第24回近畿高等学校総合文化祭
演劇部門 三重高校演劇部上演脚本
KECHAK !?
作 : P.K & Nakamoo
登場人物
三坂 夏梅 高校3年
三坂 胡桃 中学3年
高梨 ナオ 高校3年
卜部 美智子 高校3年
1場
子供部屋。机は二つ。夏梅の机の側にはブルース・リーのポスター。教科書や参考書を見ながら胡桃が一人で勉強している。扇風機が首を振りながら胡桃に風を送っている。
夏梅 (袖から)暑っーい! ただいまー!
胡桃、無視。夏梅、部屋に入ってくる。胡桃に気付かない。
夏梅 リー様に、礼っ!
夏梅、満足そうにふと後ろを見る。
夏梅 えっ?! なんで居るの!
胡桃 自分の部屋に居ちゃ悪い?
夏梅 悪くないけど……今日も図書館じゃないの?
胡桃 毎週月曜日は休館日。
夏梅 あ、そうだっけ……。
胡桃 うん。
夏梅 全く、こんな暑いのに強制補習なんてふざけてるよ。
胡桃 当たり前じゃん、お姉ちゃん赤点なんだし。
夏梅 いいもんーん。私進学する気ないし。
胡桃 そんなので大丈夫なの?
夏梅 大丈夫だよ、働くから。
胡桃 ……ちょっとくらい勉強しなよ。
夏梅 えーっ、何でよ。超無駄。
胡桃 あのねぇ、夏休みだからって毎日遊んでるんじゃ、それこそ無駄。
夏梅 えー。じゃ、何? うちで勉強してるほうがいいって言うの。
胡桃 うん。
夏梅 胡桃、変。
胡桃 お姉ちゃんの方が変。頭どうなってるの?
夏梅 どうもなってないよ。
胡桃 ……。
夏梅 明日はジャスコに買い物に行ってー、あさってはカラオケかなー。それからその次は……
胡桃 お姉ちゃん。
夏梅 何?
胡桃 私の言ったこと聞いてた?
夏梅 覚えてない。
胡桃 バイトは?
夏梅 今週はオフなんだ。来週から。
胡桃 ……。
胡桃、勉強再開。
胡桃 ちょっと、お姉ちゃん!
夏梅 何?
胡桃 靴下脱ぎ散らかさないでよ。
夏梅 いいじゃん、私の部屋だし。
胡桃 私の部屋でもあるの。夏場は臭いがヤバイんだから……。
夏梅 ヤバイ、ってそんな……。
夏梅、靴下を嗅ぐ。
夏梅 うわっ、ヤバ……。(捨てる)
胡桃 何食べたら、そんな臭いになるの?
夏梅 あんたと同じ物食べてるよ……。
胡桃 ……。
夏梅、扇風機を奪う。
胡桃 ちょっと!
夏梅 いいじゃない、少しは姉に譲りなさいよ。
胡桃 ……。
夏梅 わーれーわーれーはーうーちゅーじー
胡桃 お姉ちゃん!
夏梅 はいはい。お父さんは?
胡桃 お昼食べて会社行ったよ。きょう夜勤だって。
夏梅 そう。あのさ、胡桃。
胡桃 何?
夏梅 今から友達来るんだけど……。
胡桃 はっ?
夏梅 だから、友達が家に来るの。
胡桃 この部屋?
夏梅 うん。
胡桃 何でよ……!
夏梅 仕方ないじゃん。 家にいた胡桃が悪いー。
胡桃 どうして? 私今週の日曜日、塾の模試があるんだよ。
夏梅 模試くらいいいじゃん。
胡桃 模試くらいって何よ!
それで特進クラスに入れるかどうかが決まるんだから!
夏梅 しょうがないよ、図書館が悪いんだし。
胡桃 ……。
夏梅 それにホラ、ここ私の部屋でもあるんだし。
胡桃 そりゃ、そうだけど……。
夏梅 こっち無視してやってりゃいいじゃん。
胡桃 何しに来るのよ?
夏梅 ……暇つぶし?
胡桃 はぁ? 暇つぶし?
夏梅 ひつまぶし?
胡桃 冗談じゃないよ! たかがお姉ちゃんたちの暇つぶしで私の勉強が邪魔されるなんて!
夏梅 たかがって何よー。
胡桃 大体、お姉ちゃんだって勉強しなきゃ駄目なんじゃない?
夏梅 私、大学行かないし。
胡桃 ……。
夏梅 まぁ、胡桃は頑張っていい高校行きなよ。……はーぁ、暑っつい。
胡桃 断ってよ。
夏梅 え?
胡桃 断ってよ! 私勉強したいんだから!
夏梅 えっ、もう無理だよ。すぐそこまで来てると思うし……。
胡桃 それでも!
夏梅 一日くらい、我慢してよ。だいたい、そんな勉強しなくても胡桃だったら、高校受験くらいなんとかなるでしょ……
ピンポーン。
夏梅 あ、来た。
胡桃 ……。
夏梅 はーい。
夏梅退場。胡桃、机に向かう。
2場
ナオ (袖から)お邪魔しまーす。
美智 (同じく)お邪魔します。
3人、雑談をしながら入ってくる。
ナオ あ、扇風機!
かけよるナオ。強風ボタンを押す。
ナオ やっほーぃ。
胡桃と目が合う。ナオ、やめる。
ナオ 胡桃ちゃん、久しぶり。
胡桃 どうも。
美智 妹さん?
夏梅 うん。胡桃。
美智 もしかして邪魔じゃないの、私たち?
夏梅 そんな気にしなくていいよ。受験生だけど……。こっち無視してやってるから。
ナオ あぁ、胡桃ちゃん受験生?
胡桃 はい、一応……。
ナオ どこ受けるの?
胡桃 那川と御浜ですけど。
ナオ えっ、那川と御浜?! 私立と県立のツートップだよね。すごいじゃん!
胡桃 そんな……。
美智 胡桃ちゃん頭いいんだ。
胡桃 いえ……。
美智 勉強、頑張って。
胡桃 はい……。
美智 ところで、これ、ひょっとしてちゃぶ台?
夏梅 うん、ちゃぶ台。
美智 初めて見たよ。渋いね。趣味?
