第70回三重県高等学校演劇大会参加脚本
上演団体 三重高校演劇部
上演日時 2025年10月25日(土)
枠番4番 〔大会1日目4校目〕
巫女舞れいでぃず
三重高校演劇部 作
2025年7月24日 第6稿
登場人物
一ノ瀬 汐見(しおみ):大阪大学工学部1年生
二木 由比(ゆい):島根県立大学地域政策学部1年生
※他に宅配人が出てきます。
※登場人物の二人は三重県多気町で小学生時代を過ごし、汐見は中学高校時代を松阪市で、由比は中学高校を多気町で過ごしました。二人が出会うと、三重県のその辺りの言葉になります。三重県多気町周辺の言葉がよくわからないので、その辺りの言葉をよく知っている関係者で直してください。
プロローグ リアルな少人数演劇部世界にいる二人。わたしら負けへんで!
エンターテイメント的な音楽が鳴ると、幕前に二人の役者が出てくる。
AB どうも!
A 平山愛佳です!
B 河合乃愛です!
AB 二人合わせて三重高校演劇部です。
よろしくお願いしまーす。(拍手)
A それにしてもまたお前と二人芝居やなあ。
B そうやなあ。
A (お客さんに)今回もまた二人ですよ、春に続いて。
B まあ、お客さんに言うてもしょうがないやろ。
A でも、嘆きたくもなるわな、二人やとセリフ覚える量もめっちゃ多くなるし、出番ばっかで休めへんし。
(お客さんに)前回の私たちの劇、ご覧になりました?「人生インターチェンジ」っていうお話。
車を運転する高校生と幽霊が出てくる話。それでは、ご覧になった方は拍手をお願いします。
拍手の音に合わせてアドリブ。「ええ、お客さんやなあ」「ありがとうございます」。拍手少なければ促して「ええお客さんやなあ」「ありがとう」、など。
A あの時は部員3人しかおらへんだんですよ。二人芝居やのにたったの3人。照明・音響・舞台監督が要るから、いきなり2人足らへんだんですよ。
B そうやったなあ。
A で、一人助っ人頼んで、さらに顧問の先生が照明やってやっと出れたんですよ。
B そやった、そやった。
A けど、夏大会はそうはいかん、全部生徒でやらなあかんって聞いたんで、このままじゃ大会出れんくなるって、必死で集めたんですよ、新入部員。めちゃくちゃ一生懸命。
B どのクラブよりも早くポスター貼ったよな。
A 貼った貼った。窓ガラスに貼って、そこには貼るなって他の先生から文句来て。
B でもあれ、顧問の先生が貼れ、言うたんやろ。
A (指を口に当て)しっ、それをいうたらあかんやろ。それに照明や音響も部室に設置して、体験してもらったり。
B そうそう。
A うちら脚本読むのふだん@Padなんやけど、わざわざ紙の脚本用意して、見学に来た一年生と一緒に脚本(ほん)読んだりして。
B うんうん。
A (お客さんに)それにうちの演劇部は、ホンマに場所分かんにくいところにあるんですよ。西の一番端っこの校舎の4階。そんでポスターの下に全部活動場所の地図を貼って、毎日説明会開いたんですよ。
B そう、窓にでっかく、演・劇・部って貼ったりしてな。
A で、その結果入ってきた新入部員が、3人。
B まあ、3人入ってくれてよかったやんか。
A でも弓道部なんか1年生34人やで。
B まあ、そうかもしれへんけど。
Å ダンス部なんか、1年生80人入ったとか。
B 弓道とかダンス部とか、そんなんと比較したらあかんわ。
A 悲しゅうなるもんな。
B うん。でも3人入ってきてくれたから、今回こうやって大会の舞台に立っていられるんやし。
マイノリティになる覚悟で入ってきてくれた3人に、感謝せな。
A みんなー、来年もほぼ二人劇決定やな。
B それはそうやけど。
A 誰もやめたらあかんで、一人劇になるで。
B それだけは考えたくない。
A (お客さんに)みんなとってもええ子なんですよ。
B そうそう。それはほんと。
A で私らは今年が最後の勝負やな。
とりあえず絶対行こな、去年行けへんかった県文。
B そう、なぜか今年は小ホールやけど県文。
A あと、客席にいる先輩と、先生たちも忘れてへんからな。
B そうそう。
A それでは、始めます。三重高校演劇部副部長、平山愛佳と。
B 三重高校演劇部部長、河合乃愛でお送りする。
AB 三重高校演劇部作「巫女舞れいでぃず」スタート!
