第73回 中部日本高等学校演劇大会 参加脚本 上演団体 三重高校演劇部 題名:ねこの子ね            作・山田淳也    登場人物 ・ノリオ  ・サオリ  ・タダシ(猫) ・紀子(マナミ) ・親父(祖母) 1 オープニング リスト「愛の夢」が流れ、暗闇から紀子がぼんやりと浮かび上がる。舞台は照明で区切られた円形の空間にとボックスと脚立。 ノリオ、サオリ、タダシの順で登場。前に出てきて、立ち止まる 紀子 夢を見ました。母がいて、父がいて、兄がいます。私は、幸せな家族の夢を見ました。みんな大好き。 サオリ 写真撮りましょうか タダシ そうだな ノリオ 撮ったら寿司屋行こうよ 祖母 いいわねお寿司 サオリ そんなお金ないわよ 三人は後ろへ行き、ポーズを サオリ 紀子、はやく 紀子 うん タダシ はい笑って 紀子も入る。シャッター音。紀子以外は撮った写真を確認している タダシ どうかな ノリオ 絶対だめだよもう サオリ 目つむっちゃった? 紀子 毎日とっても幸せ 皆優しいもん ノリオ 紀子、おいで 紀子 はーい ノリオは紀子に首輪をつける ノリオ 紀子、約束だぞ。外へは行っちゃだめだ。絶対にだ。 紀子 にゃーん ノリオ お兄ちゃんも約束する。何があっても紀子を守ってやるからな。約束だ 紀子 にゃーん ノリオ いい子だ 紀子 思い出した。私は、猫なんだ 音楽が終わる。紀子にサス。みんな去る。 ノリオが入ってくる。 ノリオ ただいまー 紀子は眠りから覚め、四足歩行で起き上がる。 紀子 にゃー ノリオ のりこー にゃーん ただいまただいまただいまーちゅっ 紀子はノリオを手であしらう ノリオ 紀子ちゃーん ごはん買ってきたでちゅよー じゃじゃーん!まっしぐらー 紀子 にゃー 紀子はそっぽ向く ノリオ あーさてはもう飽きたなー お兄ちゃん困っちゃう 紀子 にゃー ノリオ みてほら、マグロピューレ入り うまいよこれは 紀子 、、、 ノリオ もうしょうがない子でちゅねー よーしよしよしよし 紀子 にゃー ノリオ でもわがまま言っちゃだめー  紀子 、、、 ノリオ あ、すねてるな このおちびさんめ うりうりー 紀子 にゃー ノリオ 、、、愛してるよー紀子  ノリオは鞄をしまいに行く その隙に紀子は玄関から逃げ出す。ノリオは降りてきて紀子を探す。 ノリオ 紀子― どこー ノリオは半開きになった玄関を見て言葉を失う ノリオ あ、あ ノリオは膝を揺らしてがくがくする ノリオ の、の、のりこー! ノリオ飛び出していく 2 先生との遭遇 時は夕暮れ時。7月下旬、コロナの夏。カラスが飛んでいく。カラスは黒子代わりの仕事をする。 サオリが歩いてきて立ち止まり、あたりを見渡してため息をつく。そこへノリオが走って入ってくる。 ノリオ あ、サオリ先生! サオリ ノリオ君 ノリオ こんばんは サオリ こんばんは  ノリオ 奇遇ですね サオリ 奇遇ね  ノリオ どうしたんですか? サオリ なにが? ノリオ どうして逃げるんですか サオリ それはほら ノリオ なんですか サオリ 知り合いと思われたくないから ノリオ えーひどいなあ サオリ てか、そんなことより、あなた明日から追試でしょ。家の外歩いてていいの? ノリオ あ、 サオリ 早く家帰って勉強しなさい。 ノリオ いや、あの サオリ あんた化学のテスト大やけどじゃない ノリオ ええっと サオリ 私の授業受けてたら5点なんてとるはずないのよ ノリオ ああ サオリ 二桁はとりなさいよ ノリオ すいません サオリ ほんとに留年ありえるのよ? ノリオ でも!今それどころじゃないんです サオリ なによ ノリオ 大変な事態が起こっているんです サオリ だからなによ ノリオ 非常に大変な事態が起こっているんです サオリ だから早く言ってよ ノリオ 、、、妹が、迷子なんです サオリ え!ほんとう? ノリオ はい サオリ どんな子なの ノリオ 待ってくださいね。 ノリオはスマホから写真を見せる サオリ まあ可愛い猫 ノリオ でしょう サオリ でも今は妹さんでしょ ノリオ え? サオリ 、、、え? ノリオ あ、妹 サオリ うん ノリオ え? サオリ え? ノリオ なんですか サオリ いや、だから 妹さんの写真見してって ノリオ これですよ サオリ ちがうでしょ ノリオ いや、これです サオリ は? ノリオ この子が僕の妹なんですよ サオリ え、何言ってんの? ノリオ 何って別に サオリ ふざけないで ノリオ こんな状況でふざけませんよ サオリ 、、いやいや サオリ 、、、えーっと 妹が ノリオ 迷子 サオリ うんうん で、その妹が ノリオ 猫 サオリ そこ ノリオ え? サオリ そこがちょっとわかんない ノリオ えー サオリ え、なんで猫? ノリオ 知りませんよ サオリ えー ノリオ 逆に教えてくださいよ サオリ えー ノリオ もうこの際いいじゃないですか サオリ なにが ノリオ 猫か、人間かなんて サオリ いいの? ノリオ 先生も手伝ってくださいよ サオリ うーん ノリオ あの子はこーんなに小さいんですよ 車にひかれたらすぐ死んじゃうし、食べるものも無くてひもじいだろうし、変な雄猫にちょっかいかけられて妊娠、出産なんてこともあるかもしれない。雨が降ったら凍え死に、生ごみあさって食中毒。野良犬にかまれたらもう終わり。きっと今頃ひとりぼっちで心細くて泣いてるんだ。ああ何で鍵をかけなかったんだ ばか 紀子だって、あんなに約束したのに外に行くなんて ひどいじゃないか うわーん ノリオはその場で泣き崩れる サオリは困惑する サオリ 、、、、ここ道路だから ノリオ ひっく サオリ 、、、恥ずかしいでしょ もう ノリオ でもぉ だって サオリ なに ノリオ だって、、、、、僕が守るって 約束したんです サオリ 、、、お母さんと? ノリオは首を振る。 ノリオ そんなわけないでしょ  サオリ 、、、そっか そうだね ノリオ 紀子に約束したんです サオリ うん  ノリオ 僕の家族は紀子だけですから  サオリ ノリオ君、、、 ノリオ 先生。