夏梅 それもあるけど。おじいちゃんが使わなくなったから貰ってきた。
美智 そう。
夏梅 うん。それはそうとナオ、首繋がったの?
ナオ んー、一応。昨日直した。
胡桃 ……首?
美智 そうなの。梅がね、取っちゃったの。
胡桃 首を……ですか?
夏梅 うん。こう、ポロっとね。
ナオ 私のうちに遊びに来た時にさぁ。ちょっと痛かったなー。
夏梅 ごめんって。
胡桃 大丈夫……なんですか?
ナオ うん、針と糸でくっつけたからもう平気。
胡桃 ほんとに?
美智 まぁ、人形の首だからね。
胡桃 ……。
夏梅 何、胡桃、ナオの首取れたと思ったの?
胡桃 ……思ってない!
胡桃、机に向かう。
夏梅 思ってたね。
ナオ でさぁ、直したはいいんだけど……。
美智 何? どうなったの?
ナオ、鞄から人形を取り出す。
ナオ これ……。
夏梅 なんか、首が変な方向向いてるねー。
美智 ほんと……。なんか真後ろ向いてる。
ナオ 反対につけちゃってさー。
夏梅 って、これ演劇部に頼まれたやつじゃないの?!
ナオ うん。
美智 ナオ、手芸部だしね。
ナオ しかも副部長―。
夏梅 手芸部副部長がなんで人形の首つけ間違えるのさ?
ナオ テレビ見ながらやってたから。
夏梅 何見てたの?
ナオ ちょっと、ここじゃ言えない。
夏梅 ……。
美智 直せるの?
ナオ うん、何とか。
夏梅 これ、なんか人形劇に使う奴じゃなかったっけ?
ナオ そうだよ。
美智 大丈夫なの?
ナオ 大丈夫。あ、ちなみに、これ台本。
夏梅 えーどれどれ! 見せて!
ナオ、台本渡す。
夏梅 えーと何なに……『鬼のパンT・前編』……パンT?
美智 パンツの間違いじゃないの?
ナオ ううん、パンT。
夏梅 ふーん、あ、皆で読んでみない?
美智 別にいいけど。
ナオ 何か演劇部っぽいねー。
夏梅 胡桃も読んでよ。
胡桃 えっ? 何で私が?
夏梅 いいじゃん! ちょっと昔を思い出してさ。
美智 昔って何。
夏梅 これよ。じゃん! 劇団「ミント・キャンディ♪」の写真。
ナオ あー! 懐かしい!
美智 何、これ、梅と胡桃ちゃん?
胡桃 やめてよ、お姉ちゃん。恥ずかしい!
胡桃、梅から写真を奪おうとする。(胡桃は奪うと写真を伏せる。)
ナオ うん。知らなかった? 梅って小学生のころ劇団入ってたんだよ。
美智 へえ、全然知らなかった。
そういや、演劇部に入りたかったっていう話は聞いたことがあるけど。
ナオ ミチは高校入るまで私らと別だったからね。でも結構、すごかったよ。
梅って主役もやってたんだよ。
美智 すごいじゃん。
夏梅 まあダブルキャストだけどね。
ナオ でも梅の方が断然すごかったね。
美智 そうなんだ。
ナオ うん。梅が6年生で、胡桃ちゃんが3年生。あのときの舞台、私まだ覚えてるよ。
夏梅 ナオ、もうそのくらいでいいって。
それより、やろ、この台本。えーと、ミチはキッドね。
ナオはオニールで、胡桃は姫。私は語り手と……演出効果全般。
ナオ 何それ。
夏梅 まぁ……カミサマ、かな。
全員 ……。
夏梅 はい、準備してー!
夏梅、指示を飛ばす。
夏梅 行くよ、はい!
3場
夏梅 ぱからぱからぱから……ひひーん、ぶるるる……。
ナオ 待てキッド! 姫を返せ!
胡桃 オニール!
美智 来たな。おろかな男よ……。
夏梅 ここで、突然雨が降る……ざー。
ナオ おとなしく姫を置いていけ! そうすれば見逃してやろう……。
だが、抵抗するというなら……!
夏梅 しゃきーん。
胡桃 オニール! やめて、剣を収めて! 私のために争わないでー!
夏梅 姫の口から女なら一度は言ってみたい言葉が出る。
ナオ 何を言うのです、姫! そいつは、姫を誘拐したのですよ!
美智 お前は何もわかっていない。
ナオ 何だと?
胡桃 オニール……私は、自ら望んでキッド様についてきたのです。
夏梅 オニールに衝撃が走る。がびーん。
ナオ 何だって? 姫! どういうことですか?
胡桃 私はこれから、一人の女として生きていきます……。
ナオ 何故? その男のどこが良いというのです?!
胡桃 全てです。……すべては愛……。ごめんなさい、オニール!
美智 そういうことだ。さらばだ、哀れな男よ……。
ナオ 姫……。
胡桃 オニール……。
夏梅 雨の音だけがあたりに響いた。そしてオニールは剣を収めた。
ナオ 姫、最後に一度だけ……一度だけ抱きしめてはいけませんか?
胡桃 えっ?
ナオ あなたがそこまで言うのなら……私には止めることはできません……。
しかし、これで最後だと言うのなら、せめて……せめて一度だけ……!
胡桃 オニール……。
夏梅 近づいて見詰め合う二人。
ナオ 姫……。
胡桃 オニール……
夏梅 雨が二人を激しくうつ。
胡桃 貴方の目は、どうしてそんなに綺麗なのでしょう。
ナオ 貴方のその美しいお姿を、この目に刻みつけるためです……。
夏梅 そのとき突然雷がドーン! 大木がバキバキバキー!
二人を引き裂いたー!
胡桃 ああ、オニール!
美智 フッ、ますます哀れだな……。所詮はここまでの男か……。
ナオ くっ!
胡桃 私は行きます、さようなら、オニール。
ナオ 姫―――!
美智 さらばだ。ハーッハハハ……。
戻る。
美智 ……。
夏梅 ……。
ナオ ……。
胡桃 ……。
美智 なんだろう、この気持ち……。
沈黙。
夏梅 私、ちょっと感動した!
3人 ……。
美智 鬼って、オニールのことかなぁ。
ナオ 多分ね。
胡桃 パンTは?
