Cheese! 〜smileが咲く頃〜 谷川 優奈                    2014年1月27日作成 第2稿 登場人物 女性 スミレ お父さん *一章・迷路のはじまり* 緞帳が上がると、暗転幕が閉まっている。 上手から女性(26)が通勤服で歩いてくる。足取りが重い様子 そこに舞台中央で、外国人旅行客の男女とすれ違う。 外男 Excuseme! 女性 ……はい? 外女 シャシン… 女性 えっ 外男 このトリイのマエでシャシントルカラ… 女性 あぁ、写真…ですか 外女 イエス! 外女 撮るんですか? 外男 Could you take us? 女性 ……Sure カメラを構えた女性、一瞬固まる。男女は笑顔。 女性 Say…Cheese 男女 Cheese! 照明、女性だけに当たる。男女はける。暗転幕が開き、照明は地明りに。 後ろの暗い舞台では、スミレがフリーズ状態。 女性 私、何で笑えとったんやろ。何で、笑えやんくなったやろ。…分からん。何であのカメラを向けられたら笑えたんやろ。…そうか、そうや。あのカメラ。あの日、私の誕生日。カメラが壊れた、あの日。中三の春。庭にスミレが咲いとったあの日。私は笑顔をこわした。私は…。なぁ、お父さん!謝ってよ!何でおらんくなったん!?なぁ、何で最後まで勝手ばっかなん!?やっぱりお父さん何て…大っ嫌いや!! 照明消えて、女性は上手ソデへ。照明が当たると、スミレ?が動き出す。上手側に、カメラが置かれている。 スミレ 何で!?何で今まで隠しとったん!?ありえへん。そんなので今まで、笑え、笑えって…。嘘やろ。最低。お父さんなんて…大っ嫌いや!こんな、カメラなんて…。 女性、上手からゆっくり歩いてくる。スミレ、カメラに近づき、取り上げ、振り下ろそうとし… 女性 あっ。 スミレ、フリーズ。 スミレ え。え?ええ? 女性 あれ。分かんの? スミレ え、誰!? 女性 え。何で私と喋れんの? スミレ 誰なんですか!?勝手に人ん家入って!! 女性 人ん家…?ここ家ちゃうよ。 スミレ あ、あれ!?なんでっ…どういうこと?ここどこ!? 女性 なんで、あの子だけが気づいたんやろ…。そんな、自分と喋るって私、頭おかしくなったんかなぁ…。 スミレ なんでこここんなに暗いの!?私、いつの間にこんな… 女性 スミレ。 スミレ あっ。てゆうか、お父さんはどこ行ったん!?私、何で一人だけこんな場所に… 女性 スミレ。 スミレ えーっと。状況がわけわからん。まず、私はさっきまでお父さんと… 女性 …スミレッ! スミレ ハイィィィッ! 女性 あんた、人の話聞かんの、いい加減なおしなよ…。 スミレ あ、はい、ごめんなさい。………。ええっ!? 女性 な、なに。 スミレ なんで私の名前知ってるんですか!? 女性 いや、当たり前やろ。 スミレ いやいやいや…。おかしいやろ。 女性 いやいやいやいや。 スミレ いやいやいやいやいや。 二人で「いやいや」言いながらお互い近づいていき、センターでなぜか握手。 スミレ・女性 ……。 スミレ ストーカーやーーー! 女性 違う! スミレ いやーーー! 女性 違うって! スミレ 誰か――――! 女性 ……。 スミレ たーすーけーてー! 女性 スミレ。 スミレ ひょえええーーー! 女性 スミレッ!!! スミレ ハイィィィィ!! 女性、つかつかとスミレの方に歩いていく スミレ いやぁぁぁ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!殺さないでー! しばらく見つめ合ったあと、女性、再び右手を出す。 女性 …久しぶり。 スミレ …え。 女性 まだ、笑顔で良かった。 スミレ ……え。 女性 わからんの?…スミレ 女性 …あ。あっ。あぁ!! 女性 何。 スミレ もしかして…。 女性 え、分かった? スミレ、バッと女性の腰に抱き着く。 女性 え、ちょ、ちょっと。 スミレ ……お母さんッ! 女性 ……え。 