三重高校演劇部08年度夏公演上演脚本【Ver.08/08/11】 作:三重野鶯介 ・第53回三重県高等学校演劇大会 南勢伊賀地区大会   松阪コミュニティ文化センター 2008/07/31 ・第53回三重県高等学校演劇大会 三重県大会  鈴鹿市民文化会館       2008/08/24 ・三重高等学校平成20年度文化祭公演 2008/09/13? ・公文式招待公演?  松阪コミュニティ文化センター 2008/09/15? キャスト  水野(男) 会社員     皐月(女) OL      昭仁(男) 高校生      桑田(男) 元会社員     山口(男) 強盗男      映美(女) 強盗女      おじいちゃん 農家      桃子(女) 少女       映美の父  銀行員                                  目覚めたら、死んでた。  ものすごくバカなことを、ものすごく真剣にやってみたかった。  ぼくらは、なんのために、生まれてきたのか。  ぼくらは、なんのために、生きているのか。  そもそも意味など なくていいのだ。       1 ありえやんし。 オープニングテーマ。下手花道に明かりがつき、水野が直立。 水野 眠っているときに、自分が死んでしまう夢を見た。目が覚めた後も寝ぼけていて、自分が死んで幽霊になっていると思い込んでしまった。そんなこと、ありませんか?  いつの間にか、上手花道に皐月が立っている。MECO。 皐月 ……ありえやんし!  水野 話はある夏の日、とあるカップルの些細な喧嘩から始まる。 皐月 些細な? MECI。皐月、水野に携帯を掛ける。水野も携帯を耳に当てる。 皐月 だから、さっきからずーーっと待ってるんですけど! 水野 ごめん、皐月! 課長命令やから仕方なかったんや。 皐月 水野くん、それって仕事なん? 水野 課長に無理やり愛宕町のキャバクラに連れてかれて……。 皐月 そんなん仕事ちゃうやん! しかもそれ、昨日の話やん! 水野 二日酔いでどうしても起きれず……。 皐月 そんなんで今日のこと、忘れとったって分け!? 水野 そんなんって言うなよ! 職場の付き合いかって仕事では大事なことやぞ。 皐月 何よ、私の方が悪いって言うの!? 水野 そんなん言うてないやろ! 話聞けや。 皐月 もーいい知らない、もう電話して来んなっ! MEちょうど終わりと同時に皐月が携帯を切る。花道をはける。緞帳がゆっくりとダークオープンしていく。 水野 ……皐月? ……サツキー! あー……怒らしてしもたー! 今日は……今日は大事な日やったのにー! 水野、「畜生ー」とか言いながら舞台上に走りこんでいく。    2 目覚めたら、死んでた。 SE夏の音(蝉とか?ありきたり?)。あとからゆっくり明かりがついていく。休日、自然に包まれた、のどかな公園のお昼ごろ。缶ビールの空き缶が置いてあるベンチ。水野が居眠りしている。 SE、車の衝突音。(これは水野の夢の中の音である) 水野、目を醒まし。 水野 ……ぐああああああぁぁぁぁーっ!! あーっ! あーっ!  間。自分を見つめる。触って確かめる。 水野 死んだ……! ばたばたと焦って自分の体を触りだす。 水野 ああっ、心臓! 心臓! ……あれ心臓ない!?動いてない? 脈脈脈脈……え、脈どこ? 脈ない?? 脈ないんかー!? あばばばば。 慌て過ぎていて、鼓動などわかろうはずもない。 水野の動きがふと止まる。 水野 え? 俺、なんで動いてる? 間。 水野 ……そっかっ!? 俺、幽霊や。……うわああーーっ、俺死んでしもたー! どうしよー!  間。 携帯電話を取り出す。掛ける。上手花道で皐月が電話に出る。 水野 ……もしもし?  皐月 (不機嫌)水野くん? なんで掛けてくんの? 今日はもう話すことなんて……。 水野 皐月、聞いてくれ! ……俺……俺な……死んだ。 間。皐月、大変不信な表情。 皐月 え? 何、ばかなことを……。 水野 ごめん! 俺、死んでしもた。さっき。 皐月 どういうこと? 水野 バスに乗ってたんや。そしたら、バスの前にいきなり子猫が飛び出してきた。バスの運転手は慌ててハンドルを切った。……子猫は助かった。そやけど、バスはガードレールにぶつかったんや。 皐月 ……で、バスの中で潰されたとか? 水野 いや、バスの事故は大したことなかった。ほとんどの乗員は無事や(俺が守った、というようなさわやかな笑顔)。でも俺は……そのとき食べてたいちご大福がのどに詰まって、死んだ。 皐月 ……えーー!? 水野 若干、いちごが憎い。 皐月 ……(客席を見る、理解不能) 水野 皐月、聞いてくれ。俺は今、こうしてお前に電話してる。どうやら俺は幽霊になったみたいや。でも、いつまでこの世におられるか分からん。 皐月 ……ええっ!? 水野 今、たまたま幽霊になってるから存在できてるけど……いつ消えてしまうか分からん! 皐月 水野くん、今、どこにいるの? 水野 ここか? ここは……(見回す)天国ではないみたいや。でも見覚えがある……。そうや。ここは松阪の森林公園や! なんか、このベンチにも見覚えがある。今度一緒に行こって、一緒にバーベキューしよって約束しとった、森林公園や……。 皐月 水野くん、今森林公園にいるの? わかった、とりあえず私、今から行くから。 皐月、電話を切る。上手花道のあかりが消える。 水野、力が抜けたようにベンチに座り込む。 