ナオ それは、『鬼のパンT・後編』を読まないと。
美智 でも胡桃ちゃん、上手だったね。
ナオ さすが、元劇団員。
胡桃 ありがとうございます。
でも私、劇団で最後まで主役できなかったんですよ。
夏梅 胡桃の学年は派手な子がたくさんいたからね。
美智 でも上手だったよね。
ナオ 高校行ったら演劇部入りなよ。
胡桃 考えときます。
夏梅 ね、私はどうだった?
3人 ……。
胡桃、机に向かう。
美智 で、この人形は誰?
ナオ オニールだよ。
夏梅 へー。
美智 でも、顔が反対向いてるから、さっきの話と矛盾してるよね。
夏梅 そうだね。「貴方の目は、どうしてそんなに綺麗なのでしょう」……。
目見えないもんねー。
ナオ ちゃんと直すって。だから持ってきたんだから。
夏梅 ここで直すの?
ナオ うん。さっさとやっちゃいたいからさ。
ソーイングセットを出してはさみを取り出す。切り始める。
夏梅 いたっ!
美智 ……梅は痛くないでしょ。
夏梅 見てると痛々しいじゃん……。
美智 見てなきゃいいじゃん。
夏梅 ううん、見る。ホラー映画と同じ……怖いけど見たいの。
美智 ……。
ナオ えい。
掛け声と共に落ちる頭。
夏梅 ぎゃー!
美智 なんかオニール可哀想だよ。
夏梅 うぅ、可哀想……。
沈黙。夏梅、頭を祭壇(?)に持っていき、鐘を鳴らす。
3人、合掌。ちゃっかり胡桃も合掌。
美智 あんたも手芸部だからって頼まれて大変だね。
ナオ うん、ちょっとね。夏休み前にさ、演劇部の女の子達が凄い顔でガーって来て。 「ナオちゃーん! 今度人形劇するから作ってー!」 って頭さげられてさぁ。
美智 で、引きうけたの? 断ればいいのに。
ナオ そうはいかないよ。
夏梅 (ぽつりと)何か喉かわいたな……。
美智 あ、私も。
ナオ 私もー。
胡桃 私も。
三人、夏梅を見る。
夏梅 ……麦茶でいいね。
ナオ ビールー。
夏梅 ……。
夏梅、部屋を出る。
4場
胡桃、問題集を棚へ戻ス
美智 胡桃ちゃんって勉強家だねぇ。
胡桃 そんなこと……ないですよ。
美智 一日にどれくらい勉強してるの?
胡桃 夏休みに入ってからだと……6時間くらいです。
ナオ えぇ?! 6時間も? 私受験の時なんて3日前に始めただけだよ!
美智 あんた、そんなのでよく合格できたね。
ナオ 当日鉛筆転がして合格した。
美智 まぁ、あんたならできるかもね。
ナオ それで人生の半分は運使っちゃったけどね。
胡桃 運、ですか……。
ナオ うん、そう。
胡桃 ……凄いですね。
ナオ ……まぁね。
美智 ねぇ、あれ……問題集?
胡桃 はい。
美智 見ていい?
胡桃 どうぞ。
美智 ……うわー、これ全部問題集だ。
美智子、本棚から問題集を取り出す。
美智 なんか懐かしい感じ。
『中学三年生受験お助けBOOK・社会。先生と一緒にABC』……。
ナオ 先生と一緒にA・B・Cって……やだー! もぉ!
エぇー・ビぃー・スぃーだって!
胡桃 ……。
ナオ A……熱く! B……薔薇のように! C……えくすたCー!
胡桃 あの……。
美智 えーと、先生と一緒にステップA、日本で最初の総理大臣の名前は?
胡桃 (同時に)伊藤博文。
ナオ (同時に)伊藤ヒロもん!
間
美智 ……ひろもん?
ナオ ヒロもん。
美智 何人?
ナオ 日本人でしょ。江戸時代くらいの。
美智 江戸時代に総理大臣居ないよ。というかヒロもんはないでしょう。
ナオ だって、そう覚えたんだもん。
美智 いや、読めるけど。もん、ってドラえもんじゃないんだから……。
ナオ、中学生からやりなおしだね……。
ナオ なんでよー!
夏梅、もどってくる。
夏梅 お待たせー。
ナオ ねぇ梅! 日本で最初の総理大臣の名前は?
夏梅 伊藤ひろすけ!
沈黙。
ナオ この場合どっちが頭悪いの?
美智 どっちも。
胡桃 ……。
夏梅 え、何の話。
美智 何でもない……もうアンタに期待しない……。
夏梅 えー、何なの?
ナオ 梅、ビール。
夏梅、お茶を振る。
胡桃 お姉ちゃんは、小学生からやりなおしだね……。
夏梅 え? なんか言った?
胡桃 何にも。
夏梅 (ナオに)はい。はい、ミチ。
美智 あ、ありがと。
夏梅 胡桃も。
胡桃 うん。
5場
美智 あ、そういえば……梅、プリント持ってない?
夏梅 プリント? 何の?
美智 ほら、夏休み前に先生が配ってたやつ。
夏梅 ああ、2学期の特別補習の?
美智 そうそれ。うっかり無くしちゃったみたいでさ……。
ちょっと貸してくれない?
夏梅 別にいいよー。私出ないし、あげるよ。
美智 あーよかった。
夏梅、かばんを探し始める。
ナオ ミチ、特別補習受けるんだ。
美智 まぁね。
ナオ ミチだったら補習受けなくたって指定校楽勝でしょ。
美智 そんなことないって。結構ヤバイんだよ。ナオも受けるんでしょ。
ナオ うん。まぁ一応ね。
胡桃 ……。
夏梅 はい、ミチ。
美智 ありがと。コピーするね。
夏梅 いいよ。あげるよ。
胡桃 お姉ちゃん……
夏梅 何?
胡桃 それなに?
夏梅 ……。
ナオ ん? なんか、変な臭い……
夏梅 はい。
ナオに近づける。倒れる。
美智 ナオ?!
胡桃 お姉ちゃん、何ソレ!
夏梅 お弁当。
美智 何でナオ倒れてんの?!
夏梅 嗅いだらわかるよ。
美智 嫌だよ!
胡桃 何でそんなになるまで気づかないの?!
夏梅 だって! 奥底に沈んでて気づかなかったんだよ!