スミレ うわぁぁぁぁー!なんで、なんでお母さんしんでしもたん!? 女性 え、あ、いや、あの… スミレ 何でお母さんが死んでしもたんさーー!! 女性 …………! 照明変わりスミレはける。 女性 ……そうや。この日。私…お母さんが既に死んどった事教えられたんや。ずっとお母さんは帰ってくるって信じとったのに。絶対にいつか、家に帰って来ると思ったのに…! 暗転 *2章  私のお母さん * 幼稚園から出てくるスミレを待っているお父さん。カメラをいじって立っている。 うつむきながら、トボトボ歩いてくるスミレ。 お父さん おう!スミレ。 スミレ …… お父さん おい、スミレ。 スミレ …… お父さん こら待ちな、スミレ。 スミレ うわっ。…あ。お父さん。 お父さん あ、お父さん。じゃあないやろ。どうしたんや。 スミレ …… お父さん スミレが笑っとらへんとお父さん泣いてしまうで〜。 スミレ お父さん、泣くん? お父さん そやで。お父さんだけやなくて、お空も、太陽も、お花もみーんな泣くで。 スミレ それは大変やな。 お父さん そうやで!めっちゃ大変なんやぞ!やから、やり直しや。 スミレ え?やり直し? お父さん うん。だってほら、お前いつも笑顔全開で「お父さーん!」って飛び出してくるやろ。 スミレ そーお? お父さん そうやんか。スミレはいつも笑顔!スマイルスミレ! スミレ スマイルスミレ? お父さん そうやで。じゃあ、はい。やり直し。 スミレ うー… お父さん お父さん、泣いてしまうで スミレ うー… お父さん …えーん。 スミレ わぁぁ。大変大変。お父さん泣かんといてさー! お父さん …えーん。うわーん。 スミレ えー!お父さんー!死なんといてー! お父さん え? スミレ ……痛いの痛いの飛んでけー。痛いの痛いの飛んでけー。 お父さん ス、スミレ? スミレ 飛んでけー。飛んでけー。うーん。ほら、スマイルスミレ!(変顔している) お父さん え、ははは。 スミレ あ、お父さん笑った!やったぁ! お父さん スミレも笑ったな。 スミレ うん!スマイルスミレ!(変顔) お父さん ハハハ。うんうん、いい顔。よし。ハイ、チーズ。 お父さん、カメラを構えて、写真とる。 スミレ えへへー。 お父さん よしよし。人はな、笑っとったら大丈夫なんや。スミレも、くじけそうになったら笑ってみな。 スミレ うん! お父さん よし、帰るか。 スミレ やり直しは? お父さん もうええよ。スミレが笑ったから。 スミレ うんっ!スマイルスミレ! スミレの変顔を真似するお父さん。 スミレ なぁ、お父さん。ずっとスマイルスミレやったら、お母さん帰ってくる? お父さん え? スミレ ずっとスミレが笑っとったらお母さんお仕事から帰ってこれるん? お父さん あー…うん…そう…やな。 スミレ ほんとに? お父さん うん…。……何でそんなこといきなりきくんや? スミレ あんな、もうすぐ保育園さん…さん…さん お父さん 参観? スミレ うん。そう!参観あんの。ゆみちゃんも、はるちゃんも、みんなお母さん来るんやって。 お父さん そうか…。 スミレ スミレもな、ねんちょーさんやから、お母さん見に来てほしいん。 お父さん そうか… スミレ お母さん、これる?スミレなお母さんに会いたい。 お父さん そうか…。 スミレ お父さーん。「そうかー」ばっかり言わんといて。 お父さん 大丈夫や。 スミレ え? お父さん スミレがちゃんと笑っとったらお母さん喜ぶで。 スミレ うん。スミレちゃんと笑ってるよ? お父さん じゃあ大丈夫や。お母さんも…お仕事頑張れる。 いつの間にか、ボーっとした様子の女性が立っている。 スミレ うんっ。お母さん、がんばれー! お父さん 頑張れー!……よし、帰ろか。暗くなってきたしな。 スミレ じゃあ、お父さん、競争やで!いちについて、よーいドン! お父さん あ、ちょっと、こら。待ちな。 一回追いかけた父、カメラを忘れた事に気づいて途中で戻ってくる。 