やがて、自分の体を確かめ始める。幽霊の体とは、どんななのか。    3 まんまんちゃん、あん。 キックボードが、高速で駆け抜けたかと思うと、戻ってくる。 桃子である。 桃子 おっちゃん、何やってんの? 水野 ん? ああ、手や足がちゃんと動くかと思って。 桃子 おっちゃん、怪我でもしたん? 水野 怪我って言うか、死んでしもたんや。おっちゃん幽霊なんや。誰がおっちゃんやねん。 桃子 えっ、おっちゃん幽霊なん!?(きらきらした瞳で) 水野 おっちゃん違うっちゅーねん。 桃子 違うの? 水野 いや、幽霊ではあるけど。おっちゃんちゃうし。 桃子 おっちゃんおっちゃんちゃうの? 水野 おっちゃんおっちゃんとちゃうから。 桃子 へー、大変やね、その年で。 水野 それは幽霊になったってこと? おっちゃんに見えるってこと? どっちや? 桃子 (無視)おっちゃん、幽霊やったら怖ないといかんよ。怖なかったら幽霊っちゃうで。おっちゃん、顔おもろいから怖ないし、幽霊っちゃうわ。 水野 顔おもろないわ、めっちゃ怖いっちゅうねん! 水野、恐怖のポーズ。 桃子 わあ、おっちゃんが壊れたー。 キックボードで走り去っていく。 水野 ……最悪や。なんで子供にいじられなあかんねん。       (少し考えて)でも、子供と遊ぶなんて、最近なかったな……。 ふたたび、キックボードの音。桃子が現れる。その後からじいちゃんが現れる。 水野 また来た。 桃子 じいちゃーん。はよーはよーぅ。 爺 おう。ちょっと待っとってぇな。 桃子 これ、幽霊のおっちゃーん。 水野 これって言うな。……(じいちゃんに)こんにちは。 爺 はいこんにちは。 桃子 このおっちゃん、死んでるんやてー。 爺 まあまあそらー大変でしたなあ。 水野 ええ。びっくりしました。 爺 そのお年で、なんで死なれたんです? 水野 ……事故です。 爺 あー、そら大変でしたなあ。 桃子 じいちゃん、このおっちゃんほんとに幽霊なん? 爺 孫もこう言うてますしー、どうなんですかなあ。 水野 幽霊やと思いますよ。脈ないですし。 水野、腕を出す。おじいちゃん、脈をとる。静かな空気。 おじいちゃん、不可解な顔。水野、真剣。 爺 脈……わかりませんなあ。 水野 ないでしょ? 爺 あー、こら大変でしたなぁ。(手を合わせる) 水野 いや、手ぇ合わさんといて下さい。仏さんみたいやないですか。あ、仏さんか俺。 桃子 じいちゃん何やっとんの? 爺 桃ちゃん、まんまんちゃんやまんまんちゃん。 桃子 ばあちゃんに毎朝してるやつ? 爺 そや。はい、まんまんちゃんあん。 桃子 あんー。 静寂。祈る老人と孫。立つだけの水野。祈りが終わる。 水野 ちょっと、ご先祖さまの気持ちが分かった。 桃子 どんなん? 水野 すごい、微妙。 爺 ほんなら、まあ気い落としなさんと。幽霊になったらなったでまあなんかやらんなんことがありますやろで。 水野 そんなんあるんでしょうか。 爺 まあ私ももうじきそちらに参りますんで。そのときはよろしく。 水野 ええ、よろしく? 爺 ほんならお体に気ぃつけて。 水野 ええ。え? 爺 行こか。桃ちゃん。 桃 あん。 じいちゃん、桃子、去っていく。 桃子 じいちゃん、足あったよ? 爺 そらそういう人もおるやろ。……貞子かって足あったやろ。 桃子 そっかー。 「くるーきっとくるー」とか歌いながらじいちゃんと桃子去る。 水野 あのじいさん孫にリング見せとんのか!? ……っていうか貞子って幽霊やったっけ? 水野の携帯が鳴る。 水野 もしもし、皐月? うん、今のところは。今?(見回す)そやなあ……じゃあ、あっちのバンガローの方に行っとくわ。そこやったら分かりやすいやろ。じゃあバンガローのある方に……。 と、言いながら去っていく。 暗転。       4 バーベキューじゃあるまいし。 あかりがつくと、バンガローの中。男が二人。高校生っぽいのが昭仁。シャツとスーツパンツなのが桑田。中央にバーベキューコンロがある。二人は団扇を持って、炭を扇いでいる。二人の空気は微妙によそよそしい。 昭仁 あの……。 桑田 ん? 昭仁 桑田さん……で良かったですか? 桑田 うん。 昭仁 あの……二人……だけですか? 桑田 そうみたいだね。 昭仁 掲示板では、四人くらい参加するって言ってませんでしたか? 桑田 結局、集まったのは僕と君だけだったね。 間。 桑田 昭仁くん……だったっけ。ちょっと聞いていいかな。 昭仁 はい、なんでしょう? 桑田 これ、備長炭だよね。 昭仁 はい。最高級品だそうです。 桑田 すごくしっかりした炭だよね。なかなか火がつかない。 昭仁 ついたら、安定した高温が出るんですけど。 桑田 やっぱり、練炭でよかったんじゃないかな。練炭の方が、火、つきやすいし。練炭自殺なんだから、練炭の方が。 昭仁 炭としか言ってなかったじゃないですか。だから、折角だからいいものを使おうって。最後ですから。 桑田 おうちって、たしか焼き鳥屋さんだったよね。 昭仁 ええ。うちで使っている炭です。ガスとかあればすぐつくんですけど。 桑田 そういえば、着火剤とかあればよかったね。 昭仁 買ってきましょうか。コメリとかで。 桑田 うーん、いいよ、遠いから。 間。 昭仁 それより、なんでバーベキューコンロなんですか? 桑田 え? 昭仁 練炭自殺って言ったら、七輪じゃないんですか。 桑田 うーん、七輪ってさ、小っちゃいじゃない。 昭仁 はあ。 桑田 こっちの方がさ、大きくていいかなって。 