胡桃 だから何で気づかないのー?!
夏梅 忘れてたんだから仕方ないよ!
美智 と、とりあえずおちつこう! (ナオのところへ行き)ナオ? (激しく揺さぶって)ナオ!
ナオ、反応がない。
夏梅 どうしよう……。
美智子、夏梅から離れる。
夏梅 なんで逃げるのよー
二人 来るなァーーっ!
おっかけっこ。
美智 ストーップ! はぁ、はぁ、とりあえず落ち着こう。
夏梅 はぁ、はぁ。
胡桃 そうですね、はぁ、はぁ。
美智 じゃぁ、深呼吸。
全員 臭っ!
夏梅 どうしよう、窓から捨てる?
胡桃 駄目! そんなことしたら(窓の外指差し)そこの人から苦情が来る!
夏梅 ミチ!
美智 なんで私なの?!
胡桃 お、おとなしくしなさい! キミは完全に包囲されている!
夏梅 私犯人?!
胡桃 キミは人一人殺しているんだよ!
美智 うっ、ナオ、いいやつだったのに……。
ナオ まだ死んでないよ!
夏梅 ナオ先輩、私の気持ち受け取って……
ナオ ごめんなさい。
夏梅 ……。じゃぁ……。(弁当の包みを解こうとする)
美智 何で開けるのよ!
夏梅 だって、中身……
美智 ここで開けないでお願いだから。
胡桃 ちなみに何入ってるの……?
夏梅 多分、ドリアン。残した覚えがある。
美智 よりによってドリアン……。
ナオ ドリームア●パンマン?
胡桃 なんで残すのよ!
夏梅 だって臭いじゃんアレ。だいたい、いれるほうがおかしいんだって。
胡桃 仕方ないよ、だってお母さんだもん!
美智 あんたちのお母さんって何者?
全員 ……。
二人 ふふ、ははは。
ナオ ……どうする、コレ。
夏梅 捨てるのが、一番だと思う。
美智 誰が。
全員 ……。
胡桃 大体、こんな物あるのがおかしいよ。
美智 そうだよね。人殺しちゃったもん、これ。
ナオ だから死んでないって。
胡桃 あれですよね、非核三原則。
美智 作らず 持たず 持ちこませず。
ナオ うん。
夏梅 ……私の弁当は核ですか。
胡桃 だって……。
美智 下手すれば、殺れる。
ナオ 死ななくてよかった……。
夏梅 ……。
6場
美智 で、これ誰が捨てるの?
夏梅 私は嫌だよ。
胡桃 お姉ちゃんのでしょ。
夏梅 あぁ持病の癪がぁ!
沈黙。
夏梅 ジャンケン!
全員 ……。
夏梅 出さ者負―けーよ、いんじゃんほい!
ナオ 勝ったー。
美智 私も。
夏梅 ……。
胡桃 ……。
夏梅 いん
胡桃 じゃん
2人 ほい!
あっちむいてほいをする。決着つかず。 ナオ、割り込む。
ナオ ……あぁもう! 私が行く! 私が行けば解決するんでしょ?
ナオ、弁当を掴む。
ナオ 行って参ります。
夏梅 ナオ……。
胡桃 無事に、帰ってきてくださいね……。
夏梅 ……ナオ隊員に敬礼!
3人、敬礼。ナオ、こたえて敬礼。回れ右してナオ退場。
3人 ……。
夏梅 行っちゃった。どこ捨てる気だろ……。
美智 さぁ、どこだろうね?
胡桃 ……。
7場
胡桃、机へ。
夏梅 この後に及んでまだ勉強するか。
美智 ねぇ、梅は特別補習受けないの?
夏梅 え? 当たり前じゃん。そんなの。私は進学する気ないって。
美智 じゃ、もう就職先あるんだ。
夏梅 まだ。
美智 大丈夫なの?
夏梅 うーん、どうだろ。何とかなると思うけど。
美智 今のご時世、そんな甘くないよ。
夏梅 そうなの?
美智 大変だよ、結構。
夏梅 いいよ。大学行くより。
美智 なんでそんなに嫌なのよ。
夏梅 だってさぁ。……ウチ貧乏だから、国公立じゃないと無理だし。それに大学行ってやりたいこともないし。
美智 でも、高校入った頃は、まだ真面目じゃなかったっけ?
夏梅 えー? そうだっけ?
胡桃 そうだよ。
夏梅 胡桃まで……。
胡桃 それが今じゃ、ダラダラの遊び人。
夏梅 そうかもねー。ミチはどこ狙ってるの?
美智 私? すいらん大学行けたら嬉しいかな。
夏梅 ミチなら行けるよ! 私よりずっと勉強してるから。
美智 あんたと比べられてもねぇ。
夏梅 あぁ。
美智 ナオは家政科だって。
夏梅 そっか。ナオ手芸得意だもんね。
美智 うん。
夏梅 しゅげー得意だもんね。
美智 ……うん、けっこう裏で頑張ってるんだよね。ナオのやつ。
夏梅 しゅげーなぁ。
美智 ……それに比べて、胡桃ちゃんは将来有望だよね。
夏梅 まぁ、そうだね、親にも期待されてるし。
美智 なんてったって、那川と御浜だし。
胡桃 そんな……まだ合格したわけじゃ……。
美智 いや、毎日そんだけやってれば受かるって。梅と胡桃ちゃん、正反対だねぇ。
夏梅 すごいでしょ。
美智 誉めてない。
胡桃 ……。
8場
ナオが帰ってくる。
ナオ ただいまー。
夏梅 あ、おかえりー!
美智 無事だったか……。
胡桃 ご苦労様でした。
ナオ 外でたら喉乾いたよー。
胡桃 今、お茶入れ直してきます。
ナオ おーありがとー。
胡桃、コップ類を持って退場。
夏梅 弁当、どうなった?
ナオ 捨てたよ。
美智 どこに?
ナオ それっぽいポリバケツ。
美智 ……。
夏梅 容器ごと?
ナオ そうだけど。
夏梅 ……新しい弁当箱買わなきゃ。
ナオ まぁ、あの臭いは洗っても落ちないって。あきらめな。
夏梅 ……うん。今度買ってくる。
美智 ねぇナオ、それはなに?
ナオ これ?
夏梅 今度は何ぃ?