このあたりで猫の集まる場所って サオリ いくつかあるわ ノリオ 手伝ってください サオリ わかったわよ ノリオ どっちですか? サオリ こっち 3 紀子危機一髪 二人は走ってはける。 紀子が入ってくる 紀子は大きく深呼吸をして 紀子 ひろーい  ラーメン屋の親父がチャルメラの音楽を歌いながら登場。 大きな鍋を台車に乗せ、袋を腰につけ、たも網を背中につけて登場。 紀子は陰に隠れる。 親父 それっ 親父、腰の袋から床に何かを撒く。すると、猫の鳴き声が聞こえてくる 親父 よしよし やがて猫の声が酔っぱらったものに変わる。 親父は猫をたも網ですくって、鍋に入れる。 鍋の中から猫の鳴き声。 親父 生きがいいなあ。おいしいラーメンにしてやるからな 親父はもう一回、袋から何かを取り出して撒く。 もう一匹、猫が寄ってくる。 親父 ほほーきたきた ネコの声が酔っぱらったものに変わる。 親父 おどっとるおどっとる 猫どもがおどっとる  紀子 (後ろから猫の様子を見ていた紀子)楽しそう 親父が振り向くと、紀子と目が合う。親父は網を落とす 親父 な、なんて 親父たも網を構える。紀子は身構える 紀子 え、私?私はいいですよー、いやー大丈夫ですー。ほんとに。 親父 なんてうまそうな猫だ 紀子恐怖で後ずさる。それをじわじわと親父追いかける。 親父 やあっ 親父はたもを紀子にめがけてかける。袖へ隠れる。また現れる 親父 何にもしないから 紀子 うそつけー 袖に隠れる。また現れる。 親父 二時間もかかんないから 紀子 何なの、二時間って。 また隠れる。また現れる。 親父 話だけでも聞いてみない? 紀子 いやだー 親父、紀子去る。 舞台に静寂が戻った後、ノリオとサオリが入ってくる。 ノリオ、親父がまたたびを巻いていた場所で猫を見つけて。 ノリオ ああ猫がいっぱい 紀子どこだー サオリ 猫が踊ってる 親父がたも網を持って入ってくる。紀子を追っかけているが、紀子はターンし、そのままはける。 親父 おーい、後悔させないから― 親父はノリオに網をかける。 親父 、、あ ノリオ 、、、、 親父 あの、まちがえました。すいません。 サオリ あ! 親父 え? サオリ 犬山さん 親父 え、あ、はい。 ノリオ 先生、この人は。 サオリ ラーメン屋台の店主の犬山さん ノリオ はあ。 サオリ ノリオくん。ご挨拶して。 ノリオ はあ、どうも、。 親父 あ、どうも サオリ しらない?このあたりで有名なラーメン。 ノリオ はい、見たことはあります サオリ スープがまろやかですごくおいしいの 親父 へへへ サオリ ねえ何でだしとってるんですか? 親父 それは、、、ないしょです サオリ 教えてくださいよ 親父 採れたての新鮮なやつです サオリ 気になるー ノリオ それはいいですから 親父 え? ノリオ なにしてたんですか 親父 なにって ノリオ その網… 親父はたもを隠す ノリオ 手遅れですよ サオリ ばっちり見えてるし ノリオ なにやってたんですか 親父 、、、蝉取りです ノリオ こんな道路で? 親父は脚立に登ってセミの真似 親父 つくつくほーし つくつくほーし  こうやって電柱に間違って止まってるやつを 親父はたもをふりまわす。 親父 ね? サオリ でもなんか言ってませんでした?さっき、確か、後悔させないとか。 親父 いや、それはもちろん、僕のセミになってくれたら後悔させないってことですよ サオリ … ノリオ なんかあやしいなあ。大体今の時期はつくつくぼーしじゃなくてアブラゼミですよ。 ノリオも脚立に登ってアブラゼミの真似 ノリオ じーーーーじじじじじじじじじーーーーー ね? 親父 ああ、そうそう あとミンミンゼミもいるんですよね 親父 みーんみんみんみんみんみーーーみんみんみーー 親父とノリオ、脚立に登ってデュエット。 サオリ やめてよ恥ずかしい 親父 納得していただけましたか ノリオ 納得はしてませんよ。ミンミンゼミの鳴き声が全然違います サオリ いいでしょもう ノリオ 虫に関しちゃ僕うるさいですよ。 親父 あ、虫お好きで ノリオ 虫博士と呼ばれてました サオリ 虫の話はもういいでしょ。いいの(猫の話)? ノリオ そうでした ノリオ この猫、見かけませんでしたか ノリオが写真を見せると、親父は複雑な表情をしてから 親父 知りません ノリオ ?でしょ サオリ 知らないって言ってるじゃない ノリオ いや、今の顔 親父 うっうっ 顔のことは言うなよお 親父は嘘泣き サオリ ひどいじゃないノリオ君 ノリオ ええー サオリ 謝りなさい ノリオ すいません。とりあえずお話は信じますから。 親父 いいんですよう、、、で、この子を探してるんですか ノリオ そうなんです。大事な妹なんですよ 親父 妹? ノリオ たった一人の妹なんです 親父 妹? ノリオ 大事な妹です 親父 でもこれ猫じゃないですか ノリオまた泣き出す サオリ 形勢逆転だあ 親父 えっと、この猫が サオリ なんか、妹らしくて 親父 、、、はあ? サオリ まあそうですよね 親父 そういえばお二人はどういうご関係で。 サオリ 彼は私の生徒なんですよ 親父 なるほど サオリ いい子なんですよ 親父 そうですか  サオリ この子に頼まれて 親父 なるほど でも、今佐川さんのおうちも大変な、時ですよね。 サオリ はあ。 親父 聞きましたよ、旦那さんのこと。 サオリ 、、、ええ まあ。 親父 無事だといいですね サオリ 今はいいんです そのことは ノリオ のりこおー 親父 おにいさん ノリオ はい 親父 私も探しますから ノリオ ほんとですか ありがとうございます。 親父 でもほんとにかわいいですねえ ノリオ そうそうそうなんですよ 親父 もう食べちゃいたいくらいにかわいいですねえ ノリオ そうそう食べちゃいたいくらいかわいいんですよ ノリオ え?食べる? サオリ よかったね ノリオ あ、はい サオリ じゃあ、行こうか ノリオ はい  4 旦那様は猫 二人は歩き出す。 サオリ ノリオ君。 ノリオ はい。 サオリ 最近お母さんどうなの ノリオ 僕の家族は紀子だけです サオリ 、、、そう。 