2024年度 第6回南勢演劇祭 上演脚本
2025年1月12日(日)上演(10月24日第1稿)
場所:皇學館中学セミナーホール
三重高校演劇部 作
上演団体 三重高校演劇部
Answer
登場人物
ツキヒ 少女(女子高生)
バリー (声のみ)
♯1 ツキヒ クイズ会場に放り込まれる
明かりがつくと、5つの「箱」に取り囲まれた舞台に、少女(ツキヒ)が一人眠っている。
服装は女子高生が家で着るような普段の服。
舞台の中央正面の箱の上には、白く四角い箱が一つ載っており、そこには人の「顔」のようなに見えるものが描かれている。
「バリー」の声は、この箱から聞こえる。
ツキヒ、静かに目を覚ます。
ツキヒ ここは…
あたりを見回す。
正面の「顔」に気づき、びっくりする。
ツキヒ いったい、ここはどこ?
ツキヒ、箱の周りをうろうろして、手で触ってみるが、そこには壁があり、密室に閉じ込められたことが分かる。
「顔」の方へ向かい、手を出そうとしたとき
バリー 触るな。
ツキヒ !
バリー それ以上私に近づくと、痛い目にあうぞ。
ツキヒ あなたはいったい?
バリー …
ツキヒ あなたは、何なの?ここはどこなの?
バリー そんなことも分からないのか?
ツキヒ 分かるわけないよ?私は自分の部屋にいたはず。それがどうしてこんなところにいるの?
バリー あわてるな。とりあえず、自己紹介するとしようか。私は、「絶対者」によって指名されたエージェント、つまり「代理人」。まあ「神」とでも呼んでもらおうか?(すんげー調子に乗って)
ツキヒ 何が「神」よ。あんたなんかただの「紙」の段ボールでしょ。
バリー なっ!
ツキヒ、「顔」に触ろうとするが、電撃が走る。
ツキヒ い、痛!?
バリー 愚かなやつだ。触るなと言ったのに。「神」に触れようとしたらどうなるか、思い知ったか。(調子に乗って)
ツキヒ …どういうこと?
バリー 「神」に対して、「紙」とうまいこと言ったからだ。
ツキヒ …
バリー (鼻で笑う)まあ「神」って言うのはちょっと言いすぎかな。だから、「バリー君」って呼んでもらおう?
ツキヒ バリー君?
バリー バリー様でもいいぞ。
ツキヒ バリーって、どっかのブランドかなんかのパクリじゃないの?
バリー 失礼な奴だ。ちゃんと由来がある。ところで君の年齢は?
ツキヒ …16歳だけど。
バリー すると君は2008年生まれ。ところで君が37歳になった時、つまり2045年、何が起こるか知っているか?
ツキヒ 2045年?
バリー 2045年にはAI、Artificial Interlligenceつまり人工知能が発達し、全人類を全て合わせた知性を超えると言われている。
ツキヒ それがどうしてあなたと関係あるの?
バリー それにVR、つまりバーチャルリアリティーも急速に進んで、自宅にいるままに世界旅行を体験したり、自分自身がスターになったり、あらゆる体験ができると言われている。
ツキヒ で。
バリー だからそのVRとAIを組み合わせて、V・A・R・I、「バリー君」と言うわけだ。
ツキヒ 割とつまんななW。
バリー 君はそうやって「つまんない」の一言で済ませてしまうのか?ステレオタイプのお馬鹿な女子高生だな。
ツキヒ お馬鹿って何だよ。いきなり人を馬鹿にして。
バリー プライドだけは一人前だな。じゃあ君は面白くって、人に自慢できるような自己紹介ができるのか?
ツキヒ …それは…
バリー 人に紹介できるようなものが何もないのに、他人の話は「つまんない」で済ませる。それは君は自分がその程度の人間だって言っているのと同じだ。
ツキヒ 初対面の人に、それ、失礼すぎない?。
バリー (鼻で笑う)初対面…ね。まあいい、とりあえず君はこの世界に閉じ込められたんだ。絶対者に逆らった「おしおき」として。
ツキヒ 「おしおき」?
バリー そう。
ツキヒ (右足の輪を指差して)これも?