ナオ じゃーん。小○四年生。
夏梅 なんでそんなもの持ってるの?
ナオ いや、これね、廃品回収で出てたの。気になったから、持ってきた。
美智 ナオ……それ……。
ナオ 大丈夫だよ。紐でしばって、家の前に出てたから。
美智 それわざわざ持ってきたの?
ナオ うん。気になるじゃん。
美智 貧乏性だね……。
夏梅 でも懐かしいよねソレ。
ナオ でしょ?
夏梅 見せて見せて。
3人、見る。
夏梅 何々……。
美智 へー。……内容とか全然違うんだね。
ナオ 時代は変わったねぇ。
美智 南の島特集だって。ハワイ……グァム……バリ島……。
夏梅 バリ島かぁ……。
ナオ あ、ケチャ。
美智 ケチャップ?
ナオ ケ・チャ。バリ島のお祭りだよ。
美智 どれどれ……「バリ島で行われている音楽儀式。裸の男たちが、大人数でたいまつのまわりに座り、十六拍のリズムに合わせて、ケチャケチャと猿の鳴き声で大合唱。夜通し行われるんだ。」……って何で知ってるの?
ナオ 私が小学生のころ、学校ではやってたおまじないなんだよ。
夏梅 そうそう、流行ったよね、あれ。
美智 裸の男が、ケチャケチャするのがおまじない?
夏梅 けっこうすごいらしいんだよね、本場は。
ナオ でも私らのは、ただのおまじないだから。本場と違うのは当たり前。こうやって……
美智 こう?
3人、手を上げる。
3人 ケチャケチャケチャケチャケチャ……。
胡桃、帰ってくる。しばらく固まる。
3人 ケチャケチャケチャ……
ナオ ケチャー!
夏梅 チャッチャ!
胡桃、美智、呆然。
胡桃 何……やってたんです?
夏梅 ケチャ。
胡桃 ……何それ。
ナオ おまじないだよ。願いが叶うっていう。
胡桃 何でそんなことやってたの。
夏梅 これだよ、これ。
胡桃 ……小○4年生……って何でこんなものがウチにあるんですか?
夏梅 ナオが、拾ってきたんだよ。
胡桃 汚くないですか……?
ナオ 大丈夫だよ。廃品回収のだから。
胡桃 はぁ。
夏梅 胡桃もやってみなって。
胡桃 何を。
夏梅 ケチャ。
胡桃 ……。
夏梅 ほらほら、こうやって、手を上にあげて……。
胡桃、何となくやる。
全員 ケチャケチャケチャ……
夏梅 ケチャー!
二人 チャッチャ!
胡桃、唖然。
美智 本当にこんなのあったの?
ナオ あったよ。梅なんて、「総理大臣になれますようにー」とか言ってたんだよ!
夏梅 ナオは「隣のお兄さんと釣堀でデートできますようにー」だったよねー。
美智 あんたたちって、変な小学生だったんだね。
ナオ そんなことないよ。
夏梅 そういや、小学生の時ってバリアー! とかなかった?
ナオ あったあった。ビーム! とかもあったよね。
夏梅 そうそう、バリアー作ってもビームで壊されるんだよね。
美智 まぁ存在しないからね。
夏梅 あとキタキタ踊りとかもよく踊ったよねー。
ナオ みんなで運動場でおどったよねー。
胡桃 キタキタ踊り?
夏梅 そう。……せーの。
二人 ひーらりひらりらひひらひらー。
美智 キモイ。
沈黙
胡桃 でも……その頃って遊んでばっかでしたよね。
ナオ あの頃は私も若かった……。
美智 テストなんて勉強しなくてもできてたし。
夏梅 んまー、ちょっと嫌味じゃありませんこと、奥さん。
ナオ そーですわね、奥さん。
美智 小学校のテストなんて簡単だったよ。
夏梅 そうだけどね。
美智 でも、さすがに今はちょとヤバイけどね。
ナオ まぁ、そうだよね。
美智 梅も、ちょっとは勉強しなよ。
夏梅 だって、やりたくないんだもーん。
美智 お前は小学生か。
夏梅 小学生の心を持った高校生だよ☆
ナオ 見た目は大人、頭脳は子供か……。
胡桃 ……いいなぁ。
夏梅 へ?
胡桃 何でも無いよ。
夏梅 嘘。さっきピーターとか言ってなかった?
胡桃 言ってないよ。
美智 駄目よ、胡桃ちゃん。こんな馬鹿になっちゃ。
胡桃 なるつもりはありませんが……。
夏梅 なによミチ。私だってたまには誉められたい〜。
美智 無理。
夏梅 うー。
ナオ、ソーイングセット見る。
ナオ ……あ。
夏梅 どうしたの?
ナオ ……糸がない。
美智 オニールの?
ナオ どこか近くに売ってない?
夏梅 団地の坂を下りたところにスーパーがあるから、そこなら売ってるかも。
ナオ わかった。ちょっと、買ってくる。
美智 今から行くの?
ナオ うん。いってきまーす。
夏梅 知らない人に付いてっちゃ駄目だよ。
ナオ わかったー。
ナオ退場。
美智 ……忙しいやつ。
夏梅 本当。そういや……この人形って実費?
美智 さぁ……多少は出るんじゃないの?
夏梅 でもさぁ、演劇部って部費少なそうだよね。
美智 そうだね。でも、ナオって凝り性だから。無駄に頑張ってるんだよね。
胡桃 凄いですね。
夏梅 じゃあほとんど実費なのかな、やっぱ。
美智 そうだろうね。まぁ、任されたって言うけど、ナオには何の得もないのによくやるよ。まぁ、そこがナオの良い所だけど。
夏梅 あ、じゃあさ、私の良い所ってどこかな?
美智 ……。
胡桃 ……。
美智の携帯が鳴る。
美智 あ、電話だー。(携帯を見る)
ナオだ。……はい、もしもし、どうしたの? ……もー、このサザエ!
うん……。え?! 本当?! うん、わかった、届けるよ。……鞄の中ね、はいはい。
夏梅 どうしたの?