ノリオ 何がですか サオリ だって家事とか一人でしょ ノリオ いつも通りです サオリ 、、、、妹ちゃんとは仲いい? ノリオ ラブラブです サオリ ラブラブかあ ノリオ あの子が頼れるのは僕だけですから サオリ なんかいいね  ノリオ なにがですか サオリ 仲良し兄弟 ノリオ えへへ サオリ 私も子供がいたらなあ ノリオ 先生って、確か結婚されてますよね サオリ まあね  ノリオ 子ども作っちゃえばいいじゃないですか? サオリ 、、、あなたデリカシーないって言われるでしょ ノリオ 確かに。言ってくれる友達少なくて サオリ デリカシーないからでしょ ノリオ なんかすいません サオリ まあ、人にはいろいろと事情ってものがあるのよ ノリオ 不妊とかですか サオリ ぶっ飛ばすよ ノリオ ごめんなさい サオリ ちがうわよ  ノリオ セックスレスですか サオリはノリオの腹を殴る ノリオ うぐう すいません ふたりははける。 サオリの夫が登場。四足歩行で猫のようだ。 サオリ夫はごみ箱をあさる。 ゴミ箱を倒して中身を出し、残飯を食べる。 そこにノリオとサオリが入ってくる。 ノリオ なんだあのおっさん サオリ 、、、、 猫はノリオたちに餌をとられまいと威嚇する。 ノリオ 先生、あのおっさんヤバいですよ 見てくださいよ あの小汚いおっさん あはは サオリ 、、、、、 ノリオ 先生、どうしたんですか。先生。 サオリ あなた、、、 ノリオ え サオリ あなた何してるの こんなところで ノリオ ええー 猫 にゃおーん サオリ どうしちゃったの?タダシさん ノリオ なんだこれ 猫 にゃん サオリ タダシさん 猫 、、、、 サオリ どういうこと? 猫 、、、 サオリ 説明してよ 猫 、、、 サオリ 心配したのよ 猫 、、、 サオリ その恰好は何よ 猫 、、、 サオリ これじゃあ、まるで野良猫じゃない 猫 、、、 サオリ あの子のことなの? 猫は魚の骨をくわえて去ろうとする。 サオリ 待ってよ 猫は去る。ちょっとして戻ってくる。 猫 君にはわからんだろう サオリ ちょっとどういうこと! 猫、走り去る。 サオリ 意味わかんない ノリオ 僕にもちょっとわかりません サオリ 人って猫になれるの? ノリオ なれないですよ、おそらく サオリ だよね、うん。でも君の妹さんは猫だよね、 ノリオ はい。あ、信じてくれましたか サオリ ああ、うんうんうん 信じてる。 ノリオ うれしいなあ でも僕の妹はずっと猫ですよ サオリ ずっと? ノリオ ええ、生まれたときから猫なんですよ サオリ 猫って人間から生まれんの ノリオ 生まれないですよ サオリ 生まれてるじゃない ノリオ あ、確かに サオリ 意味分かんない ノリオ 僕もです サオリ え、きみはいいの?それで、妹がネコで ノリオ ああ、まあ、かわいいし サオリ ええー ノリオ 嫌なんですか サオリ 旦那がネコだよ、こっちは ノリオ 猫ではないですね サオリ え? ノリオ 猫のようなふるまいをするおじさんですね サオリ それもっと深刻じゃない? ノリオ まだなりきれてはいないんですね サオリ よかったってことかな ノリオ イヤーかなり危ないんじゃないですか サオリ そうだよね それはわかる ノリオ で、さっき言ってた事情って サオリはうなずく ノリオ なんか、、、大変ですね サオリ 大変だよ  ノリオ 先生 サオリ なに? ノリオ あの子って なんですか 家族の会話、自転車の車輪が回る音、皿を洗う音などの、生活の音を混ぜたような音 サオリ 、、、人にはいろいろと事情があるの ノリオ あ、すいません サオリ いいけどさ 5 人間レッスン   猫が去って行ったほうへあるいていく二人。ラーメン屋の親父がたもを持って歩いてくる。   その背後には紀子が。紀子は親父がどこかへ行くのを待っている。 親父 君の骨からは、琥珀色のおだしが取れるだろう。肉は美味しいチャーシューだ。目玉は最高のトッピングメニューさ。出てきておくれ。 親父はしばらく探してからあきらめて行ってしまう 紀子 変態! 親父が入ってきて、紀子はあわてて隠れる 親父 どこー 親父は首をひねって帰っていく。紀子は口の形で[変態]とののしる。紀子は床に寝転んで 紀子 お腹すいたー 紀子じたばたする 紀子 お腹すいたー 紀子うごかない 紀子 うううー そこへタダシ(猫)が登場。紀子の様子をうかがっている。 紀子 うーつらいー くるしいー タダシ 起きなさい 紀子 え? タダシ 起きなさい 紀子 えっと タダシ 私が野良猫の先輩として色々教えてあげるから 紀子 あのー、えっと タダシ なんだ 早くしなよ 紀子 あなた、人間ですよね  タダシ 猫だよ 紀子 おっさんでしょ タダシ 猫だよ 紀子 どういうことですか タダシ 猫になりかけってとこかな 紀子 人間が? タダシ うん 紀子 人間って猫になれるもんなんですか タダシ たぶん 紀子 なんじゃそれ タダシ 人間はいつもそうやって常識に縛られ、身動きが取れなくなっていく なんて愚かなんだ 紀子 私猫ですよ タダシ そうだった 紀子 そうですよ、猫なのになぜ言葉がわかるんですか タダシ それは僕が中間的な存在だからだろうな 紀子 人間と猫の? タダシ そう ほら、体毛が濃くなってる 紀子 やめて気持ち悪い タダシ 肉球はまだかなあ 紀子 ひい〜つ。 タダシ 早く家猫になりたい 紀子 なんで? タダシ 僕はもう自分の役割にうんざりしてしまったんだ 紀子 役割? タダシ そうさ。みんな役割を演じて生きてるんだ 僕は夫という役割があった 紀子 わたしも? タダシ 君は猫という役割を演じてるじゃない  紀子 そっか タダシ いいよな猫は。うらやましい役割だよ 紀子 そうかなあ 人間のほうがいいよ タダシ なってみたらわかるよ 紀子 なり方、あるの? タダシ あるにはあるよ  紀子 ええー タダシ あるよそりゃ 僕はそれを実践してるからな 紀子 どうするの タダシ なりたいものの演技をするんだ 紀子 演技? タダシ そう。