お父さん ……ごめんな。 スミレ お父さん、はやくー! 顔を上げて、やさしい顔になる父。 お父さん よぉし!待てー! 2人の笑い声。女性が歩き出すと、2人はスロモに。途中でスミレはける。 女性 それから結局お母さんは来れやんかった。ううん。もう帰ってこれへんだ。それでも幼いスミレは…笑っとったらお母さんは会いに来てくれるって信じていつもニコニコしとった。泣いたらお母さんが悲しむって思って。そこまでして何で私は笑えとったんやろ。それは…。それは。わたしがスミレやったから。 女性はける。 *3章    スミレのsmile * 照明が戻り、お父さんが椅子に座ってカメラをいじっている。 そこにスミレ(9)が小学校から戻る。 スミレ ハロー。マイネームイズスミレー。タダイマー。 お父さん おかえり。 スミレ なぁなぁ!お父さん聞いて。 お父さん はいはい。 スミレ あんな、あんな、あんな。 お父さん うん、うん、うん。 スミレ 聞いてよぉ。 お父さん きいとるよ。 スミレ あのな。 お父さん うん。 スミレ スミレ、今日から外国人なったん。 お父さん はぁ… スミレ スミレハ、キョウカラガイコクジーン!オーイエー。 お父さん スミレは日本人やで? スミレ ノーノー。ガイコクジーン。 お父さん どしたん? スミレ ふふん。スミレな、自分の名前英語で書けんのやで。 お父さん すごいな〜。学校で習ったんか? スミレ そうやで!いくよ、見とってな! お父さん よし、書いてみろ。 スミレ しりもじがいい? お父さん いや、ふつうでええよ。 スミレ 普通のスピードでしりもじ? お父さん いや、ふつうってそういう… スミレ 高速もあるで。これくらい。(頑張って早く書こうとする。) お父さん スミレ。 スミレ あ、低速がいいですか?こーれーくーらーいー?(ゆっくり) お父さん スミレ。 スミレ 今ならスミレちゃんのBGMがつく大チャンスやっとるで〜。 お父さん スミレッ。 スミレ ハイィィィッ。…なんでしょう。 お父さん もう小3なんやからいい加減人のはなしをきくようになれ。(スミレの頭グリグリ) スミレ いたいたいいたい。 お父さん ごめんなさいは? スミレ アイムソーリーヒゲソーリー。 お父さん スミレ。 スミレ はい、ごめんなさい。 お父さん 外国人はそんなこといわへんで。 スミレ 言うもーん。スミレ、外国人やもーん。英語ペラペーラやから。 お父さん ほー。しゃべってみ。 スミレ ハロー。マイネームイズスミレー。アイアムガイコクジーン。……。アイムソーリーベリーマッチョ。……。オーイエー!オッケーオッケー。アイアムペラペーラ。ペラペラペラペーラ… お父さん スミレ。 スミレ …ペラペーラ…。 お父さん もうええで。 スミレ でもっ。英語で自分の名前書けるんは本当やもん。 お父さん ほー。書いてみ。 スミレ、しりもじのポーズ。 お父さん 手で。 スミレ (しぶしぶ)はーい。いっきまーす。まず…エス!ユー!エム!アイ!アール!イー!ス・ミ・レ!ス・ミ・レ!ス・ミ・レ!ス・ミ・レ!ス・ミ・レ!エス!ユー!エム!アイ!アール!イー!スミレ!イエーーイ! お父さん おぉー。すごいな。 スミレ やろ?すごいやろ? お父さん うん。すごいすごい。 スミレ やったー!外国人―!イエーイ!(ハイタッチ) お父さん …でもなぁ。 スミレ え? お父さん でも、お父さん的にはエス・ユー・エム・アイ・エル・イーの方が嬉しかったかな。 スミレ エル?(書いてみる) お父さん うん。エル。 スミレ アールじゃなくって? お父さん うん。エル。 スミレ でも、先生がエスユーエムアイアールイーって教えてくれたで? お父さん うん。それであっとるよ。 スミレ じゃあなんで? お父さん スミレ、何で自分の名前がスミレか知っとるか? スミレ うーーーん。分からん。 お父さん じゃあ…。悲しいときはどうすんのや? スミレ え?悲しいとき?