昭仁 そんなもんですか。 桑田 折角だからさ、いいものを使ったほうがさ。最後だから。 昭仁 ……そうですね。 間。 昭仁 じゃあ、この金網はなんですか。 桑田 コンロの箱に一緒に入れてたんだよ。便利じゃない。セットにしとくとさ。バーベキューのとき。 昭仁 バーベキュー、よく行かれるんですか。 桑田 ……最近は、あんまり。 昭仁 そうですか。 間。やがて人がやってくる。水野である。 水野 あれ、空いてる? あ。 桑田、昭仁、驚く。男二人が室内でバーベキューコンロで炭を焚いている。気まずい間。 水野 あぁすんません、使ってましたか……。 桑田 ああ! よくぞいらっしゃいました。どうぞ、おかけください。 桑田、椅子を持ってきて、水野を座らせる。 昭仁 えーっと、どちらさんですか? 桑田 エスカルゴさんですか? それとも、ベルファーム番長さんですか?  水野 ……水野、ですけど。 昭仁 え、ハンドルネームは? 水野 え、ハンドルに名前つけるんですか? 俺、車持ってないです。 桑田 掲示板を見てきた人じゃないんですか? 水野 掲示板? 間。 桑田 あれぇ!? やっちまったか!? 昭仁 やっちまいましたね。 水野 (室内のバーベキューコンロに気づいて)ていうかこんなところで何やってるんです?  桑田 あなたには、関係ないでしょう。 水野 えー!? 間。水野、なんとなく立ち去りがたい。 水野 いや。危ないでしょう、室内でバーベキューなんて。ほら天気もいいんですから、外でやったらどうです? 桑田 いや別に、バーベキューってわけでもないんですが。 水野 えっ? 昭仁 いや、バーベキューです、バーベキュー! あーそうですね、外のほうがいいのかもしれないんですが……ちょっと日光に弱くて。 桑田 吸血鬼か君は。 昭仁 肌が弱いんです。 水野 バーベキューにしちゃまだ何も焼いてないですよね。 昭仁 これから焼きます。 水野 食材あるんですか? 桑田 えーっと……。 昭仁 忘れて来ました。 水野 炭だけホカホカ!? 意味ないやろ! 間。 水野 そうは言ってもさ。こんな閉め切ってあぶないよ。 と、言いつつ窓を開ける。 昭仁 あーっ、窓! 桑田 開けないでくださいよ! 水野 なんで、暑っついやん。ていうか、一酸化炭素中毒とかなりますよ。 桑田 望むところです。 水野 えっ? 昭仁 あっ、いや、まだ準備段階なんです! 桑田 ああ、なるほど。 水野 これ、バーベキューとちゃうやろ。 間。 桑田 ふっふっふ、ばれちゃあしょうがない。 昭仁 桑田さん! 桑田 これはバーベキューなどではない……備長炭愛好会だ! 水野 ……じゃ、外出ろよ。 間。 桑田 やっぱり、キャンプ・ファイヤー! 水野 表出ろ。 間。 桑田 まあほんとは練炭自殺しようとしてたんですけどね。 昭仁 ばらすの早っ!? 水野 何〜ぃ、自殺やと!?       5 生きるのって、辛いよね。 水野、怒りのテンション。ひるむ二人。 水野 命をなあ、そんな粗末にすんな! お前ら、なんでむざむざ命を捨てんねん! しょうもない理由やったら俺が許さんぞ! 桑田 ……そんなの……あなたには理解できませんよ。本当に苦しいことは、当事者たちにしか分からないと思います。 昭仁 あなたに僕らの気持ちが分かるんですか。 水野 ほーう。じゃあお前らは、俺よりはしんどい状況だって言うんやな? 桑田 当たり前です。あなたみたいな幸せ太りしてる人と一緒にしないでください。 水野 体型は関係ないやろ!? 桑田 ふふふ、では俺たちの不幸自慢を受けてみよ。 昭仁 嫌な言い方しないでください。 桑田 まずは昭仁くんから。 昭仁 何っ。 水野 ふつうの高校生やんか。 昭仁 高校生だって色々あるんです。 桑田 へえ。 昭仁 実は僕……いじめられてるんです。 桑田 大変だね。 昭仁 履物に画鋲が入れられていたり。 桑田 靴の中に? 昭仁 いえ、スリッパに。 桑田 丸見えだよね。 昭仁 机の上に花が飾られていたり。 桑田 知ってる。葬式ごっこだ。 昭仁 新装開店って書いてありました。 桑田 どっから持ってきたの。 昭仁 あと、シカトされたり。 桑田 それはキツイよね。 昭仁 僕は必死で和ませようとしたんですけど、誰も何にも言ってくれないんです。 桑田 なにしたの。 昭仁 ○○○○のものまね。 桑田 細かすぎて伝わらないんじゃない。 昭仁 やりましょうか? 桑田 一回やってみて。 昭仁、ものまねする。静かになる。 桑田 無視されるのもうなづけるね。 昭仁 あと、背中に張り紙されたり。 桑田 なんて書いてあったの? 昭仁 根性。 桑田 えらい体育会系だね。 昭仁 東京タワー。 桑田 修学旅行みたいだね。 昭仁 僕とおかんと、ときどきおかん。 桑田 二人? 昭仁 授業中に好きな子の名前言わされたり。 桑田 それもきついなあ。 昭仁 歴史の授業で。源頼朝の妻の名前。 桑田 それって……。 昭仁 (照)北条さんっ。 桑田 なんか答え方おかしいよ。 昭仁 ……。 間。 水野 そんだけ? 桑・昭 ええーーっ! 桑田 大変なことじゃないですか。 昭仁 大変でしたよ。 水野 (面倒くさそうに)えー……なんか大したことないっていうか。そんなんで自殺って。 桑田 ちょっとまってくださいよ。僕の話も聞いてください。 水野 いいけど? 桑田 僕は……会社に裏切られたんです。 昭仁 リストラ、ですか。 桑田 そう。会社からいじめられた果てにね。 