君は人間の演技をすればいい 紀子 人間の演技 タダシ まずその四足歩行はダメだな 紀子 だって猫だし タダシ 直立二足歩行しなさい 紀子 無理だよ タダシ いける!それ! 紀子 ええ 紀子は二本足で立ち上がる。途中までうまくいくが、バランスを崩し倒れる タダシ センスあるよ君 紀子 ほんとにこれでなれるのー? タダシ なれるってば 今度は僕もやるから せーの 紀子は二本足でよろよろ立ち、タダシは手で顔を洗って毛繕いしている。やがてそれはよく分からないダンスのようになる。 紀子 この時間なんなのよ タダシ なんだろうな 紀子 だいたいおじさん いい年してなにやってんのよ タダシ 家出だよ 紀子 偉そうに タダシ ほっといてくれ 僕は飼い主を見つけるんだ 紀子 誰も拾ってくれないよ? タダシ こんなに愛らしいんだ きっと拾ってもらえる 紀子 愛らしい? タダシ にゃおーん にゃんにゃん 紀子 、、、 タダシ にゃんにゃーん 紀子 、、、 タダシ どうだかわいいだろ 紀子 うーん タダシ かわいいだろ 紀子 うん タダシ えへへへ あ、そうだ腹減っただろ まず飯を食わなきゃな。 紀子 おなかすいたー タダシ じゃあこっちきなよ タダシはごみ箱の中からゴミをあさる 紀子 残飯? タダシ うまいぞー 紀子 残飯なんて タダシ 食べたら? 紀子 嫌 タダシ は? 紀子 そんなもの嫌 タダシ 何我儘言ってんだ 紀子 ちゃうちゅーるがいい タダシ そんなもんないよ 紀子 ええー タダシ 割とおいしいから タダシは紀子の前に残飯を盛り付けた皿(ゴミ箱の蓋)を置く タダシ 食べなよ 紀子 いや タダシ これしかないから 紀子 嫌 タダシ 腹減ってるんだろ 紀子 だけど嫌 タダシ 食べろってば 紀子 いやよ タダシ 我儘言うなよ 紀子 嫌ったら嫌 タダシは蓋をひっくり返す。 紀子 ええーー タダシ 食べ物は粗末にしちゃダメだよ 紀子 それはあなたでしょ。 タダシ 腐っても食べ物なんだから 紀子 腐ってるから嫌なんだけど タダシ しょうがない奴だ 紀子 なんなのよ タダシ だいたいそんなに生ごみが嫌なら家に帰りな 紀子 、、、 タダシ ていうか何でこんなところにいるの 紀子 うーん タダシ 何? 紀子 それがよく分からなくて タダシ は? 紀子 気づいたら外にいた  タダシ … 紀子 今までそんなことなかったのに タダシ 何の考えもなしか 紀子 そうだけど タダシ ならもう帰れ。 紀子 いや 帰らない タダシ なんで? 紀子 、、、なんとなく タダシ 、、、とことん我儘なやつだ 家猫でいることがどんなに幸せなことか。その首輪は君に安息を与える束縛なんだ その恩恵を君は自分で放棄するっていうのか 紀子 恩恵じゃないよ タダシ そう思うなら好きなだけ逃げればいい 僕は人間であることと引き換えにその首輪をもらうつもりだ 紀子 そのためにこんなことを? タダシ 可愛い猫になるまでの辛抱さ 紀子 馬鹿みたい さよなら 紀子はそっぽ向いて行ってしまう  タダシ 待て。 紀子 なによ タダシ 、、、いや、なんでもない 紀子は去る。タダシは紀子のほうをじっと見た後、顔をなめなめして鳴く。 家族の会話、自転車の車輪が回る音、皿を洗う音などの、 生活の音を混ぜたような音 6 囚われの猫 タダシ にゃおーん にゃおーん にゃおーん そこにラーメン屋の親父がやってくる 親父はタダシを見つけ、忍び寄り、網をかける。タダシが暴れるので、ラーメン屋は布にしみ こませたマタタビをタダシに嗅がせる。 タダシはハイになり、踊り出す。 それを眺めて満足げな親父。不気味に笑う。やがてタダシが眠りにつくと、親父はタダシを引きずって歩き出す。そこにサオリとノリ オがやってくる。 サオリ あれ、ラーメン屋さん 親父 あっ 親父はあたふたしてタダシを隠そうとする ノリオ なんですかその猫 サオリ まさか、死んでるんじゃないですよね 親父 いえ、、、、眠ってて サオリ その猫、どうするんですか 親父 それは、、、、保護です ノリオ ほご? 親父 そうです このまま眠っていたら怪しい人に食べられちゃうかもしれないし サオリ 猫を食べる人はいないでしょ  親父 ははは そうですね そんな人いませんね ほら起きろっ 親父はタダシを往復びんたする タダシ にゃおん 親父 ははー起きました タダシ 何すんだこの親父  タダシは親父から離れて、脚立に登る。 サオリ 怖がってますよ ノリオ 登っちゃいましたよ タダシ さ、さおり サオリ 降りておいで― ノリオ 危ないぞー サオリはタダシに降りるように促す タダシは声をかけられながらゆっくり降りていく タダシ あれ? サオリ よしよし こわくないよー タダシ さおり? サオリ おりられるー? タダシ 俺が分からないのか? サオリ ほらこっちよ タダシ 俺は、猫になったのか サオリ よしよし タダシ ついに、なったんだ にゃーん タダシはサオリの周りを飛び跳ねる ノリオ 踊ってる 親父 どうやらその猫ちゃんはあなたに懐いちゃったようです。後のことは頼みましたよ。じゃあ 親父は駆け出してその場から逃げるように離れる サオリ あっちょっと ノリオ 何慌ててるんですかね タダシ にゃおーん サオリ ああはいはい タダシ にゃん サオリ 私いかなきゃいけないの タダシ にゃー サオリ だからごめんね サオリは行こうとするが、タダシはそのあとについてくる サオリ 困ったなあ…(猫を見つめて表情を変える)あなた タダシ 、、、にゃー ノリオ どうしたんですか サオリ 、、、目ヤニ汚いわ タダシ にゃー ノリオ 行きましょう  サオリ うん 7 紀子との対面 タダシ にゃ 指で案内している。 ノリオ のりこー 三人は紀子を探し回り、そして紀子を見つける 紀子は直立二足歩行の練習をしている。 ノリオ 紀子! 紀子 わっ サオリ えっあの猫? ノリオ そうです。紀子です。捕まえて! 紀子は逃げ回るが、三人は袋小路に追い詰める ノリオ 紀子!