悲しいときでも…スマイルスミレ! お父さん そうそう。スマイルスミレやからや。 スミレ ええっ。どういう事なんさー。 お父さん スマイルはアルファベットで、エスエムアイエルイーって書くんや。 スミレ んー…エス、エム、アイ、エル、イー…。あれ!?なんかスミレと似てる! お父さん そうそう。日本語読みしたら、「スミレ」になるんや。 スミレ そっか!やからスマイルスミレ? お父さん そうそう。お父さんが考えたんやで。スミレの名前。 スミレ そうやったんやぁ…。 お父さん スミレが生まれる三日前、病院にお父さん行く途中でな、道端に綺麗なスミレの花が咲いとったんや。 スミレ うんうん。あの紫の小っちゃい花? お父さん そう。そのスミレの花を見てな、小さくてもこんなにきれいなんやなぁって思ってな。自然と笑顔になっとって。それで、あ、スミレとスマイルって似とるってきづいたんや。 スミレ へぇ!ひらめき、やな! お父さん うん、運命、かな。 スミレ 運命!?すごいな!! お父さん そうやで。やからスミレは小さくてもええから、周りを笑顔にできる、いつも笑っとる存在にならなあかんで? スミレ うん。分かった!スマイルスミレやもんな。 お父さん ああ。それからな。 スミレ うん、なに? と、そのとき玄関のチャイム。 友達 スーミレちゃん!あそぼー! スミレ あっ。今日ユカちゃんとアップル公園で遊ぶ約束しとったんや! お父さん そうなんか?じゃあ、はよいきな。 スミレ うん!いってきまーす! お父さん 5時半には帰って来いよー! スミレ はーい! 慌てて出ていくスミレ。 静かな部屋。 ゆっくりと女性が入ってくる。 お父さん それからな。スミレはお母さんの好きな花やったんや。 間 お父さん その好きな花の笑顔もお前は見れやんかったな―。大きなったよスミレ。まだこんな赤ん坊やったのにな…。そのうち、中学入って、高校もでて、どんどん大人になるんやろな。…いつまで、そばで笑顔を見とれるんやろな。ちゃんと、見守っといてやってくれな。 お父さんを見つめる女性。 「ふぅ」、と溜息をつくと、カメラを手に、部屋を出ていくお父さん。 女性 何で…。教えてくれへんかったん…? 間 女性 私はどんだけ愛されとったんかな。お父さんは、お母さんは…本当にスミレを愛しとったんかな。私はいつから心から笑えやんくなったんやろ。待っても待っても帰ってこやんお母さんは、もういつからか帰ってこやんと決めつけて、それでもやっぱり辛くて、悲しくて…。カメラを持つお父さんからは笑え笑えと言われる。私が笑うのに飽きだしたのは…。 暗転 *4章   say cheese! * 卒業式の服を着たスミレ(12)とカメラを構えたお父さんがいる。スミレ の服の胸元には花のブローチ。手には卒業証書の筒。 お父さん いくぞー。ハイ、チーズ。 ムスッと立ってるスミレ。ピースすらしない。 お父さん …スミレ―…。笑ってくれよ(頭をおさえる) スミレ 卒業式って笑うもんなん? お父さん 卒業できたんやで?おめでたいやんか。 スミレ でも、別れの日やろ。 お父さん スミレは4月から中学校に進学できるんやろ。てことは、始まりの日やんか。ほら、笑って笑って。 スミレ いや。笑いたくない。 お父さん なんでや。そんなに悲しいか。 スミレ だって!また今日もお母さん来れへんだやんか! お父さん う……ん。 スミレ 入学式の時に、中学校は来れるからってお父さん言っとったんやん。 お父さん あれは…まぁ…その… スミレ 私がいくら待っても、わらっとってもお母さん帰ってこやへんやん。私が大きくなってもお母さんはこやへん。私にお母さんっておんの? お父さん おるよ。もちろん…おるよ。ちゃんとおった。 スミレ じゃあなんで会いに来てくれへんのさ!? お父さん 会いにこれやんから!会いにこれやんから…写真を撮るんやろ。 スミレ …… お父さん この、カメラやから、笑ってくれよ。 スミレ え…。 