昭仁 どういうことですか。 桑田 例えば、同僚が出張で仙台に行きました。でも、僕だけお土産がなかったんです。ずんだもちが。 昭仁 ずんだもち? 桑田 仙台名物です。もちに、枝豆でつくった緑色のあんをかけてあるんです。とても美味しいんですよ!? 昭仁 はあ。 桑田 それから……熱々なんですよ。お茶が。 昭仁 ……えっ? 桑田 僕は猫舌なのに、いつも言ってるのに、でも会議の時には決まって熱々のお茶が出るんです。 昭仁 はあ。 桑田 あとこれは大変でした。会社のお花見のときに、場所取りをしてたんです。前日の夜から、一人でね。で、当日になっても、誰も来なかったんです! 昭仁 それは……ひどいですね。 水野 場所、間違えたんじゃないの? 桑田 あっ。 水・昭 ……。 桑田 それから……ある日、出張先から会社に戻ったら……机がなくなってた。 昭仁 ええっ!? 桑田 椅子もなかった。 昭仁 ……。 桑田 みんないなくなってた。オフィスががらーんってしてた。 昭仁 それって……。 桑田 会社は間違えてないぞ。 昭仁 それって、会社の夜逃げじゃないですか? 桑田 (無言で、泣きそうな顔でうなづく) 水野 それは地味に嫌やなあ。 桑田 そんなこんなで途方に暮れてるんです。職安行っても、なかなか希望に沿う職場がなくって……。生きるのって、辛いよね。いっぺん負けちゃうと。 昭仁 ……ええ。なんのために生まれてきたのか、よくわからないです。 二人、しんみりする。水野はイラッとしている。 水野 何のために生まれてきたんかやと?(立ち上がる)生きてる意味なんて、贅沢言いやがって……お前ら、生きてるだけましやろ! 十分やんか! 俺なんか、俺なんかなぁー! 6 貞子の力を手に入れた。 バンガローの扉が開く。 バンガローに現れたのは、皐月である。 皐月に気づく水野。水野に気づく皐月。状況が読めない桑田、昭仁。 皐月 ……水野くん? 水野 さっ……皐月ー! 皐月 水野くん、大丈夫!? 水野 だいじょっ……大丈夫じゃなーーーい!!(男泣き)また会えたことは嬉しい……でも俺は、もう死んでるんや! 嗚呼! 皐月 水野くん……ほんとに死んでるの? 水野 ああ。その証拠にほら、 床をばんばん殴る。 水野 床を叩いても、手ぇ全然痛ない! 全然痛ない! ちょっと痛いかも! とか思うのも気のせいやきっと! 皐月 水野くん、顔色が悪いわ。 水野 そう、俺はもう、死んでいる……。もう俺には、お前に触れることも、抱きしめることも、あまつさえあんなことやこんなことやその他もろもろのことをすることさえできないんだーーー!!  皐月 嫌ぁー!(泣き崩れる) 水野 なんたる悲劇か! 神のせいか!? 主め! 昭仁 あの……状況がよく分からないんですけど……。 水野 見たら分かるやろ! 昭仁 え、いやぁ……死んでるんですか? 水野 そう、死んでんの! 桑田 動いてるじゃないですか。 水野 そらそや! 俺、幽霊! 桑・昭 幽霊? 水野 そう! さっき、三交バス阿坂線で……インターからちょっと行ったとこのこっち向いて曲がるとこ、あるやろ? 桑田 はいはい。 水野 そっからちょっと入ったとこのガードレールんとこで、バスが交通事故……いや、事故で死んだ! 桑・昭 えーー!? 水野 (自分を指して)幽霊! 桑・昭 幽霊!? 水野 (皐月を指して)生前の彼女! 桑・昭 生前の彼女!? 水野 死に別れ! 桑・昭 死に別れ!? 皐月 (泣)うわーーん! 水野 お前ら、生きてるやろ!? そらいじめは大変かもしれん……でも生きてるやろ? そらリストラは大変かもしれん……でも生きてるやろ!? 生きてるってことは、これから幸せになれる可能性が、まだあるってこととちゃうんか! 俺はな、もう、この世では幸せになれる確率は0%なんじゃ! お前ら、俺より辛いって言えるんか!? 桑・昭 言えません……。 皐月 残された人間だって辛いの! 桑・昭 はい……。 水野 それが、練炭自殺やと!? 命を粗末にしやがって。そんなに死にたけりゃ、その命、くれ! 桑・昭 ぇえ!? 水野 どうやら今の俺には、貞子並の力があるらしい……! 桑・昭 貞子!? 水野 そんなことを誰かが言ってた気がする……。(気のせい) 桑・昭 ひえぇー! 水野 んんー……はぁー! 桑・昭 ひっ! 間。何も起こらない。無音。 炭が、ぱちっとはぜる。 桑・昭 うぉおお! 桑田・昭仁、大びびり。「炭がー」「炭がー」とか言いつつ、あわてふためいて端っこに逃げる。水野はそれ以上何かしようとはしない。 桑田 炭がー! 昭仁 炭が、爆ぜたー! 桑田 触れてもないのにー! 間。 桑田 怖ぁ……。 昭仁 まじや……この人まじもんや! 水野 ふんっ。命を大事にするって言うんなら、このくらいにしといたる。 桑・昭 すっ、すいませんでしたー! 水野 (必要以上に力いっぱい)分かればよしっ!! へたりこむ桑田と昭仁。 逆に、ゆっくりと立ち上がる皐月。 水野 俺にこんな力があるとは……しかし、これからどうしたもんか。 皐月 水野くん……これは、まずいかもしれない。 水野 えっ?  皐月 水野くんは死んだけど、天国に行ったわけじゃない。幽霊になってここに留まってる。 水野 うん……そうみたいやな。 皐月 そして水野くんは、「貞子の力」を手に入れた……! 昭仁 「貞子の力」なんですか? 桑田 さあ。 水野 (ぽかーんとしている)……はァッ!