バリー そうだな。
ツキヒ 私がいったい何をしたって言うの!
バリー (あきれて)そんなことも思い出せないのか?この場所に突き落とされたことによる記憶の混乱かもしれんな。
ツキヒ あなたは知ってるの?
バリー そんなことを他人に聞くのかい?
ツキヒ 他人って…だって身に覚えがないから。
バリー まずは自分に聞いてみてはどうだ?
ツキヒ 自分にって…(少し考え込む)ひょっとして、あのこと?(オタクの祭典で薄い本買うのに、ブタの貯金箱を割ったけど1円玉しか入れていなかったことに割った後に気づき、38円しか入ってなくって後悔したこと?、それとも世界史の授業中に書いてたマハトマガンジーの似顔絵があまりに似すぎていたんで、友達が笑って授業中に先生に見つかっちゃったこと?など、しょうもないこと2つくらい)
バリー 違う。それじゃない!それに何だよ、薄い本って?
ツキヒ やっぱ分からないよ。「おしおきって」
バリー もういい。とにかく君がここから出る方法はただ一つ。
ツキヒ 何?
バリー それは、この場所と関係している。
ツキヒ (周りを見渡し)この場所って…?
バリー そう、ここはクイズ大会の会場だ。
♯2 ツキヒ クイズに参加する
ツキヒ クイズ大会?
バリー そう。野球であと1点取りたいときバントするやつじゃないぞ?
ツキヒ それはスクイズ、突っ込んでほしいわけ?
バリー アニメのスクールデイズとも違うぞ。
ツキヒ あんた一度やっぱり殴ってほしい?
バリー また痛い目に遭いたいのか?
ツキヒ いや、もう結構。で、クイズ大会って何?
バリー 今から私がクイズを3つ出す。そのうち2つに正解できれば、君はここから抜け出し、元の場所に戻ることができる。
ツキヒ もし、答えられなかったら?
バリー 答えられなかったら、ここで3年間私の言うことにしたがってもらう。
ツキヒ 3年間!?
バリー そう。
ツキヒ ここで?
バリー そう。「卒業」までね。
ツキヒ 「卒業」?
バリー そう。
ツキヒ 冗談でしょ?こんな牢獄みたいなところに閉じ込められて3年間過ごすなんて。
バリー しかもダジャレを聴きながらな。
ツキヒ よけい冗談じゃない。
バリー けど君たちは学校と言う、牢獄と変わらない場所で何年間も過ごしているのではないか?
ツキヒ 学校は牢獄じゃないわ。
バリー いや、似ている。
ツキヒ どこが。
バリー 誰かが決めたクラスに入れられ、誰かが決めたことを、決められた順番に勉強しているところだ。
ツキヒ それはそうだけど。
バリー 牢獄だって、誰かが決めた部屋に入れられ、誰かが決めたたことを、決められ た順番にやっている。学校と同じだ。
ツキヒ …そんなこと考えたことなかった。
バリー じゃあ違いは?
ツキヒ え?
バリー 学校と牢獄の違い。
ツキヒ …
バリー どうした?そんなことも分からないのか?
ツキヒ …牢獄は無理やり行かされるところ。学校は、自分の意志で行くところ。
バリー (とりあえず答えたことに満足そうに)本当にみんな自分の意志で行っているのか?
ツキヒ 当たり前でしょ。
バリー だとしたら、どうして登校を拒否する人がいるんだ?
ツキヒ そりゃ、学校に合わない人だっているわよ。
バリー じゃあ、君は自分の意志で行っているのか?
ツキヒ そりゃそうよ。
バリー 学校に行かないと、卒業できなくて、就職や進学ができない。将来生活に困るから仕方なく行ってるんじゃないのか?
ツキヒ まあ、確かにそれもある…
バリー つまりは社会の中で転落していく恐怖によって仕方なく行っている。
ツキヒ …そんな言い方しなくても…まあそうかもしれない。けど、学校に行けば友達だっているし。
バリー 友達ってなんだ?ただ、学校と言う牢獄で一人っきりにならないために、仕方なく話を合わせている人、ってだけじゃないのか?