美智 買い物しようと町まで出かけたら財布を忘れて愉快なナオさんだってさ。
夏梅 サザエさんじゃん。
美智 だから届けに行ってくるよ。
夏梅 珍しく優しいね。
美智 今度ナオが、ヨン様の生写真くれるって。
夏梅 あぁ……。
美智 ついでにプリントもコピーしてくる。
夏梅 うん。
美智 じゃあ、行ってくるね。
胡桃 行ってらっしゃい。
夏梅 変な人についてっちゃ駄目だよ。
美智 ナオと一緒にしないでよ。
美智子、退場。
9場
胡桃、机へ。
夏梅 また勉強?
胡桃 ちょっと静かになったからね。
夏梅 今日くらい休めば良いのに。
胡桃 やれるときにやっておかないと。後でまた五月蝿くなるんだろうし。
夏梅 そんなこと言わないでよ。あんただって結構楽しんでたじゃない。
胡桃 ……まぁ、そうだけどさ。
机に向かう。
夏梅 ……『受験お助けBOOK・社会 先生と一緒にABC』……。
ステップA。日本で最初の総理大臣の名前……。
えーと、伊藤ひろすけ。
胡桃 博文だって。
夏梅 え?
胡桃 総理大臣の名前。
夏梅 ……そうなんだ。
胡桃 常識だよ。
夏梅 次。……なっとー(710)食って……平安京。
鳴くよ(794)うぐいす……平城京。
胡桃 逆。
夏梅 嘘。
胡桃 嘘じゃない。それも常識だと思うよ。
夏梅 ……。
胡桃 静かにしててよね。
夏梅 ……うん。
夏梅、小○4年生を読む。
夏梅 ……バリ島かぁ……。
胡桃 ……。
夏梅 暑いだろうな。
胡桃 ……。
夏梅 バリ島って、ケチャの他にレゴンダンスっていうのがあるんだよ。知ってた?
胡桃 知らない。
夏梅 女の人がすっごい綺麗な衣装着て踊るの。すごくカッコイイんだよ。
胡桃 へー。
夏梅 ……勉強、はかどってるー?
胡桃 さぁ。
夏梅 毎年、何人も倒れるんだって……。
胡桃 ……受験で?
夏梅 いや、ケチャで。
胡桃 ……。
夏梅 夜通しずーっとやってるんだよ。すごいねぇー。
胡桃 よくやってられるよね。
夏梅 自由でいいなー。
胡桃 ……お姉ちゃんは、十分自由でしょ。
夏梅 そう? 普通でしょ。
胡桃 ……お姉ちゃん。
夏梅 ん?
胡桃 勉強できなくて悔しくないの?
夏梅 何?
胡桃 成績悪かったら、悔しくないの?
夏梅 うん。
胡桃 どうして。
夏梅 要らないから。
胡桃 ……。
夏梅 何よ。
胡桃 何かヤダ。
夏梅 は?
胡桃 何でお姉ちゃんそんななの?
夏梅 ……。
胡桃 勉強してるの馬鹿馬鹿しくなってきた。
夏梅 あんたは、出来る子なんだから頑張りなさいよ。
胡桃 なんでお姉ちゃんにそんなこと言われなきゃならないの?!
夏梅 ……。
胡桃 お姉ちゃん、将来どうするの?
夏梅 どうするって、まあ適当に就職して……
胡桃 嘘。
夏梅 ……。
胡桃 就職なんかできるわけないじゃん。大学さえいけないんだし。
夏梅 そりゃ、私立なら受かる所もあるだろうけどさ。
お金の無駄なんだよ。私が行きたい大学なんて無いし。
胡桃 いいよね。お姉ちゃんは。自分のやりたいことだけやっててさ。
あーあ。私もお姉ちゃんみたいに落ちこぼれてラクしたかったなー。
夏梅 胡桃!
胡桃 ……どうして私ばっかり、こんな暑い日に扇風機取られてまで勉強してなきゃいけないの? なんでお姉ちゃんは気楽に遊んでばかりいるのに、私だけ模試の心配しなきゃいけないの?
夏梅 私は受験関係ないけど、でも胡桃は……。
胡桃 もう聞きたくない、勉強なんてしたくない!
夏梅 胡桃。
胡桃 うちが、貧乏だからいけないんだよ。お父さんリストラされるから。
夏梅 あんた、言っていいことと悪いことがあるよ。
胡桃 ううん、うちにお金がないから、お姉ちゃんはさっさと大学諦めて遊んでられるのよ。そうじゃなきゃナオさんやミチさんみたいに、ちゃんと自分の進路を考えているはずでしょ。
夏梅 お父さんがリストラされたのは、お父さんが悪いんじゃないよ。
胡桃 弱いからリストラされるのよ。
夏梅 お父さんを悪く言うのはやめなよ。
胡桃 ……だったらもうちょっと、お姉ちゃんしっかりしてよ。どうしてよ。1年生のころはやる気になって勉強してたのに。なんで諦めたの!?
夏梅 胡桃のわからずや! どうしてわかんないの。勉強するしないだけで人の価値は決まらないの。ひとつの考え方だけで他人を判断するような人間になんてならないでよ。……胡桃はまだわからないかもしれないけど。私の生きる道は大学じゃないの。私だって自分の将来のことは真剣に考えてる。今まで勉強の邪魔してたのは謝る。馬鹿馬鹿しいとか、勉強をやめたいなんて言わないで。
沈黙
胡桃 私、お姉ちゃんにずっとあこがれてたんだよ。 かけっこでも運動は何でも1番で、友達もいつも多くてさ。
夏梅 ……。
胡桃 お姉ちゃんが4年生になって、「ミント・キャンディ♪」に入って踊り習って。私小学1年生だったんだけど、すごく覚えてる。お姉ちゃんの初ステージ。
夏梅 あれ、セリフなんてほとんどなかったじゃん。
胡桃 でも、すごくかっこよかった。
私大きくなったら、絶対お姉ちゃんと一緒に踊るんだって、心に決めてた。
夏梅 胡桃だって、結構よかったよ。セリフ覚えるのも、誰よりも早かったし。
胡桃 そうだったっけ。
夏梅 そうだよ。
胡桃 それから花火大会の夜。
夏梅 花火大会?
胡桃 私が2年生でお姉ちゃんが5年生。
おじいちゃんに連れて行ってもらったやつ。
夏梅 あ、あれ、私が迷子になったやつ?