(劇画調) 皐月 水野くん……自縛霊になろうとしてる!? 水野 うわぁぁぁぁあああああ!? 水野、飛び出していく。皐月、桑田、昭仁が残される。気まずい三人。       7 御殿山の仮面夫婦。 ドミノマスクをつけ、かばんをもった男が、中の様子に全く気づかずに入ってくる。 男 いやー、雨振りそうやな……うわあぁっ!?(狼狽) 桑・昭・皐 うわあぁっ!?(狼狽) 男 な、な、なんなんですかあなたたちは!?(がくがくとナイフを抜き放つ) 桑・皐 うわあぁっ!? 昭仁 危ないっ! 皐月 あんたこそ誰よ!? 男 俺!? 俺は、えーっと、ここの清掃員だー! 桑・昭・皐 絶対嘘だー! 男 えぇーー!? 昭仁 変な仮面つけてるし! 桑田 包丁もってるし! 皐月 めちゃキョドってるし! 男 うわーん! お前ら、やったるぞうー!?(がくがくとナイフをいろんな方向に向ける) 桑・皐 うわあぁっ!? 昭仁 危ないっ! 四人ばたばたしている。 ドミノマスクをつけ、かばんと拳銃をもった女が飛び込んでくる。 女 どうした!?(みんなに拳銃を向ける) 桑・昭・皐 ひっ!?(ストップモーション) 男 (テンパって)ひいぃぃー! やめてー! 女 うるさい! 男 (気をつけ)はい! 全員黙っている。間。スーパーフェードで雨の音。 女 どうしてこんなに一般人がいるんだ。今日から三日間、このバンガローは誰も使っていないはずじゃなかったのかオイ! 男 はいすみません。そのはずだったんですケド……。 女 馬鹿野郎! お前、今日の夕飯は抜きだ! 男 そんなぁ!? 昭仁 あの、なんですかあなたがたは。 皐月 その格好、拳銃、包丁……。 桑田 分かった。お前たち、お魚屋さんだな!? 女・男 違うわ! 昭仁 変態ですか? 皐月 ああ。 男 ああじゃねー! 俺たちが変態に見えるってか!? 昭仁 若干。 桑田 ねえ。 皐月 ええ。 女、天井に向けて銃を撃つ。SE銃声。みんなびっくりする(男も)。 女 黙れ! 男・桑・昭・皐 ……はい。 女 (拳銃で脅しながら)あたしたちは、強盗だ。 桑・昭・皐 強盗!? 強盗男 そうだ! 強盗女 さっきも一仕事終えて来たとこなんだよ。早死にしたい奴から騒ぎな。(銃を四人の方へ向ける) 強盗男 (テンパって)ひいぃぃー! やめてー! 強盗女 お前はびびんな! とっととブツを出しな! 強盗男 はい! 強盗女、皆に拳銃を向けたまた適当に椅子に座る。 強盗男、部屋の隅に行く。ごそごそする。服を取り出す。 強盗男 ありました。 強盗女 よし。 強盗女、簡素な服に着替え始める。その間、強盗男は周りにナイフを向けている。女が着替え終われば男と変わる。 皐月 あの……。 強盗男 なんですか? 皐月 なんで、こんなとこに来たんですか? 強盗男 ここに服や生活用品を隠してあったんだ。さっき強盗をしてきたところだから、ここにしばらく潜伏して、ほとぼりが冷めた頃ずらかるのさ。 強盗女 余計なことを言うな! 強盗男 すみません。 強盗女 まあいい。こいつらがここにいたのは誤算だったが、仕方ない。二三日、おとなしくしていてもらおう。 昭仁 ええっ帰してくださいよ。 桑田 僕ら、関係ないじゃないですか。 強盗男 俺らの姿を見られた以上、帰すわけには行かねえな。 皐月 さっきから気になってたんですけど、すごい訛ってますよね。出身何処ですか? 強盗男 御殿山。 強盗女 言うなー! アシがついちゃうだろ。 皐月 嘘だ。御殿山はそんな変な訛りないよ。 強盗男 ほんとやって! 免許証見せよか? 強盗女 見せんな! 強盗男 山室山小学校の校歌歌えるぞ。 強盗女 歌うな! 強盗男、歌う。中途半端。 女・桑・昭・皐 微妙―。 強盗男 微妙って言うなー!       8 銃なんか撃っても当たらんし。 水野が帰ってくる。 水野 ただいまー。 皐月 どこいってたの? 水野 おしっこ。 昭仁 幽霊なのに? 水野 意外やろ? 間。 強盗男 うあぁっ!? 増えたー! 強盗女 落ち着け。 水野 ん? 誰? こいつら。 強盗男 黙れー。お前もあっちの壁のほうに行けー! 水野 その格好、包丁……。分かった、お前ら、お魚屋さんだな? 女・男 違うわ! 水野 じゃ変態? 桑・昭・皐 うん。 女・男 うんって言うなー! 強盗男 俺たちは強盗だ。さっき一仕事してきたところだから、ここに二三日潜伏して、ほとぼりが冷めた頃ずらかるのさ。 強盗女 だから余計なこと言うなー! 水野 さっきからめっちゃ訛ってるけど、出身何処やねん? 桑田 (挙手)飯南。 昭仁 (挙手)嬉野。 皐月 (挙手)小黒田町。 強盗女 お前らに聞いてねえよ。 強盗男 (挙手)御殿山。 強盗女 つられて言うなー! 皐月 だから御殿山の言葉とちゃうって。 強盗男 もっかい山室山小の校歌歌おか? 女・桑・昭・皐 もういい。 水野 で? なんやったっけ? 漫才師? 女・男 強盗だ! 強盗、拳銃と包丁を周りに向けてポージング。 水野 へえ。 強盗男 あれ? びびらない。強盗だぞ!(包丁向ける) 水野 いや、もうなんか刃物怖いとかないし。そんなん通りすぎた。 強盗男 ……とにかく、お前もあっちの壁のほうに行け。 水野 だからどんな訛りやねん。出身何処? 強盗男 御殿山。 強盗女 言うなー! ……とにかく、おとなしくするんだ。 水野 いや。 間。 強盗女 なんだと? この拳銃が目に入らないのか? 水野 水戸黄門やあるまいし。 桑田 入ったら痛いです。 昭・皐 小学生か。 