ツキヒ そりゃ、そう言えるかもしれない、けどそれだけじゃない。
バリー 友情とかいうものか?
ツキヒ そうよ。
バリー じゃあ、君はその友達と本当に心がつながってるのか?
ツキヒ え?え、まあ。
バリー その証拠は?
ツキヒ え?
バリー 心がつながっている証拠はあるのか?
ツキヒ そんなのないけど…教室で一緒にいて、話をする子たちのことを友達って呼んじゃいけないの?
バリー それはただの言葉の定義の問題かもしれん。でも一緒に教室にいて話をするだけの友だちのために君は学校へ行くんだな。
ツキヒ 「だけ」…?ああ言えばこういう、ほんとあんた嫌味なヒトね。
バリー ヒトとして認めてくれてありがとう。でも、私との会話も君自身が望んだんだろ?
ツキヒ そんなわけないじゃない。あなたとここで初めて会ったんだし。(少し自信ない)
バリー ふーん。
ツキヒ …私達何の話してたんだっけ。そう、クイズの話。
バリー 思い出したか。
ツキヒ とにかく、私はそのクイズに2問正解すればいいの?
バリー そう。今、君には二つの道しかない。一つ、クイズに答えてここを脱出する。もう一つはクイズに答えられない、もしくは答えないで、ここで「卒業」まで過ごす。
ツキヒ つまり私は「クイズに答える」ことしか選べないってわけね。
バリー まあ、そう言うことになるかな。
ツキヒ クイズに答えたら、本当に元の世界に戻れるんでしょうね。
バリー それは分からない。
ツキヒ 分からないってどういうこと?
バリー こういう状況になったのは、もともと「君のせい」だからなぁ…
ツキヒ だからそれ、分かんないって。私が何をしたっていうのよ。
バリー それを思い出すのも君の仕事だ。
ツキヒ 思い出せないから聞いてるんじゃない。
バリー 思い出したいけど、思い出せない…「君の名は。」ってやつかい?
ツキヒ ふざけないで!
バリー で、クイズに答えるのか、答えないのか?
ツキヒ 答えるわよ。ええ、答えてやるわ。3問中2問正解すればいいんでしょ。やってやるわよ。
バリー ふふふ。そうこなくっちゃな。
♯3 第1問 高校生は大人か?
バリー それでは第1問(効果音 ちゃちゃ)「高校生は、大人でしょうか、子どもでしょうか?」
ツキヒ …え、それが問題?
バリー 何か?
ツキヒ クイズって、「自由の女神が持っているたいまつは右手でしょうか、左手でしょうか?」とかそういうんじゃないの?
バリー そんなgoogleで検索すれば分かるような知識クイズは、今では何の意味も持たない。
ツキヒ じゃあ正解がないクイズの答えをあっているかいないか、どうして分かるのよ?
バリー 「絶対者」が判断する。
ツキヒ 「絶対者」?
バリー そう。
ツキヒ 「絶対者」っていったい誰よ。
バリー それを考えるのも君の仕事だ。
ツキヒ …必ずそこに逃げるんだ。
バリー クイズに答えるって言ったのは君だ。君は自分が言ったことに責任が持てないのか?
ツキヒ 分かったよ。答えればいいんでしょ。
バリー シンキングタイムは30秒だ。用意スタート。
時計の針の音がする。チ・チ・チ・チ
ツキヒ 私は今高校生だけどどうなんだろう?電車料金だって、遊園地の入場料だって、大人だったりそうでなかったりする。微妙なとこだよね。これ○か×かで答えなければいけないのかな。でもあいつに聞いたら「それも君の仕事だ」って言いそう。どうしよう、時間がない!
バリー (本当に30秒で)終了!さあ、お答えください。
ツキヒ ええと、高校生は大人!
バリー 理由は?
ツキヒ 電車に乗るときは大人料金だし、体も大きいし、考え方は子どもよりは大人に近いし。
バリー 正解は?
間
効果音 ブブー
ツキヒ え?
バリー ザンネン、不正解だ!
ツキヒ え、どうして?
バリー 判断したのは「絶対者」だ。
ツキヒ 判断の理由は?
バリー 知らない。
ツキヒ その人に会えないの?