胡桃 ものすごい人ごみで、いつの間にかお姉ちゃんはぐれちゃって、おじいちゃんあんまり早く歩けないし、私どうしよう、どうしようってばっかり焦って。
夏梅 思えばあのころから迷惑ばっかりかけてたねえ。
胡桃 で、ようやく花火大会の本部見つけて、お姉ちゃんのこと尋ねたら、すっかり花火師のおじさんたちと仲良くなっちゃってて。
夏梅 ああ。面白いガキだってね。
胡桃 あのあと、花火特等席で見れたよね。真下に近い角度から、ドカーンって。
夏梅 ……きれいだった。
胡桃 私、一生忘れない。あの花火。それで、思ったんだ。
お姉ちゃんには絶対かなわないって。
間
胡桃 あのころは楽しかったよね。
夏梅 うん。お父さんの会社も順調だったし、おじいちゃんもおばあちゃんも元気だったし。
胡桃 あのころは、お母さんも今ほど働かなくってよかったから家にいたしね。
夏梅 私が中2の冬だったよね。お父さんがリストラされたの。
胡桃 うん。
夏梅 お父さんも、お母さんも畏まっちゃってさ。私達に「お父さん、会社から辞めてくださいって言われたから、明日から家にいるよ。」って言ったの覚えてる?
胡桃 うん。だって、わたしもう小5だったもん。
夏梅 それまでさ、お父さんって、絶対私達に仕事の愚痴とか、聞かせる人じゃなかったじゃん。それだけに、なんか突然って感じで。
胡桃 そうだよね。
夏梅 ショックだったんだろうね。あれから胃潰瘍になんかなっちゃうし。
胡桃 何か見てられなかったな。
夏梅 そのときお父さん言ったんだ。「お前は心配しなくていい」って。
でもあれから、部活やめて勉強した。お父さんやお母さんにこれ以上負担かけないようにしなきゃって。ちょっとでも安いところへ行って、勉強して、給料のいい所へ行って働かなくちゃって。
胡桃 どうして勉強やめちゃったの?
夏梅 ほら、あの頃さ、戦争が始まったじゃん。イラクで。
胡桃 うん。
夏梅 いろんな偉い人達がテレビで子供みたいなこと言ってた。そのときわかったんだ。勉強だけできても駄目なんだ、偉くなるってことは、人を幸せにすることじゃないだって。だから私は違うやり方で人を幸せにしてみたいって思ったんだ。
間
夏梅 胡桃。
胡桃 何?
夏梅 今からいうこと、絶対に笑わないで、最後まで聞いてくれる?
胡桃 どうしたの、改まっちゃって。
夏梅 いいから、聞いて。
胡桃 うん……。
夏梅 最後まで聞くって、約束して。ゆびきり。
胡桃 ……。
梅、小指を出す。二人、ゆびきりする。
夏梅 実はね……将来、舞踏家になろうと思ってるの。
間
胡桃 ブルース・リー?
夏梅 それは格闘家。私の言ってるのは、踊る人、舞踏家。
胡桃 本当に?
夏梅 (うなづく)
胡桃 お姉ちゃん、正気?
夏梅 いたって正気。
胡桃 日本に何人くらいいるの、舞踏家?
夏梅 さあ。
胡桃 ……お姉ちゃん、いったい何考えてるの? 家が苦しいの分かってるの? お父さんなれない仕事で一生懸命働いてお姉ちゃんの学費払ってるのに。私だって一生懸命…
夏梅 ちょっと、落ち着いて。最後まで聞いてくれるって約束したじゃない。
胡桃 で、続きって。
夏梅 それで……高校卒業したら、踊り習いにバリへ行こうと思ってる。
胡桃 バリ?
夏梅 うん。バリ。
胡桃 なんで……
夏梅 去年の夏は、隠れてアルバイトばっかりしてて。そのとき、ある人と出会ったんだ。
胡桃 どんな人。
夏梅 半年バイトして、残りの半年は沖縄へ行って、民謡と踊りを習ってる女の人。公民館の講座なんかで習えば凄く安くで教えてくれるんだって。沖縄の人はすごく親切だって言ってた。
胡桃 それで。
夏梅 その人から、ちょっとだけ踊り教えてもらってさ。そしたら、劇団に居た頃思い出してさ。こう、すごく忘れてたって言うか、血が沸き立ってくるっていうか、やっぱり自分はこれが好きなんだっていう感じがしたの。
胡桃 それで何でお姉ちゃんはバリなのよ。
夏梅 その後、近くの小さい劇場で、バリのレゴンダンスを見たんだよ。たまたま公演やっててさ。ちょっと覗いてみたんだ。そしたら凄い感動して、私も踊りたい! って思ったの。それからそのレゴンダンスを踊ってた人と知り合って。日本語がすっごく上手い人なの。それで、バリで安くで踊りを教えてもらえる所があるから、どうだって。
胡桃 大丈夫なの、そんなの信用して。
夏梅 おそらく大丈夫。
胡桃 何で?
夏梅 私、良い人見分けるの得意だから。それに万一何かあっても、逃げて帰ってくるって。
胡桃 まあ、お姉ちゃんなら大丈夫かもね。
夏梅 ありがと。
胡桃 でも、ちょっと、踊りを見たくらいで、どうしてそこまで……?
夏梅 私ね、一つだけ言える事があるんだ。
胡桃 何?
夏梅 私は踊っているときが、「生きてる」って感じるんだ.
胡桃 ……お金、かかるんじゃないの?
夏梅 お金は自分で稼ぐよ。胡桃やお父さんお母さんには絶対迷惑はかけない。だから、安心して。
胡桃 どうだか。
夏梅 ……本当に頼りなくて、いい加減な姉でごめんね。
胡桃 勝手だよ。
夏梅 胡桃……。
胡桃 勝手だよ、お姉ちゃん。いつも私の前を歩いて、私を置いてっちゃってさ。
夏梅 ごめんね。
胡桃 靴下脱ぎ散らかして、拾い食いして、ドリアン残して、バカなことばっかりしてるしさ。
夏梅 ……ごめん。
胡桃 でもいっつも前向きで、明るくて……。……私小さい頃からお姉ちゃんが好きだよ。
二人、笑う。
10場
ナオと美智子帰ってくる。袖から。
ナオ ただいまー!
美智 ただいま。
夏梅 おかえりー!