強盗男 ここにおわす方をどなたとこころえる。 水野 ご老公? 強盗男 違う! エミちゃんです。 映美 アホ! 名前言うなー! 水野 そういう君は? 強盗男 山口と言います。 映美 言うなー! 山口 そういうあなたは? 水野 水野と言います。 山口 じゃあ水野さん、あっちの壁のほうへ行っておとなしくしててください。 水野 いや。 間。山口、水野に包丁を向けると同時に、映美は皐月を引き込んで銃口を突きつける。 映美 大人しくいうことを聞かないと、この女の命はないぞ! 水野 何ぃ!? 皐月 水野くん! 私のことはいいから、この人たちをやっつけて! 水野 いや、そうは言ってもやな! 皐月 私は死んでもいいの。そうすれば、水野くんと同じところに行けるわ。 水野 そんなこと、させる分けにはいかない! それに、こいつら馬鹿やけど刃物もってるし。 皐月 大丈夫、水野くん幽霊だから。 水野 あ、そっか。 山口 え、どういうこと? 映美 おい、何を言っているんだ!? 昭仁 ああ、あの人、幽霊なんです。 映・山 ぇえっ!? 桑田 バスの事故で亡くなったんですよね。 水野 うん。 映・山 ぇえぇぇえ!? 映美はめっちゃびびっている。幽霊苦手。 山口 そんな馬鹿な!? うわぁー! 山口、水野に包丁で切りかかる。手元はおぼつかない。水野、怖くもなんともないので、あっさり包丁を奪い取る。パンチ。ヒット。 映美 ゆゆゆゆゆゆ幽霊!? ほんとに? 水野 そっか。そういえば俺には貞子の力が。 映美 ぇえ!? 貞子ぉー!? 桑・昭 くるー。きっとくるー。 映美 ギャー! 山口 エミちゃん大丈夫? 映美 いやー! 幽霊いやー! 貞子いやー! 水野 おい。エミ。皐月を離せ。 映美 そそそそそそんな……。 映美、銃口を水野に向ける。 水野 いや、銃なんか撃っても当たらへんし。俺幽霊やから。 映美 ギャー! 映美、おぼつかない手元で銃を三発ほど撃つ。あたらない。 水野 な? 映美 ひぃー、ごめんなさ〜い! 映美、皐月を解放する。うずくまる。 水野、映美にゆっくり近づく。山口、土下座の用意。 山口 水野さん、すいませんでした! あの、どうかエミちゃんだけは助けてくれませんか? お願いします。(土下座) 水野 いや、そんなこと言われても……お前ら、強盗やろ? 映美 ひぃ〜、呪わないで〜。 山口 僕ら、まだ誰も殺したりはしてないんで……お金とかは返しますから! 水野 とりあえず、その物騒なもん渡せ。 映美 ……はい……(銃を水野に渡す) 水野 さて、お前らなんで強盗なんかしたんや?  山口 それは……。 水野 まあ、座れ。みんなも。 めいめい、椅子に座る。       9 松阪牛ですね。 昭仁 雨、降ってきたみたいですね。 桑田 あ、ほんと。 水野 なんか、喉渇いたな。  昭仁 幽霊なのに?  水野 意外やろ?  山口 僕らの荷物の中にお茶とかあるんで、良かったら。 皐月、荷物を調べる。2リットルのお茶と紙コップ。桑田、昭仁と手分けして、みんなの分を注いで渡す。バーベキューコンロを囲む 水野 それ、強盗してきたお金か。 山口 はい。でも、お金だけじゃないですけど。 昭仁 もの盗りもですか。 山口 はあ。たとえばこれ。 山口、かばんから肉を取り出す。 皐・桑・昭 肉!? 水野 なんで!? 映美 さっき強盗に入ったのが、肉の松むらだったのよ。 桑田 松阪牛ですね。 映・山 ええ。 昭仁 高級牛肉ですね。 映・山 ええ。 映美 かしわの焼肉トリユウに行ったときの、鶏肉もあるけど。 水野 なんで肉ばっか。 山口 肉だけじゃないですよ。焼肉のタレもあります。 皐月 そんなものまで盗ってきたの? 山口 いや、タレはちゃんとお金を払って。 水・皐・桑・昭 なんで!? 山口 ……さっきから気になってたんですけど、なんで室内にバーベキューコンロがあるんですか? 皐月 実は、この二人が練炭自殺をしようとしてて……。 映・山 練炭自殺? 間。 映美 練炭じゃないし。 桑・昭 ええ。 山口 七輪じゃないし。 桑・昭 ええ。 間。 水野 で、お前ら、どうすんのや。まだ強盗続けるんか。 山口 お金は返します。 映美 強盗つづけるのも、無理があるかも……。 山口 エミちゃん、お肉はどうしよう? 映美 一度店の外に出したものだしねぇ……。 間。 水野 そや、お前らがなんで強盗なんかしたんか聞いとったんや。 山口 ああ、そうでした。……実は僕ら、駆け落ちしたんです。 水・皐・桑・昭 えっ!? 皐月 だいたーん。 映美 こいつが、うちのパパにちゃんと挨拶できなかったんです。 山口 実は…… 暗くなっていく。山口、詠美、舞台ツラか花道に出ていく。雨音FO。スポットの中に、緊張した面持ちの山口と映美、そして映美の父。       10 娘さんをください。 山口 お父さん、お話があります。 父 私は君のお父さんではない。 山口 じゃ、お母さん。 父 お母さんに見えんのか!? 山口 こんなおばちゃんも時々いませんか? 父 こんなって言うな! 山口 それでお母さん。 父 お母さんじゃない。 山口 じゃおっさん。 父 ふざけとんのか! 山口 大真面目です! 父 ならちゃんとしろ! 山口 お父さん。 父 私は君のお父さんではない。 映美 あーーもう! 話進まないから! 二人とも、そこはスルーしろ! 父・山 はい。 山口 改めましてお父さん、娘さんを僕にください。 父 断る。 映・山 早っ! 