バリー 会うことはできない。
ツキヒ テキトーなこと言ってないで、その「絶対者」を出しなさいよ。
バリー 無理なものは無理だ。
ツキヒ っていうか「絶対者」って何よ?
バリー 「絶対者」は「絶対的な権力を持つ者」そして「判断をする者」だ。
ツキヒ 判断?すべてその人の判断次第なの?そんなのずるい。
バリー ずるいって、じゃあ君はずるくないのか?
ツキヒ え?
バリー 世の中を見れば誰かが嘘をついた、真実を捻じ曲げたというニュースがあふれている。ずるいってことが利己的だということなら、世の中の人のほとんどは利己的なんじゃないか?君を含め。
ツキヒ それとこれとは話が別でしょ。
バリー どうして別だって言える?
ツキヒ 私が正解って言ったら正解なのよ。
バリー 何だお前、それジャイアンか?
ツキヒ・バリー 「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの」
ツキヒ、バリーと少し心が通い、ニヤッとする。
ツキヒ 「高校生は大人か」という質問に対して、私は自分の頭で考えた。そして出した結論だから、私にとっては正解でしょ。それを不正解って言うのなら、その理由を説明してよ。理由を説明してくれなきゃ、納得できないわ。
バリー …
ツキヒ あなたは知識だけの問題に答えることには意味がないって言ってた。それなら知識だけじゃ解けない問題に対して、どうして間違っていると言えるの。
バリー それは…
ツキヒ 「絶対者」が判断したから?冗談じゃない。あなたこそ「絶対者」の言うことにしたがって、自分の頭で考えることのできない人じゃない?
バリー …なかなか言ってくれるじゃないか。でも私は「代理人」。「絶対者」の代理が私の役目だ。
ツキヒ だから、その絶対者を出しなさいよ!
バリー ふふふ。
ツキヒ 何がおかしいの?
バリー 元気がいい。君がここに送り込まれた訳が分かった。
ツキヒ え?
バリー だが残念ながら、「不正解」という事実は変えられない。あと1問不正解なら、3年間をこの部屋で過ごすことになる。
ツキヒ 厭だよ。そんな…
バリー まだ決定したわけではない。あと2問正解すればいい。
ツキヒ 口だけの励ましはたくさん。
バリー 口だけ…さびしいことをいうなよ。
ツキヒ キモ!急にすり寄ってこないでよ。気持ち悪い。
バリー この世界には今、私たちだけしかいない。せめて私からでも励まされたらうれしいんじゃないのか?
ツキヒ 余計なお世話よ!
♯4 第2問 時には逃げることも必要か
バリー では第2問。(効果音 ちゃちゃ)「逃げることは必要でしょうか?」
ツキヒ …え、それだけ?
バリー シンキングタイムは30秒。用意、スタート
時計の針の音がする。チ・チ・チ・チ
ツキヒ え、もう。
必要か必要でないかと言われたら、逃げることは必要。たとえばいじめだって、親の暴力だって、戦争だって、逃げないと死んでしまう。逃げるのは動物の本能。でも、さっきは自分の考えが否定されたし、私の考えは間違っていたのかしら…?どっちにする?
バリー (本当に30秒で)終了!さあ、お答えください。
ツキヒ 逃げることは、必要!
間
効果音 ブブー
ツキヒ え?
バリー ザンネン、不正解!
ツキヒ どうして?
バリー …さあ。
ツキヒ …
バリー とにかくこれで2問「不正解」っていうことだな。君はこの場所で「卒業」まで過ごしてもらおう。
ツキヒ 分かった…何て言えるわけないでしょ!そんなの誰が決めたの!私の意志は関係ないの!?「絶対者」をここに出しなさいよ。
バリー 何度言ったら分かるんだ。「絶対者」は出せない。
ツキヒ どうして?
バリー 「ルール」だからだ。
ツキヒ その「ルール」を決めたのもどうせ「絶対者」なんでしょ!?冗談じゃない、私のルールは私が決める。
バリー 君はこの世界のルールを全て自分で決められると思っているのか?
ツキヒ そこまでは思ってない。でも、閉じ込められて、勝手に「正解」「不正解」を決められて…こんな、こんなクイズ大会なんか、私は認めない。
バリー 分からないのか?