お父さん なぁ、スミレ、英語で写真撮るとき、何て言うか知っとるか? スミレ え…。…ワン、ツー、スリー? お父さん うん。それもあるけど…。「say cheese」ってやつがあるんやで。 スミレ セイチーズ? お父さん そう。「ハイチーズ」と一緒かな。 スミレ なんで、チーズなんかな。 お父さん セイチーズ、つまり、「チーズって言って」ってカメラマンに言われて、撮られる人は「チーズ」って言うんや。チーズって言ったら自然と歯が見えるやろ。 スミレ あぁ。笑顔になんのか。 お父さん その通り。 スミレ ふーん。チーズすごい。 お父さん うん。チーズはすごい。発酵されとるしな。 スミレ それ、関係なくない? お父さん あるさ。発酵しやなチーズにならへんし。じっくり発酵したからチーズであって、色んな味を出せるんや。 スミレ ふーん…。それで笑顔になれんのやったら、やっぱりチーズはすごいんやな。 お父さん そうそう。で、それでさらにチーズの面白いところは、チーズが形容詞になって、「cheesed」って形になると、「うんざりした」「飽き飽きした」って意味になるんや。 スミレ え、そんなに意味変わんの!? お父さん うん。まさにスミレは今、cheesedやな。 スミレ え? お父さん だって、「say cheese」って言われることに、「cheesed」しとるやんか。 スミレ あ、そうか。 お父さん やっぱりチーズはすごいな。 スミレ なぁ、じゃあさ。 お父さん うん? スミレ これから、我が家のカメラルールは、「say cheesed」「cheesed」やな。 お父さん アハハハ。それは、ナイスアイデアや。 スミレ うん。…ほら。 スミレ、卒業証書持ち直して服装なおす。 お父さん え。 スミレ はやく。 お父さん 撮ってもええんか? スミレ そのカメラにとらなあかんのやろ。 お父さん ……。 スミレ よく分からんけど……なんかそのcheeseの話聞いたら笑えそうやし。それに。スマイルスミレやし。 お父さん うん。我が家のカメラルールで、なら笑えるかな。 スミレ うん、大丈夫。 お父さん ……ありがとうな。 スミレ いいんや。お母さんに見せてあげれるやろし。 お父さん えっ。 スミレ スミレが、cheesedで笑っとったら、お母さんは帰ってくるんやろ?そしたら、帰ってきたら、小さい頃からの笑っとるスミレを見せられるやん。それなら私は笑うよ。 お父さん …… スミレ な? お父さん うん…そうやな。うん、そうや。よし、撮るぞ。 スミレ はーい。 お父さん スミレ 卒業おめでとう!……say cheesed!! スミレ cheesed! カメラのシャッター音。 顔を上げたお父さんとスミレ、はにかみ笑顔。 いつの間にか入ってきていた女性、2人を見つける。 女性 あの時は、よかったんやよ。信じられたから。カメラに飽き飽きしとっても、お母さんのためにわらっとったよな、スミレ。 ここから照明が女性だけにあたる。スミレとお父さんはける。 女性 お母さんのために笑ってカメラに笑顔をおさめてとったスミレの毎日は、ただのおお母さんごとで。あのカメラはスミレの感情を撮ってはなくて。スミレと同じように…いや、それ以上にお母さんを待っていたはずのお父さんはカメラに写らなくて。全てが崩れた日は、春の、あの日。道端にスミレの花が咲くようになった。スミレの…私の15歳の誕生日。 暗転 *5章   最後のcheesed * 中学生のスミレ(15)。お父さんはかなり体調悪そう。カメラはテーブルの上に置かれている。 スミレ どういう事…? お父さん 本当にすまないと思っとる。 スミレ なんで今まで言ってくれやんだんさ! お父さん そんな、お母さんがお前が生まれた時に亡くなった、何て娘にいえへんやろ。 スミレ じゃあ…じゃあ私はいくら待っとってもお母さんは帰ってこれやんだんやんか!