父 君は、山口くんだったかね? 山口 はい。 父 仕事は、何をしてるんだ? 山口 警備員をしています。 父 それは、正社員かね? 山口 いえ、バイトです。 父 娘とは、どうやって知り合ったんだ。 山口 百三銀行学園前支店で警備についていたときに、一生懸命働いている映美さんと出会いました。 父 あれ? お前は銀行で働いていたのか? 映美 ええ。 父 あれ? お前はOLをしていなかったか? 映美 辞めたわ。 父 ほう、いつのまにか銀行員か。 映美 いいえ。 父 じゃ、警備員か。 映美 いいえ。 父 じゃ、なんだ。 映美 銀行強盗。 父 強盗? 映美 強盗。 父 そうか。血は争えんな。 山口 ぇえ!? お父さん、お仕事は何をされてるんですか? 父 主に銀行で働いている。 山口 じゃ、銀行員ですか。 父 それ以上は聞くな。死にたくなければ。 山口 分かりました。 父 山口くん、君はバイトのままやっていくつもりかね? 山口 いいえ、そんなつもりはありません。 父 じゃあ警備会社の正社員になるのか? 山口 いえ、その会社は辞めました。 父 なんだと? 山口 映美さんと一緒に働こうと思います。 父 働くって何の仕事だ。 山口 強盗です。 父 何っ? 映美 私たち、ボニー&クライドになるの。 山口 強盗しながら、日本中を旅していきます。 映美 この仕事を始めるまで、私たちは人生の意味を無くしてたの。 山口 やっと本当にやっていきたいことを見つけたんです。 映美 ねえ、いいでしょう? 山口 僕ら、これしかないんです。 父 ……許さん! 映・山 えっ!? 父 許さん許さん許さーん。銀行強盗など断じて許さん。 山口 なぜですか? 父 まず危ないだろう。 山口 そりゃあまあ。 父 娘を危ないめに合わすつもりか。 山口 娘さんは僕が守ります。 父 黙れ小僧。お前に娘が守れるか。 山口 どっちかって言うと、守ってもらう方ですね。 父・映 頼りな! 父 特技は? 山口 と、言いますと? 父 そんな仕事をするなら、非凡な才能が必要だろう。 映美 私は拳銃と忍び足とピッキングが得意よ。 父 まるで犯罪者だな。 映美 わりと犯罪者よ。 父 親の顔が見たいな。 山口 まったくです。 父 君は何ができるんだ? 山口 トランプタワーを作るのが得意です。 映美 ……手先が器用なのね。 父 でもそれだけでは。 山口 あと、手芸がしゅげー得意です。 父 ……それは冗談のつもりか。 山口 わりと本気です。 父 しゅげーつまらないな。 山口 あと……舌を鼻の先につけられます! 父 やってみろ。 やってみる。 父・映 できてないし! 映美 とにかく、危ないことなら私は大丈夫だから。 父 それはともかく、強盗が増えたら他の強盗の人が困るだろうが。 映・山 それが本音かー! 父 いやいや、それだけじゃなく。 映美 否定しないのね。 父 娘には、幸せになってもらいたいんだ。 間。 父 やはり娘には、ちゃんとした仕事についた、ちゃんとした男と一緒になってほしい。フリーターとか無職の、頼りなさそうな男との結婚を許したくないんだ。娘と結婚したければ、まずはちゃんと就職してくれ。 映美 パパ……。 間。 山口 分かりました。ここは潔く。 父 うむ。 山口 娘さんを僕にください! 父・映 話聞いてた!? 三人を照らす照明が消える。映美・山口が舞台上に戻っていく。       11 生まれてきた意味。 SEジュウジュウ。舞台上に明かりがつく。焼肉をしている。うめえとかむはあとかまじうめえとかやっぱ肉がちがうよ肉がとか。 山口と映美が話し始める。周りの者が皿やら箸やら肉やらをまわす。以後、全員めいめいに食べながら。 山口 その後、ちゃんと就職しようとして……いろんな職を転々としたんですが。結局どれも長続きしませんでした。 映美 それで駆け落ちして……。 山口 やっぱり、強盗して生きていくしかないかなって……。 桑田 気持ちは分からなくはないですが……。でも、強盗はダメでしょう。他人に迷惑かけちゃ。 皐月 迷惑かけないようになら、自殺してもいいってことにはならないわよ。 水野 めっちゃうまいこの肉!(誰も疑問の余地なし) 間。むしろSE焼き音。 水野 ほらほら。お前らも遠慮しないで食え。松阪牛。 映・山 はい……。 桑田 ほんと、美味しいですよね。松阪牛。 昭仁 こんなに美味しいの食べたの、初めてです。松阪牛。 皐月 さすが肉の松むらよね。さすが松阪牛。 映美 うまい……。 山口 美味しいね……。 水野 うまいやろ。 映・山 はい。 水野 そういう幸せでは、あかんか? 映・山 ……? 水野 美味しいもの食べて、色んな人と話して、汗流して働いて、ちょっとの幸せ。そうやって生きていくってのは、あかんか。 山口 でも……僕らには、本当にやりたいことがあるんです! 映美 こんな時代だから、社会を痛快に斬って行く泥棒カップルがいてもいいと思うんです。ルパン三世や、キャッツ・アイだって。 桑田 例えが微妙に古いです。 皐月 こら。 桑田 すみません。 水野 なあ、本当にやりたいことって、本当に必要なんか? 映・山 えっ? 昭仁 必要です。本当に苦しいことがあったとき、心が折れそうになったとき、本当にやりたいことがあれば、きっと耐えられます! でも、僕にはそれが、ないんです。 水野 分かった。君、卒業後の進路は? 昭仁 ……まだ、決めてないです。 水野 やっぱりな。