ツキヒ 何が?
バリー 「絶対者」が君にとって「絶対的」であること。そしてここが「牢獄」であるってことだよ。
ツキヒ、憎しみのこもった目で、バリーを見る。
そして、武器になりそうなものを探すが、ない。
バリー …私をどうしようというのだ。
ツキヒ 壊す。
バリー 「代理人」を壊してどうなる?
ツキヒ どうもこうもない。
バリー さっき私に触れようとするとどうなるか、体験したじゃないか?
ツキヒ うるさい!
バリー 狂ったのか?
ツキヒ、バリーに近づく。
バリー 本当に今度はただでは済まなくなるぞ。
ツキヒ、バリーにつかみかかろうとするが、寸前で止まる。
ツキヒ、その場にへたり込む。
静寂
バリー …
ツキヒ バリー君、だったよね。笑わないの?馬鹿な私を。
バリー …大丈夫か?
ツキヒ 心配してくれるの?
バリー …やっと、私の名前を呼んでくれたな。
ツキヒ え?
バリー バリー君って。
ツキヒ そうだったっけ…
バリー ツキヒ。
ツキヒ …私の名前…
バリー 誰からも習わなかったのか?誰かに自己紹介されたら、自分の名前を名乗るのが礼儀だって。
ツキヒ ツキヒ…私の名前。どうして知っているの?
バリー どうしてだと思う?
ツキヒ バリー君、あなたは、以前どこかで会ったような気がする。どこかで…
バリー ツキヒ、残念だがクイズ大会は終わりだ。3問中2問不正解、君はここで、「絶対者」の命令をきいて「卒業」まで---
ツキヒ まだ終わってない。
ツキヒ、立ち上がる。
バリー ツキヒ。
ツキヒ クイズは3問あるはずでしょ。まだ最後の問題が終わっていないじゃない。
バリー 君の運命は決まったんだ。
ツキヒ 運命は決まったかもしれない。でも私には3問目のクイズに答える権利がある。
バリー だが---
ツキヒ 私は「絶対者」の判断に納得できない!!
バリー …
ツキヒ 今の私が「絶対者」に抵抗できないのは分かってる。でも私は私。私は私のやりたいことをやりたい。やれないなら、やりたいことに近い、やれることを全部やりたい。だからやってくれるでしょ、バリー君。クイズ、最後まで。
バリー どうして私を信じる?
ツキヒ 分からない。でもあなたは「代理人」であって「絶対者」ではないんでしょ。
バリー …
ツキヒ どうせ3年間ここにいることになったんだし、時間はたっぷりある。だからいいじゃない、3問目のクイズを出してくれたって。
バリー …それもそうだな。
ツキヒ 一つ聞いてもいい?
バリー 何?
ツキヒ 気づいたんだけど、あなたは「代理人」なんかじゃないんでしょ?
バリー さあ、どうかな?
ツキヒ ほんとは…
バリー (ちょっと嬉しそうに)どうする?3問目のクイズは?
ツキヒ (笑顔で)あそ!じゃ、まずこのインチキなクイズ大会を終わらせましょ!さ、3問目を出して。
♯5 第3問 誰かに合わせて生きることは必要か?