お父さんは、私がわらっとったら…スマイルスミレやったら、お母さんは帰って来るっていっとったやん! お父さん いや、それはやから… スミレ 私が今まで頑張って笑ってきた意味は!? お父さん 意味とか、そういう事じゃなくて…。 スミレ なんで今まで私をだましとったんさ!悲しいときも、泣きたい時も、イライラしとるときも無理矢理笑って!! お父さん スミレ… スミレ 私は生まれて良かったん!?何でお母さんの事は助けてくれやんかったん!? お父さん ………(頭をおさえる) スミレ やのに私は…大事なことも知らずにヘラヘラ笑って!誰に見せるでもない笑顔の私をカメラにおさめて。私はずっとレンズごしじゃない、素直な笑顔を直接お父さんの目で見てほしかったよ!! お父さん スミ…レ。 スミレ こんなカメラ、いらんだんや!!もう帰ってこれやんお母さんなんかのために写真とったって意味無いやん!私は、笑ったあかんだんや!そんなので今まで笑え笑って…。ありえへん。最低。お父さんなんて… 途中で女性がゆっくり入ってくる。 スミレはカメラに近づき、取り上げる。 お父さん おい、なにするんや! スミレ 私の人生を無意味なものにした。私をずっと親不孝者にした。こんなカメラはもういらん! お父さん やめろ… スミレ お父さんの嘘つき!お母さんのばか!チーズなんて…ただの腐ったもの!皆大嫌いや! スミレ、カメラをふりおろそうとする。 女性 あっ。 スミレ え。 スミレ、ゆっくり振り返り、女性と目が合う。 スミレ え。え?えぇ? 女性 あ、またしゃべれた。 スミレ 誰!? 女性 私?誰やと思う? スミレ え?そんなの…知らんよ。(カメラをさげる) お父さん 君は…もしかして…。 女性 分かる? スミレ え?しっとんの? お父さん 分からんか?スミレ。 スミレ わかるわけない…やん。 女性 ほんとに? スミレ え? 女性 本当にわからへんの? スミレ …。 女性 スミレ。 スミレ ……!え…嘘や…そんな… 女性 分かった? スミレ もしかして…。――――お母さん? 女性 ごめんな。…違う。 スミレ ……やよな。うん、そんな馬鹿げたこと、あるわけない。じゃあ誰なん? お父さん なぁ…いくつになったんや? 女性 26歳。 お父さん 大きく…なったな。というか、今のお前には、久しぶり、で合っとるか 女性 うん。そうやな…。久しぶり。 スミレ なぁ、お父さん、誰なん?この人。 女性 スミレ、久しぶり。 スミレ え。 女性 また会えたな。 スミレ またって…。 女性 それから…久しぶり、お父さん。 お父さんを見つめる女性。しばらくのま。 スミレ え。お父さん!? お父さん お前に会えてよかったわ。26歳の…スミレ。 スミレ え…と。もしかして、なんやけど、信じられやんけど、もしかして…未来の私? お父さん・女性 そうやで。 スミレ …やよな。うん、そんなバカげたこと、あるわけ…えぇ!嘘やろ! 女性 本当やって。 スミレ な、なに…。タイムマシン? 女性 ううん。私もわからんの。なーんにも。分からん。 スミレ うわー…やとしたら、今すごい状況やー。えっと…何て言えばいいの?えーと…初めまして? 女性 私は、久しぶり、やな。 スミレ なんで、急に出てこれたん? 女性 壊してしまいそうやったから。…かな。 スミレ カメラ…? 女性 スミレを。 スミレ え…私? 女性 うん。それから、私も。 スミレ え…あなたも壊れるの? 女性 カメラが壊れて、後悔するのはスミレ。 スミレ そうなん…? 女性 自分に怒りがつのるのはスミレ。 スミレ え!?なんで? 女性 それは…(お父さんをちらりと見る)まだ知らん方がいい。 スミレ なんで!?なぁ、私じゃないの!?スミレじゃないの!?やのに、なんでまた隠し事するんさ!! 女性 もう少し大人になりなよ!自分の事ばっかり考えとらんときなよ!過ぎた時間より、今過ごせる時間を大事にしなよ。 スミレ そんな…私、そんなに変わるの?だって、あんたと私、反対の事を言っとるよ。あんたは私と同じスミレじゃないの? 