探したぞ サオリ 本当に猫だとは、、、 紀子 おじさん私を売ったわね タダシ ふふふ 紀子 ゆるせない タダシ 諦めの悪い猫ちゃんだ サオリ 何話してるのかしら ノリオ 紀子 こっちへおいで 紀子 、、、 ノリオ さみしいよ 急にいなくなってさ 紀子 、、、 ノリオ 約束しただろ 紀子 、、、 ノリオ うちに帰ろう 紀子 、、、お兄ちゃん 私 ノリオ ほんとにほんとに心配したんだぞ 紀子 、、、きこえない? ノリオ な?もう一緒に帰ろう タダシ やさしい兄さんじゃないか  ノリオ ほら、寒くないか ノリオは鞄からブランケットを取り出して紀子にかぶせる 紀子、それをきっかけにおとなしくなる。 紀子 にゃあ。 ノリオ 先生、ありがとうございました サオリ いや、いいのよ ノリオは紀子を連れて歩き出す。しかし紀子は立ち止まる ノリオ 紀子? 紀子 やっぱり私は ノリオ どうしたんだよ 紀子はブランケットを投げ飛ばし、二本の足で走り去る。 ノリオ まてよ!紀子! 紀子は去る。ノリオは紀子を追おうとするが、なにかに気づき、立ち止まる ノリオ 先生、今、あの子二足歩行してませんでした? サオリ ええ。 ノリオ 人間みたいに サオリ うん。 ノリオ あの子は、猫のはずなのに、、、 サオリは地面に崩れ落ちる タダシ サオリっ タダシは人間になってサオリに寄り添う ノリオ どうしたんですか先生 サオリ あの子、あの子は ノリオ なんなんですか サオリ 「マナミ」 ノリオ いや、紀子ですよ サオリ いや、たしかにあの子は「マナミ」 ノリオ のりこですって サオリ 「マナミ」よ。私には分かる タダシ まさか… サオリ 間違いない、マナミよ。 ノリオ いきなり何言ってるんですか タダシ 本当にそうなのか ノリオ 猫はあっち。 ノリオはタダシを引きはがそうとする。 タダシ あの子はマナミなのか ノリオ だいたいマナミってだれですか サオリ 、、、私の、娘 ノリオ え?でも先生に子どもは サオリ いるわ。一人。 ノリオ じゃあマナミってのは サオリ (うなずく) ノリオ でも、あの子は僕の妹ですから サオリ 分かるのよ!、、、あの子の横顔、あの子のしぐさ、あの子の声、全部全部、わたしには分かるの!すべて残らず記憶してるの!あの子が今は別の家の子供だろうが、私には分かるの! タダシ 、、、そうなのか? ノリオ 生まれ変わりとか、言わないでくださいよ サオリ きっとそうね  ノリオ 先生 サオリ もう一度私の前に現れたってことは そういうことなのよ ノリオ 仮にそうだとしても、今、あの子は紀子で、僕の妹ですから サオリ でも、、、マナミは ノリオ あの子は紀子です 360度紀子です サオリ いや、500パーセントマナミよ ノリオ 2π√3紀子ですよ サオリ 確率1でマナミよ ノリオ きいいいいい サオリ ノリオ君。私は生徒のことは大事だけど、家族のことはもっと大事なの ノリオ それは僕も同じです。あの子は僕の大事な家族なので サオリ 私は、マナミを探しに行くわ ノリオ 僕は紀子を探しに行きます サオリ そう ノリオ ここまでありがとうございました サオリ さよなら ノリオ さようなら ノリオ去る  タダシ にゃー? サオリ なによ タダシ にゃー サオリ 大丈夫。ちょっとお迎えに行くだけ タダシ にゃー  サオリ こんな時間だと危ないからね タダシ にゃー サオリ 一緒に来る? タダシ にゃー サオリは椅子を並べて車を作る ドアの閉まる音 エンジン音 遅い車のせいで信号に間に合わなかった。サオリはクラクションを鳴らし、うなだれる サオリ あなた、家族いるの? タダシ 、、、 サオリ いるなら、一緒にいなくちゃ タダシ 、、、 サオリ 一緒にいるってすごいことなのよ タダシ 、、、うん サオリ 夢みたいなもんなんだから タダシ 、、、 サオリ 雨、降りそう タダシ にゃー サオリ 雨の日はいつもこの車で送ったのよ タダシ、、、 サオリ 夏は海までドライブしたり サオリ立ち上がる サオリ 帰ったらシャワー浴びなきゃね タダシ 浴びなきゃ臭いぞ サオリ えーアイスは家にまだあるでしょ タダシ がまんがまん サオリ あっ はぐれちゃうわよー タダシ 手振ってる サオリ うん クラクションが鳴り、サオリとタダシは席に戻る タダシ 、、、、 サオリ はあ 信号が青になる アクセルを踏む エンジン音 サオリ 何でさ、こういう時にあの人はいないんだろう タダシ 、、、 サオリ 私いつもこうなのよ   タダシ 、、、、 サオリ 猫には関係ないか よしよし 家族の会話、自転車の車輪が回る音、皿を洗う音などの、生活の音を混ぜたような音がなった後、タダシは大きな声で鳴き始める タダシ にゃーん にゃーん タダシはドアを開け、車から飛び出そうとする。サオリはそれを止める タダシ にゃー! サオリ 何してるの! タダシ にゃー サオリ やめて!お願い! サオリは前に車があることに気が付き、慌ててハンドルを切り、ブレーキをかける タダシ にゃー、、、 サオリ やめてよ タダシ 、、、 サオリ やめてよもう タダシ 、、、にゃー サオリ このバカねこ タダシ なんで 何でおれは息が吸えるんだよ なんで飯が食えるんだよ 何でこんなにも生きてるんだよ あの子はもうできないのに  サオリ 、、、あなた、もしかして タダシ 、、、 サオリ タダシさん? …そんなわけないか エンジン音。車は分裂し、椅子は屋台の椅子になる。 8 屋台 ラーメン屋が鍋を引いてチャルメラを流し入ってくる。そこへサオリとタダシが歩いてやってくる 親父 あらこんばんは サオリ まあ犬山さん 親父 あの生徒さんは? サオリ 遅いので帰らせました 親父 そうですか サオリ ええ 親父 あ、旦那さんは サオリ (首を振る) なかなか タダシ にゃーん タダシは早く行きたがっている 親父 あれ、その猫 サオリ そうです さっきの  タダシ しゃー サオリ 犬山さん 無責任ですよもう 親父 いやいや、すいません それで、これからどちらに? サオリ 娘のお迎えです 親父 でも娘って サオリ 娘の生まれ変わりの子を見つけたんです だから迎えに行かないと タダシ にゃーん 親父 そんな都合よくいるもんかなあ サオリ いたんです! 