バリー 第3問。(効果音 ちゃちゃ)「誰かに合わせて生きることは必要でしょうか?」
ツキヒ …
バリー シンキングタイムは30秒。用意、スタート
時計の針の音がする。チ・チ・チ・チ
ツキヒ ・・・
バリー (本当に30秒で)終了!さあ、お答えください。
ツキヒ 私の父は、私が物心ついたころから、母に暴力をふるっていた。
父は仕事を辞めて転職を繰り返し、家にはあまりお金を入れなかった。
母は自分の仕事で家計をやりくりしていたけど、私が9歳の時に弟が生まれると、父の暴力が激しくなった。父は母の事を「頭が悪い」と言ってなじった。母は家事をしながら、弟に気を配ることができなかった。母は「広汎性発達障害」、一度に二つの事が同時にできない心の病気だった。
私は母をかばった。かばう私を父は殴った。母と私は泣きながらひたすら父の怒りが収まるのを待ち続けた。
やがて、父の怒りの矛先は私になり、私が何かを主張すると「生意気」だと言って殴られた。そして、そんな暴力が続く中で、私は育った…
効果音 ブブー
ツキヒ 高校生になり、テストの成績が悪いと、小遣いが与えられなかった。
与えられたスマホは使いすぎだと、取り上げられた。
山岳部に入りたい、と言ったら、「そんな暇があったら勉強しろ」と言われた。
ある日友達の家に泊まらせてもらったら連れ戻され、それ以来いつも監視されるようになった。
悪いことはしてないのに、父には殴られ、母には素直に従うように責められる。
これらの事はつまらないことかもしれない。
もう少し我慢し、就職するか大学などに進学すれば自由になれる、今を乗り切ればいいって。
目を外に向けると、世界には戦争をしている国に住み、毎日のご飯が食べられない人たちがいる。
故郷を捨てて脱出し、海でおぼれて死んでいく子どもたちがいる。
一応不自由なくご飯が食べられ、部屋が与えられている私。自分が恵まれた国に住んでいる人間だってことも分かっている。
でも、でも私は自由がほしい。今、できる限りの自由がほしい。
ツキヒ、バリーの方を見る。
ツキヒ バリー君、今まであなたが誰なのか分からなくってごめんなさい。あなたは私だよね。小学校の頃の私の落書き。満月の夕方、月が東の空に登る時、太陽は西の空にしずむ。あなたの顔はそれを表しているんだよね。月と日、ツキヒを。
ツキヒ、バリー君に近づく。
ツキヒ あなたは私の心に横たわっていた辛い日々の始まりを思い出させてくれた。そして物事から逃げるんじゃなくて、きちんと向き合って戦うことの大切さを教えてくれた。誰かに合わせて生きる生き方はダメなんだ、自分を持たなきゃいけないってことを。
ツキヒ、バリーに触れる。
もう感電はしない。
ツキヒ ずっと怖かった。誰かに自分の両親の事を話して、それがばれたらって考えると。だから誰にも言えなかった。でも自分の心に嘘はつけないから、一歩踏み出すしかないかなって。まずは「友達」に相談してみる。
ツキヒ、バリー君から離れる。
ツキヒ 私、ここを卒業する。ここは確かに牢獄かもしれない。これからも何かに囚われて生きていくのかもしれない。でもそうなった時の答え、Answerは私が決める。
バリー ツキヒ。
ツキヒ 何?
バリー それでいいんじゃない?結局人間って、利己的な生き物なんだから。
♯6 ツキヒ、山に登る
(効果音楽 宇多田ヒカル 「道」があがってくる)
ツキヒ、思い立ったように箱の上のバリー君を床に置き、5個の台を積み上げる。
5個の台は小さな山になった。
ツキヒ、バリー君が載っていた箱の後ろからリュックサックと靴を出して身に着ける。 そして積み上げた台の上に登る。
ツキヒ 今は、これが精いっぱい。だけどいつか、もっと大きな山に登りたい。
雄大な景色、きれいな夕陽、満点の星空を見てみたい。
台から下りて。
ツキヒ 大学にも頑張って入って、バイトしてお金貯めて、自分の自由になるスマホを買う。
そして友達と山に行って…あ、カラオケにも行ってみたい。
そして、一人暮らし。
2045年、37歳のとき、私はいったいどうしてるんだろう?
AI、そしてVRで、今じゃ想像できなような未来になっているんだろうな。
でもどんな未来になっても、自分で自分の事を決めることができる大人になりたい。
ツキヒ山を下りる。
バリーを掴むと、自分が載っていた小さな山の上に載せて。
ツキヒ 次は未来で会おうね。バリーくん。
ツキヒ、正面を向いて、夕日を見つめる。
だんだんと夕景になってくる。
それは山に登って、夕日を見る、ツキヒの未来の姿だ。
音楽が上がってきて、暗転。
終演。
※
この脚本は「私と悪魔の100の問答」上遠野浩平著(講談社)を参考にしています。
※
ラストは、ホリゾントライトで後ろから白い布に光を当ててバリーとツキヒのシルエットにしました。