女性 スミレやよ。同じ。私はあんたやった。それで…あんたは私になってほしくない。 スミレ え? 女性 スミレは、私になるべきじゃない。 スミレ なんで…? 女性 私な、もう笑うのが辛くなったん。本当に自分が分からんくなったん。 スミレ …… 女性 私の記憶の中で、笑えとったんは、ここまで。 スミレ 今日…まで? 女性 うん。心から笑えてたのは。 スミレ でも、私もいつからか心から笑えやんくなってしまったよ!? 女性 本当に?今まで、心から笑ってなかったん? スミレ え…うん!だって… 女性 私が思い出す限りは、心からわらっとったよ、ちゃんと。 スミレ そんな… 女性 ちゃんと、わらっとった。笑わせて、もらえとった。 スミレ そう…なんかな。 女性 うん。私、あんたを見とって、あぁ、わらっとったな、ってうらやましくなったから。 お父さん その…お前が笑えやんくなったんは、やっぱりお父さんがからんどるんやんな? 女性 うん…。そう…やな。 お父さん そうか…すまんな。 女性 やから。お父さんのせいにしやんでええように、私に、笑顔を教えてよ。スミレに…戻して。私をおいて、スミレを持ってかんといて…。 スミレ 何をいっとんの…? お父さん よし。じゃあ、お父さんから、2人のスミレに聞きます。 スミレ 私も? お父さん もちろんや。スミレが、ちゃんとずっとスミレでおるための質問やから。 スミレ ……わかった。 お父さん 2人のスミレに聞きます。 女性・スミレ はい。 お父さん 笑顔は好きですか? 2人、顔を見合わせる。 女性 好き。 スミレ 私も…好き、かな。 お父さん じゃあ、お父さんに愛されていたと思いますか? 女性 今は、思うよ。 スミレ え……。う、うーん…。愛されとった?愛されて…いると思う。うん。大事にしてくれとる。 お父さん じゃあ、最後の質問。お母さんには、愛されていたと思いますか。 女性・スミレ ……。 お父さん 正直に言っていいぞ。 女性 分からん。 スミレ 私も、わからへん。愛されとったなら、嬉しいけど。 お父さん お父さんはな、愛しとったと思うで。 女性 なんで? お父さん このカメラや。 スミレ カメラ? お父さん うん。このカメラはな、お母さんのカメラなんや。 女性・スミレ えっ…… お父さん スミレが生まれたら、すぐにカメラを買おうって言って。一番高いものを買ったんや。 女性 私のために? お父さん そう。このカメラに、いっぱいスミレの笑顔を残していこうって言ってな。 スミレ そうやったんや…。これ、お母さんやったんや…。お母さん、ちゃんと笑顔、見てくれとったんや…。 女性 じゃあ、26歳のスミレから、お父さんに質問。 お父さん おう、なんや? 女性 スミレのスマイルは、お父さんをスマイルにできていましたか? お父さん できとったよ。でも、今は悲しいかな。 女性 なんで? お父さん ずっとお前が、スマイルスミレじゃないなら悲しいにきまっとるやろ。 女性 そっか…。でも、大丈夫。 お父さん ん? 女性 うちには、我が家のカメラルールがあるやろ。 お父さん あぁ…うん、そうやな。 スミレ …なつかしな。 お父さん …よし。それなら、久しぶりにスマイルスミレを見ようかな。 スミレ え。笑顔になれるん? 女性 お父さんとお母さんと向かい合えるなら。それから15歳のスミレと並んだら、笑えるかなって。 スミレ ……。私もスミレになりたい。 女性 うん。なれるよ。…なれる。スミレに。 お父さん よぉし!撮るぞ! スミレ2人、並ぶ。 お父さん、カメラを構える。 お父さん では、スミレさん!……say cheesed!! スミレ、お互いに視線を交わし、ゆっくりカメラに向き直る。 女性・スミレ cheesed!! ゆっくりと照明が変わっていく                                                                  ―幕― 1