親父はサオリに詰め寄られ、タジタジ 親父 うん、結構いますよねそのへんに サオリ でしょ? 親父 幸運を願っております サオリ どうもありがとう それじゃあ 親父 お気をつけて ノリオが登場 ノリオ 紀子― 親父 あれ、君 ノリオ どうも 親父 もう帰ったんじゃないの? ノリオ 紀子見つけるまでは帰りませんよ 親父 でも、さっき佐川先生がもう帰らせたって ノリオ なにい 親父 後、なんか娘?探してるんだって ノリオ あの教師め! 親父 何があったの? ノリオ 紀子のことを自分の娘だと言い出したんです 親父 は? ノリオ おかしいでしょ?何の根拠もなしに 親父 ああ ノリオ あの子は間違いなく紀子なのに 親父 、、、本当に? ノリオ え? 親父 君に根拠はあるの? ノリオ 、、、 親父 何で君の妹は猫なの? ノリオはしばらく黙った後 ノリオ 猫だから猫なんだよ! ノリオ すいません。でも、僕には紀子、かわいい紀子のほかに何もないんです。なのに何で離れて行っちゃうんですかね。ひどいなあ。 親父 そうか、、、 ノリオ 僕が呼んだら、ニャーって鳴くんですよ。ご飯くれってね。だから、あの子は猫です。あの子が僕の妹なんですよ。 親父 本当は人間でも? ノリオ あの子は、猫ですよ。 親父 そうか ノリオ そうです 親父は銃を取り出しかまえる。 ノリオ ええー 親父 これ、貸してやるよ ノリオ 何でこんなもの 親父 具材調達用さ なんか知らんけど 君の愛を見してやれよ ノリオ 、、、、、、わかりました 親父 早くしまって ノリオ ああ、はい 親父 じゃあ、がんばれよ ノリオ はい 9 誘拐、そして食卓 紀子が登場。みんな暗闇の中、紀子、もしくはマナミを探し回っている。 紀子 私はほの暗いアスファルトを走っていた。町の光がぼやけたレンズみたいできれいだった。私を呼ぶ、声がする。 皆がそれぞれの呼び方で紀子を呼ぶ。紀子に手を伸ばそうとする。紀子がしゃべりだすとストップモーション。 紀子 これから30万年経っても、あなたたちは私を探し続けるのかな。そしたらあたしは30万年経っても逃げ続けるのかな。 皆、「愛してるよ」とか「戻ってきてくれよ」とか「最強のラーメン」とか言う。 紀子 あなたたちは誰 皆、「紀子」とか「マナミ」とか「お嬢ちゃん」とか呼ぶ。紀子の前を通り過ぎたりする。 紀子 思い出した。あなたたちは猫なんだ。みんな、みんな、首輪をつけあって喜んでるかわいい、かわいい猫なんだ。  じゃあ私は誰?猫にも人間にもなれない私は誰?こんな世界ならもういっそ、戻って来られないくらい深くあの夢に潜ってしまおう。  幸せな家族の夢に。 ノリオは紀子の後ろから近寄って、ブランケットをかぶせ、無理やり連れ帰ろうとする 紀子は最初は暴れるがおとなしくなってい く。 ノリオ 紀子!もう家へ帰ろう その後ろからサオリが鞄でノリオの頭をぶんなぐる。三発くらい言ったところで、タダシが止め、引きずってごみ捨て場へ連れて行 く。 サオリ マナミ もう家へ帰ろう ノリオは気絶し、ゴミ袋の下敷きにされ置いて行かれる。サオリとタダシは紀子をつれ、自分たちの家に。 ちゃぶ台を出す。 サオリ マナミ、まーなーみ 紀子 え? サオリ お帰り タダシ にゃー 紀子 え、なにこれ サオリ どうしたの? 紀子 どういうこと? タダシ どうしたんだ? サオリ マナミ? 紀子 私、紀子っていうんだけど サオリ もう何言ってんの タダシ にゃはは 紀子 え、でも サオリ お母さんをからかったらだめよ 紀子 あ、あの時のおじさん? タダシ にゃー 紀子 猫になったんだ タダシ ああ でも、マナミが帰ってきてくれたから もういいかな 紀子 なにそれ タダシ お父さん嬉しいよ お帰り 紀子 え? サオリ マナミ 紀子 、、、 サオリ マナミ 紀子 うん サオリ お帰り マナミ うん ただいま その後ろで紀夫がごみ袋を払いのけ、起き上がる。紀子を探しまわっている ノリオ 紀子?紀子!おーい サオリ おなかすいたね マナミ おなかすいたー タダシ そうだな サオリ ご飯にしよっか マナミ さんまさんま タダシ マナミ、今さんま全然取れないんだぞ マナミ えー なにそれ サオリ あるものでつくっちゃおう タダシ うん マナミ はーい ノリオは親父と一緒に脚立に上って家族のだんらんを眺めている ノリオ 紀子― 何やってんだよー 親父 感電するよノリオ君 ノリオ あの教師頭おかしいですよ 誘拐ですよこれ 親父 なんか変態みたいだよノリオ君 ノリオ 何笑ってんだ紀子 状況やばいんだぞ 親父 お巡りさん来ちゃうよノリオ君 ノリオ 今助けてやるからな ノリオは脚立を降りて銃を取り出し、玄関で待ち構える 親父 いくんだね ノリオ ええ すぐ戻ります 10 団欒 サオリ 二人ともお皿持ってって マナミ はーい タダシ はーい マナミ あ、かぼちゃ サオリ タダシさんごはんついで あ、お茶碗こっち タダシ はいはい サオリ マナミ、とりざらもってって マナミ はーい タダシ マナミいっぱい食べたい? マナミ うん サオリ 私少なくていいよ タダシ 了解 マナミ うおっ 大盛り タダシ どうぞ サオリ 食べきれる? マナミ 楽勝 タダシ 太っちゃうな マナミ もう! マナミはタダシを押す サオリ デリカシーないから タダシ すまん マナミ 許せない サオリ 許せない タダシ 許してー 三人は食卓に着く マナミ あ、私赤の箸 サオリ え? マナミ なに タダシ マナミはいつもピンクの箸だろ マナミ 、、、そうだ、そうだった! サオリ どうしたのよマナミ タダシ はいじゃあ手を合わせて マナミ なんか、、、、、 サオリ なに? マナミ なんか、久しぶりだね サオリ 、、、そうだね タダシ うん サオリ うれしいね マナミ うん タダシ 、、、食べようか サオリ そうね タダシ いただきます サオリと紀子 いただきます タダシ あーうまそう 紀子 おいしいー ノリオが勢いよく玄関を開け、食卓に乱入する ノリオ うごくな! 