進路を決めるとき、「本当にやりたいことを探せ」って先生とかは言うけど、そんなもん分からんよな。 昭仁 水野さんもですか? 水野 大学は理系にしたけど、仕事は結局営業職。やりたいこととか、そんなんどんどん変わったで。だから今、そんなに思い悩まんとええんちゃうかな。 昭仁 ……でも、苦しいです。 水野 うん、楽な道はないな。でもそれが自然やと思う。 桑田 就職はもっと大変ですよ。特に僕みたいな再就職組は。 水野 そやろな。でもな、いい条件の仕事とか、ただ探し回っていれば天から降ってくるもんと違う。今できることを、精一杯やってみたらどうやろ。 皐月 なんか人生相談室みたいになってきたね。 水野 俺の人生、もう終わってるのにな。(ずーん) 桑田 あ、元気出して下さいよ。 水野 死人に元気て何や(笑) ……死んでからさ、色々考えて見た。なんで俺は幽霊になったんやろ。幽霊ってさ、この世に未練とか恨みがあるもんやろ? 俺、誰かを恨んだりとかはないけど……やりたかったものなら、沢山あったと思う。色々あったと思うけど、ほとんど忘れた。なんでやろな。結局、本当にやりたかったこと……いっこだけや。それを叶えたら、俺は消えてしまうんやと思う。(自然に皐月を見つめる) 皐月 水野くん……。 水野 ……なぁ、俺が死んで考えたこと、聞いておいてくれ。覚えてて欲しいんや。 自殺組の君らは、生まれてきた意味がなくてしんどいって言うた。強盗の二人は、やりたいことが決まってるからそれしかないって思ってる。でも、突然事故で死んでしもたらな、必要な意味とか、使命とか、そんなんなかったんさ。そんなんってさ……なんか誰かに言われて、決めとかなあかんって言われてただけなんちゃうかって。 投げたらあかん。自暴自棄になって、やけ起こしたらあかん。人間は、どうしても今の幸せに気づかんと、もっと幸せになりたい、もっと幸せになりたいって探しつづけてしまう。でもな、生きてるってだけで、めっちゃ幸せなんと違うか。幸せなことに気づいてないだけと違うか。 人間は、しんどいことがあると、つい投げたくなる。言い訳がしたくなる。自分じゃない何かのせいにしたら、自分は悪くないと思って生きて行ける。実は、今朝までの俺がそうやったんや。 でもそんな言い訳とか、今はみーんなどうでもいい。自分がなんのために生まれてきて、死んだんでもいい。これだけは言わせてくれ。 皐月……ごめん(頭を下げる)。しょうもないことで喧嘩なんてしてしもて。おまけに死んでしもた。 皐月 うん。でも、ずっと約束してた、この森林公園でのバーベキューができたから。私、うれしいの。 水野 実は……今日、遅刻せずに、喧嘩せずに、事故にもあわずに、バーベキューデートができたなら……これを渡そうと思ってたんや。 水野、指輪を取り出す。 水野 結婚してほしかった。(指輪を渡す) 皐月 (泣きだす) 間。みんなもらい泣く? 窓から光の筋が射してくる。 山口 あ……。 映美 雨……止んだんだ……。 水野、おもむろに立ち上がる。 水野 これは……天国への階段か……。 皐月 えっ!? 水野 どうやら、お別れのときが来たみたいや。一番したかったこと。皐月とバーベキューして、指輪を渡すことができた。 皐月 水野くん、行っちゃうの……? 水野 うん。しかたない。 昭仁 水野さん、あちらに行っても、お元気で。 水野 ああ。頑張れよ。高校生なんて、人生まだまだこれからや。 桑田 水野さん、僕、焼肉屋やろうと思います。 水野 ああ。君の焼き加減、最高だったよ。 映美 水野さん、私たち、まずは自主してしっかり罪をつぐないます。 水野 ああ。刑務所なんて、人生の長さに比べたら、あっという間や。 山口 水野さん、僕、出所したら、ちゃんとお父さんに許してもらって、結婚します! 水野 ああ。もうお父さんをお母さんって呼んだらあかんで。 皐月 水野くん……。 皆が見守る。光の射す方を見上げる水野。気持ちの整理がつく。 水野 生まれてきたことに意味なんてあるんか。多分、意味なんてないんと違うかな。ただ、死んでしまったときに、ああ、生きてて良かったな。生まれてきた意味があったな。そう思えるかどうかは分からんけど……。少なくとも、そう思えるような生き方をしようとすることが、生まれてきた意味なん違うかな。それが、幸せってのと違うかな。……じゃ……さらば! 水野、椅子を踏み台にして、飛び上がる。高く高く飛び上がる。 落ちる。 水野 痛っ。 間。 水野 あれ……? 俺、痛い……。痛みを感じる……。 間。 昭仁 水野さん……。ひょっとして、生き返ったんじゃないですか!? 水・皐・桑・映・荘 えっ。 桑田 そうか! 僕や、みんなを、水野さんが救ってくれたから! 山口 神様が、生き返らせてくれたんですね! 間。 水野 ……俺……俺! ……生き返ったんか!? 皐月 水野くん! 皐月、水野に抱きつく。皆、喜びの拍手とか。MEエンディング風テーマ。緞帳下がり始める。前明かりFOしはじめる。 皐月 ちょっと……ちょっと待って!? MECO。緞帳ストップ。 皐月 あのさ、冷静に考えてみて、ひとつだけ、質問したいことあるんやけど……。 舞台上照明FO。花道に明かり。おじいちゃんと桃子が現れる。 桃子 おじいちゃん、あのおっちゃん、本当に幽霊だったのかな。 爺 桃ちゃん……そんなわけないやろ? 桃子 そっかあ。 エンディングファンファーレ。 おじいちゃん、桃子はける。照明消える。緞帳落ちる。 《幕》 - 5 -