部屋に入ってくる二人。
ナオ いやー、助かったよ。お一人様1パックの卵がふたつ買えて。
美智 そっちかよ。
胡桃 ……。
美智 梅プリント。ありがとう。
夏梅 あ、うん。(受け取る)
美智 あと、これ、胡桃ちゃんに。
夏梅 何?
美智 合格ハチマキ。
夏梅 何それ……。
ナオ 何かね、受験応援フェスティバルだって。
夏梅 どんな祭りだ。
美智 つけてみてよ。
夏梅 ……。
胡桃 はい。
胡桃、ハチマキをつける。
胡桃 どうです?
3人 ……。
美智 うん、似合うね。梅。
夏梅 えっ? ああ、うん、ほら、なんかモデルさんみたいだよ! ねぇ、ナオ?
ナオ え? ああ、うん。よくわからないけど、フェスティバルだよ。
3人 ……。
美智子、時計を見る。
美智 あ、時間だ。
夏梅 どうしたの?
美智 塾あるんだ。
夏梅 あぁ、うん。
美智 帰るよ。
夏梅 ちょっと待った。
美智 え?
夏梅 ケチャしようよ。
美智 はぁ? 急になんで。
夏梅 なんとなく。お願い事して。
美智 はぁ。じゃあ……勉強のやる気がなくなりませんように。
あっ、あとヨン様と写メが撮れますようにー。
3人 ……。
美智 ケチャケチャ……。
全員 ケチャケチャケチャ……。
美智 ケチャ!
3人 チャッチャ!
美智 よし! じゃあ、帰るね。
夏梅 受験生は大変だねぇ。
美智 梅も受験生でしょ。ちょっとは勉強しときなよ。
夏梅 はいはい。
美智 胡桃ちゃん、今日は邪魔してごめんね。
胡桃 いいえ。
美智 それじゃ。
美智子、退場。
夏梅 忙しいねぇ。
ナオ 当たり前だよ。ミチは今燃えてる〜て感じだからさ。推薦狙ってるし。
夏梅 頑張るねぇ。
ナオ 将来はOLかな。
夏梅 どうだろうね。誰も将来のことなんてわからないからねぇ。
胡桃 あの……ケチャって、効くんですか?
ナオ さぁ? 気持ちの問題じゃない。あ、でも人数が多いと効く気がする。昔はくだらないお願いよくやったなぁ。あ、でも今なら、もっと可愛くなれますようにーとか、お腹いっぱい食べられますようにーとか、あと彼氏ができますようにーとか。
夏梅 今もくだらないね……。
ナオ え?
夏梅 叶うといいね。
ナオ うん。
胡桃 じゃあ、私も、いいですか?
ナオ 何?
胡桃 合格祈願。
夏梅 ……。
胡桃 御浜高校……合格しますように。
胡桃、ケチャ。二人もケチャ。
ナオ 御浜にするんだ?
胡桃 まぁ、近いですし。
ナオ そっか、頑張ってね。
胡桃 はい。
ナオ 私も……オニールがちゃんと完成しますようにー。
あと、オニールみたいな彼氏ができますようにー!
ナオから始まり、皆でケチャ。
ナオ ふう。これでいいかな。じゃ、私もそろそろ帰るよ。
夏梅 あ、うん。
ナオ あーあ。これ(人形)、梅の家で仕上げたかったんだけどなぁ。まぁいっか。
胡桃 あの、この人形……演劇部にあげるんですか?
ナオ そうだよ。……あ! 欲しいなら、作ってあげる。
胡桃 え? でも……
ナオ 合格祝いにさ。
胡桃 ……ありがとうございます。
夏梅 ちょっと、これ(小○4年生)どうするの?
ナオ あげるよ。
ナオ それじゃ、バイバイ。
夏梅 バイバイ。
胡桃 さようなら。
出て行く。変な間。ナオが戻ってくる。
ナオ 首忘れた! ……あ、あった! それじゃ!
オニールの首を持って、去るナオ。沈黙。
夏梅 ……片付けよっか。
胡桃 うん。
11場
片付け始める。
夏梅 胡桃、御浜行くんだ。
胡桃 うん。
夏梅 遊べないね。
胡桃 わかってる。……お姉ちゃん。
夏梅 何?
胡桃 私、弁護士になろうと思う。
夏梅 え?
胡桃 無理かな。
夏梅 そんなことないよ。
胡桃 ……。
夏梅 そっかぁ、弁護士かぁ。面白そうだね。
胡桃 お父さんみたいな人をさ、助けられるんじゃないかって。
夏梅 そうだね。うん、胡桃ならできるよ。
胡桃 ところでお姉ちゃん、バリに行くお金はたまったの?
夏梅 ううん、これから。でも何とかなるって。貯金も、ちょっとならあるし。バイト、もう一個くらい増やして頑張るよ。
胡桃 いつ行くの?
夏梅 そうだな……卒業してからかな。来年の春くらい。お金貯まってから。
胡桃 そっか……。バリかぁ。飛行機で何時間かな?
夏梅 知らない。
胡桃 ……落ちないかな?
夏梅 落ちないよ。
胡桃 頑張ってね。
夏梅 わかってるって。あ、私がバリ行ったら、代わりにリー様にお祈り捧げてね。
胡桃 えー。
夏梅 バリに行ってレゴンダンス踊れるようになったら、ちゃんと胡桃に見せるから。
胡桃 ……うん。
夏梅 そうだ。ケチャしよう。
胡桃 また?
夏梅 私はまだやってない。
胡桃 そっか。
夏梅 (小声でお願い事)
胡桃 え? 何て言ったの?
夏梅 ケチャケチャ……。
胡桃 ……。
二人 ケチャケチャケチャ……。
夏梅 ケチャ!
胡桃 チャッチャ。
夏梅 よーし。
母 (外から)ただいまー!
2人 おかえりー。
母 お姉ちゃんー? ちょっと、荷物運ぶの手伝ってー。
夏梅 ……だって、ちょっと行ってくる。
胡桃 あ、私も行く……
夏梅 いいのいいの。胡桃は、勉強したいんでしょ?
胡桃 ……うん。
夏梅、コップを持って出て行く
ひとり、片付け始める胡桃。劇団の写真を見て直す。扇風機を直して再び勉強を始める。
―幕―