食卓が凍りつく マナミ おかえり ノリオ 、、、え? マナミ お帰り、おにいちゃん ノリオ 、、、紀子? マナミ 何紀子って、ていうかどうしたのそのおもちゃ ノリオ 、、、紀子なのか? マナミ 何言ってんの、マナミよ?ねえお母さん サオリ うん、そうね ノリオ うるさい!紀子目を覚ませよ マナミ やめてよ どうしたの? タダシ どうしたんだおまえ? サオリ ノリオ? ノリオ 、、、え? タダシ 早くこいよ ごはんだぞ ノリオ 、、、なにこれ サオリ ほらほら マナミ 食べ終わっちゃうよ ノリオ 、、、、 サオリ なんかお兄ちゃんおかしいね マナミ ねー ノリオ 、、、、 タダシ 冷めるぞ マナミ うん サオリ あ、ごはん サオリはご飯をよそってくる。 タダシ こっちも大盛りだな サオリ そうよいっぱい食べてもらわなきゃ マナミ おはしおはし サオリ まなみありがと タダシ 偉いなマナミ マナミ でしょ 皆が食卓へ戻り、ノリオを待つ。ノリオは歩き出す ノリオ いただきます サオリ このかぼちゃどう? マナミ おいしいよ タダシ うん うまい サオリ 固いかなーって思ったけど マナミ お母さんの料理みんなおいしいよ サオリ うれしい。ノリオはどう? ノリオ 、、、うまいよ タダシ どうしたんだよ、そんなちっちゃな声で サオリ 素直じゃないから マナミ さすが思春期 ノリオ おまえだって タダシ ほらほら 仲良くな サオリ そうだ、ニュース マナミ あ、Mステ サオリはテレビをつける マナミは立ち上がる タダシ うわ今日15人も出てる ノリオ 鈴鹿の病院でクラスターだって マナミ ねえ今日Mステ サオリ まだ始まってないよ タダシ あ、このキャスター三重の予報飛ばしたぞ ノリオ ほんとだ  タダシ 飛ばすなら〇〇も飛ばせよなあ マナミ Mステ! サオリ あれ、今日おやすみみたいよMステ マナミ ええん ノリオ ざんねん マナミ むかつく! マナミは座る 食事は続く 親父がうろうろしている 親父 全然帰ってこない まずいな 親父は玄関の前で様子をうかがう ※数字と※数字は重なるセリフ。同時に言う マナミ 宿題はおわったもん※1 タダシ もう学校始まってるのか※1 サオリ えー本当?※2 ノリオ うん先週から※2 マナミ ほぼ※3 タダシ ちょっと早すぎだな※3 サオリ 終わってないじゃないの※4 ノリオ うんおかしいよ※4 マナミ 読書感想文だけだもん※5 タダシ あついだろ※5 サオリ 大丈夫?書ける?※6 ノリオ みんな愚痴ってるよ※6 マナミ 書けるよ※7 タダシ 困ったもんだな※7 サオリ 提出日は守らなきゃだめよ※8 ノリオ もう休もうかな※8 マナミ わかってるよー ※9 タダシ さぼりは良くないぞ※9 サオリ お兄ちゃんみたいなのはダメよ※10 ノリオ わかってるよ※10 ノリオ てか最近は遅れてないってば マナミ ほんと? ノリオ ほんと ノリオはおかわりに立つ みんなその方向を見る ノリオ あ、おかわり タダシ そっか、そうだな、いっぱい食べろ サオリ もうちょっと太ったほうがいいわよ マナミ そうだー 親父が入ってくる 親父 あ、こんばんは 食卓が凍りつく 親父 ノリオくん なにやってんの サオリ 、、、お帰り 親父 え? サオリ お帰り、おばあちゃん 親父 おばあちゃん? タダシ 遅かったですね マナミ どこ行ってたの タダシ 老人会だよ 親父 あの、私、犬山っていうんですけど ノリオ 何言ってるんだよ 親父 えー サオリ もうごはん食べてるよ 親父 どいうことなんだろ マナミ 早く食べようよ 親父 うん、でも私は サオリ どうしたのおばあちゃん 親父 あ、あの マナミ なに?おばあちゃん 祖母 、、、、ああ、じゃあそうしようかね。あ、ちょっとでいいよ 親父は腰を丸めて歩き出す。サオリとタダシはご飯をよそってくる タダシ お義母さん元気だな サオリ そうね、でも分かんないもんよ そういうの タダシ おいおい サオリ はいどうぞ 祖母 ありがとう いただきます マナミ お兄ちゃんのほうの味噌汁ネギ少ない※1 サオリ あ、そうだ。回覧板回してない※1 ノリオ 同じくらいだよ※2 タダシ 後で出しとくよ※2 マナミ 交換してよ※3 サオリ ほんと?ありがと※3  ノリオ ネギくらい食べろよ※4 タダシ うん 置いといて※4 さおり マナミ、まだねぎ食べれないの? マナミ うん 祖母 まなみちゃん おばあちゃんのと交換しようか マナミ ほんと! サオリ だめよおかあさん マナミ えーなんで 祖母 だめだってまなみちゃん マナミ もう 祖母 そうそう、おとうさん。 タダシ なんですか 祖母 玄関の明かりがチカチカしてましたよ タダシ そうですか 後で換えときますね 祖母 お願いね マナミ ごちそうさまー サオリ はい 自分で運べる? マナミ 運べるよ ノリオ ごちそうさま 11 花火 二人は食器を運んでいく タダシ 、、、さて、蛍光灯取り換えるか サオリ 手伝うわ サオリとタダシは食器を片づけ、脚立を使って蛍光灯を取り換える。マナミとノリオは冷蔵庫へ。おばあちゃんは電話。 タダシ ほんとだ、死にかけだな※1 マナミ お兄ちゃんスイカあるよ※1 祖母  はいもしもし あ、富ちゃん どうしたの※1 サオリ 大丈夫?※2 ノリオ おばあちゃん スイカいる?※2 祖母 あそう。健司君もちょっとは我慢したらいいのにねえ。 ※2 タダシ 押さえといて※3 祖母  ちょっとでいいよ※3 サオリ わかった。新しいのどこだっけ※4 ノリオ はーい※4 祖母 やめてよもう。旦那なんてすぐ死んじゃうわよ。あと2,3年の辛抱よ※4 タダシ 倉庫。あ、釣竿のほうじゃなくて、あ、そうそう※5 祖母 うん。なんかあったら言ってね。じゃあね※5        ノリオはスイカを切っている タダシ よいしょ サオリ 、、、なんか、久しぶりね タダシ 、、、うん (蛍光灯を取り換える) ノリオ マナミ、皿とって マナミ うん。(祖母に)どうぞ。