を提供していただき、本当にありがとうございました。明るくて、温かくて、きれいな 素晴らしい環境で勉強することを許してくださった店長さん、そして夜勤のアルバイトの方々には感 謝してもしつくし切れません。また店に来られる常連のお客さんの方々にも優しくしていただきまし た。そのおかげでそれまでまったく勉強しなかった私が、その面白さに気づき、志望校を受験すると ころまでいけました。これも皆さんのおかげと感謝しています。本当に、本当にありがとうございま した。
さて、今後についてですが、御浜高専の合格発表がある今月11日には、中学校の卒業式も兼ねてそちらに向かおうと思います。その後は、合格すれば御浜高専に進学、不合格ならばそちらの公立高校を受験しようと思っています。神奈川の学校を受験することも考えましたが、やはり一人残された父の事を考えると、高校生の間は少なくとも近くにいてやりたいと思ったからです。ということで、また公立高校の受験日までそちらにお邪魔すると思いますが、よろしくお願いします。それとこの手紙については、店長様が読まれましたら、アルバイトの川合マコトさんにお渡していただきたいと思っています。私を最も心配してくれるのは彼のような気がするからです。そして、私も彼が今後どんな道を選び、進んでいくのか、とても楽しみにしています。では、店長様、皆々様。春めいては来ましたが、まだ寒い日が続きますので、お体にお気をつけください。周防ハルカ
ハルカのピンスポが消える。
読み終わって、マコトはぼうぜんとする。
店長 良かったね。マコトくん。
マコト …
店長 最後に書いてあったでしょ。電話番号。
マコト …はい。
店長 かけてあげなよ。電話。
マコト でも、夜中ですし、勤務中ですし。
店長 いいんじゃない?まだ10時だし。
マコト …
店長 かけてあげなよ。
マコト でも…
店長 でも?
マコト 僕、頼りない人間だし…
店長 マコト君。君が頼りない人間だったら、私は君を雇ってないよ。それに君は半年間、この店でよく頑張ってき た。だから今の君は頼りない人間じゃない。
マコト 店長…
店長 私はこの仕事についてから18年間いろんなアルバイトの若者を見続けてきた。だから人を見る目には自信があるよ。君は大丈夫。だから、電話してあげなよ。
マコトうなずき、手紙を持って外に行く。
店の外で手紙で番号を見ながら電話をかける。それを店長店の中から見守って。
音楽、暗転。
14 ハルカ、コンビニ最後の日(3月16日)
明るくなると、ハルカがコンビニの棚の前で買い物している。
マコトはレジで、袋やスプーンの点検をしている。
ハルカは明日の朝食なのか、サンドイッチとスムージーを買って、レジに出す。
音楽小さくなる。
マコト 432円になります。
ハルカ (財布からお金を出す)
マコト 500円お預かりします。68円のお返しです。
ハルカ どうも。
マコト いよいよ明日だね。公立高校の入試。
ハルカ うん。高専はダメだったから、公立は何とか受からないとね。
マコト でも、補欠合格だから、まだ可能性はあるんだろ?
ハルカ でも、不合格って考えないと、気が緩むから…
マコト そうだね。はい。
マコト、レジ袋に入れた商品をハルカに渡す。
マコト 今日が最後だね。勉強。
ハルカ うん。クリスマスも正月もいつもここだったから…もうなんか、ここが家みたいだよ。
マコト あした頑張ってね。
ハルカ うん。
帰りかけるハルカに。
マコト あの。
ハルカ (振り向く)
マコト 僕、3月いっぱいでバイトやめる。
ハルカ え?
マコト 4月から、予備校行くことにした。大学目指して。
ハルカ …そうなんだ。
マコト うん。だから…だから君の受験が終わったら、どっか一緒にいかない?
音楽(「小さな恋の歌」 MONGOL800 )がカットイン。
ハルカは一瞬驚くが、冷静な顔に戻って。
ハルカ 返事は…受験が終わってからでいい?
マコト ごめん。大事な時に。
ハルカ ううん。最後だもんね。今日。
マコト うん。
ハルカ マコトくん!
マコト !
ハルカ 負けんじゃねえぞ。
マコト、大きくうなずき、笑顔をハルカに返す。
ハルカ笑顔をマコトに返す。そしてコンビニを出る。
コンビニを出た後、立ち止まって星を見上げ、そして家の方へ向かう。
反対側から、お客Aが入ってきた。
マコト いらっしゃいませ!
マコト応対する。タバコで迷うこともない。
いつの間にか奥から店長が来て、マコトの応対を見守っている。
幕
※ 上演の参考に
7場は客B(酔っ払い)の演技次第でいくらでも面白くなります。
地区も県も審査員の方々に「暗転の処理と音楽が…」と言われました。もしこの劇を上演するなら、 日時の変化の表現、暗転と音楽の入れ方を工夫されると、よろしいかと思います。
※ 参考文献
コンビニエンスストアの様子 ブログ「元セブンイレブン店長のコンビニは毎日がミラクル」
無料動画による受験勉強について 2013年6月6日朝日新聞「教育 開かれた学び オンライン授業の衝撃(下)