すいかですよー 祖母 ありがとう ノリオ おかあさんたちは? 祖母 蛍光灯取り替えてるの ノリオ ああさっき言ってた サオリとタダシ、入ってくる タダシ あ、すいか うまそう マナミ たべよう サオリ そうしましょう タダシ そうだ、今なんか花火やってるみたいだぞ マナミ ほんと? 祖母 でも、お祭りなくなったんでしょ ノリオ なんかゲリラ花火だって 祖母 げりらってなあに? ノリオ 予告なしってこと マナミ 早く見ようよ タダシ そうだな みんなで窓から花火を見ながらスイカを食べる 花火の音が遠くで聞こえる マナミ きれい。 サオリ うん。 大きな花火の音が消えていく。 マナミ 、、、終わっちゃった ノリオ いつかは終わるよ サオリ ずーっと続けばいいのに マナミ 、、、うん サオリ あ、そうだ サオリは奥へ行く ノリオ どうしたの? サオリ まだあった。昔買ったやつ サオリは手持ち花火を持ってくる。 マナミ やりたい タダシ バケツ用意するか 暗転 マナミ どれにしよっかな サオリ これいいんじゃない? 祖母 線香花火は最後でしょ ノリオ そうそう マナミ お父さん火つけて タダシ 決めた? マナミ うん。いくよ、、、 タダシはバケツを用意。ノリオはライターを持ってくる。マナミは花火を選んでいる。ごみ袋を一つ、紀子がほどくと、その中に大量 の紙切れが入っており、紀子はそれを抱えて思いっきり上にばらまくと、そこに赤い光が当たり、火花になる。火花の真ん中で踊るよ うに回り、楽しむ。そこに突如、銃声が鳴り、銃を持って震えているノリオ マナミ 、、、、え? ノリオ 紀子 紀子 マナミ なに、なんなの サオリ ノリオ? ノリオ 紀子、家へ、家へ帰ろう マナミ 何言ってんのよ タダシ おちつけ、どうしたんだ ノリオ もう終わらせよう サオリ 、、え? ノリオ こんなの、もう終わりにしよう サオリ こんなのって ノリオ この茶番劇だよ 全部、全部嘘じゃないか サオリ ?じゃないわよ ノリオ 嘘だ、この人はラーメン屋さんだし、これは汚い野良猫だし、あんたは僕の先生だし、この子はマナミじゃなくて紀子だよ マナミ 、、、え? サオリ 、、、何で今更そんなこと言うの?幸せならいいじゃない。幸せじゃなかった、ねえ? ノリオ でも、このこは、違うんだよ この子はやっぱり、猫なんだよ 猫じゃないとダメなんだよ サオリ そんなのあなたの勝手でしょ。私からしたらこの子はマナミなのよ ノリオ 紀子、お前は紀子だろ? サオリ この人何言ってるかわかんないねマナミ 誰だろ紀子って ノリオ やめてください サオリ だいたい、妹なのに猫ってなんなのよ 何で猫なのよ ノリオ 猫だから猫なんだよ サオリ お願いよノリオ君 私もう十分つらい思いしてきたの あなたにはまだまだ先があるじゃない 私はもうたくさんなの サオリはマナミの腕をつかむ。ノリオはゆっくりと銃をサオリに向ける ノリオ 通してくれたらいいんですよ サオリ 、、、ねえ、どうしてもだめなの? ノリオ 、、、だめなんです すいません サオリ サオリは後ずさりして、キッチンの包丁を取りに行く サオリ 私にはね、もうここしかないの ノリオ それは、あんたの勝手だろ サオリ 何で、、、 ノリオ なんだよ サオリ 家族は一つにならなきゃダメなのよ! ノリオ こんなの家族じゃねえだろ! サオリ いうこと聞きなさいノリオ! ノリオ うるさい!死ね! 紀子 やめて! 沈黙 紀子 わたし、もうわかったから。いいよ、もう 紀子は出ていく。二人は武器を落とし、崩れ落ちる。 タダシ にゃー 親父 あの、お邪魔しました 親父は去る。タダシもどこかへ行ってしまう。大きな雨の音。 ノリオ 傘、傘がないと ノリオは傘を持って家を飛び出そうとする サオリ ごめんね。ノリオ君。私、いつもこうなのよ   ノリオはしばらく黙って立ち止まってから、外へ。 12 別れ センターに濡れながら紀子が立っている ノリオ 傘 紀子 いいよ ノリオ なあ 紀子 なに ノリオ 家族ってさあ あんな感じかなあ 紀子 、、、さあ ノリオ あのままのほうがよかったかな 紀子 、、、どうかな ノリオ 紀子。約束、覚えてるか? 紀子 うん ノリオ 何で、破ったんだ 紀子 さあ、わかんない ノリオ なんだよそれ 紀子 何か変わると思ったから ノリオ 知ってるだろ、僕がどれだけお前を心配してるか、愛してるか 紀子 知ってるよ。 ノリオ だったらさあ 戻ってきてくれよ 紀子 愛してるから、、、だから私を猫にした ノリオ え? 紀子 私に毛皮をかぶせた。 ノリオ ちがう 紀子 丸い目玉を埋め込んだ。 ノリオ ちがうんだ 紀子 かわいい尻尾をはやした。 ノリオ やめろ 紀子 物言わぬ猫にした。猫は余計な口きかないから。 ノリオ うわああああ ノリオは傘を捨てて紀子をたたく。自分のしたことに気づき、膝をつく。猫のよう。 紀子 私を猫にしたのはあなたよ ノリオ ちがうんだ ごめんよ 紀子 でも、いいよ、別に ノリオ え? 紀子 それで私は安心してたから ノリオ 、、、、 紀子 でも、もうあなたの猫はやめるね ノリオ 、、、うん ごめんな 紀子 いままでありがとう ノリオ 紀子 紀子 楽しかったよ ノリオ 僕もたのしかった。、、、なあ 紀子 ん? ノリオ 寒くない? 紀子 全然。私雨好きだからいいの ノリオ そっか。  紀子 もう覚悟できたから、生ごみ食べてでも生きてくよ。 紀子はごみ箱に頭を突っ込んでごみをばらまく。ノリオもゴミ袋を破いてごみをばらまく。みんな出てきてごみをばらまく。最終的に 二人だけ残る。 ノリオ 紀子。いつかまた会おう 紀子 、、、いいよ ノリオ 約束だぞ 絶対な 紀子 うん ノリオ 絶対だからな 紀子 うん。 ノリオ 愛してるよ 紀子 、、、ありがとう。さよなら ノリオ さよなら リスト「愛の夢」が流れ始める。 ノリオは紀子の首輪を外し、手を振る。紀子はゆっくり奥へと消えていく。 ノリオ 約束だぞ 紀子 約束だよ ノリオ ばいばい 紀子 ばいばい ノリオ ばいばい ノリオは夜が明けていく町で佇む。 幕