にぎやかな音楽で、緞帳があく。
1 推しのライブを楽しみにする汐見
時は6月ごろ、天気は曇り。
大阪 石橋阪大前駅近くの外階段アパートの2階の一室
木の勉強机とスタンド、ベッド、棚のシンプルな女子大生の部屋。
下手側に通路とキッチンがあって、トイレがあって、その奥が入り口。
ベッドの上あたりにお笑い芸人スナッカーズの二人のポスター。机の上にアクスタなどのグッズ。
棚の上にはATスピーカーが置かれている。
少しマニアックさを感じる以外は、ごく「普通の」女の子の部屋。
その部屋のちゃぶ台の上で、パソコンとノートに向かい、汐見がオンラインでTA(ティーチングアシスタント)に数学を尋ねている。
汐見 はい、はい。ありがとうございました、少し分かったような気がします。
後はなんとか自分でやってみます。はい、ありがとうございます。
それじゃ、失礼します。
汐見、パソコンを閉じでため息をつく。AIスピーカーを見て
汐見 ちえちゃん。
ちえ 何でしょうか?
汐見 何よ、線型代数って。固有値の定義って何?λ(ラムダ)を使った行列式って、いったい何の役に立つの?
ちえ あなたが学んでいる電子情報工学科では、電磁気学、回路理論、線型代数、微分積分が基礎になります。苦手を放置するとこの先、実験や設計に苦労することになります。
汐見 分かった分かった。あ、ところでちえちゃん、今何時?
ちえ 15時12分です。
汐見 出発まであと何分?
ちえ あと48分です。
汐見 よし。何か食べてから行くか。
汐見、スナッカーズのポスターを見て、「ボリボリボリボリ、スナッカーズ、お前食いすぎやろ」などスナッカーズの一発ギャグを決める。
汐見 よっしゃあ。楽しみ。
汐見、スマホを見る。
汐見 あ、来てる。
後ろのプロジェクターに、同担(推し友達)からのLINE画面が映る。汐見しゃべりながら以下のやり取り。
マオ「予定通り、17時30分になんばくじらパークで待ってるよ。大阪激闘篇、超楽しみ〜♡」
汐「了解。私も。」
汐見 あ、お母さんからも来てる。
汐見、母親からのLINEも見る。
母「昨日送った荷物届いた?」
汐見「まだ届いてないよ。ありがと。」
汐見 小腹すいたな。
汐見、冷蔵庫をあさる。すぐ食べれるものはドーナツくらいしかない。
ドーナツの袋をテーブルに置く。
汐見 ドーナツとコーヒーで済ませるか。あとで何かコンビニで買えばいいし。
汐見お湯を沸かそうと、ヤカンをIHヒーターにセットしたところで、玄関でチャイムが鳴る。
汐見 はーい。宅配屋さんかな?
汐見玄関に出る。
2 幼馴染 二木由比登場
扉を開けると大きなリュックを背負った二木がいる。
二木 こんにちは…一ノ瀬さんのお宅ですか?
汐見 (顔をまじまじと見て)…どなた、ですか?
二木 二木です。…一ノ瀬…汐見さん?
汐見 あ、はい、えっ?
二木 二木です。二木由比。ほら、佐奈小学校で一緒だった。
汐見 …二木・・・由比ちゃん?
二木 そう。
汐見 え!由比ちゃん!
二木 そう由比。汐見ちゃん、汐見ちゃんだよね。
汐見 え!由比ちゃん。ほんとに?ひさしぶり!
二木 ほんと、何年ぶりかなあ。
汐見 小学校の時以来?
二木 うん、7年ぶり。
汐見 今日、どうしたの?
二木 うん、たまたま大阪来たから、汐見ちゃんと会いたいなと思って。
汐見 え、でも、よくここが分かったよね。
二木 うん、汐見ちゃんのお母さんに住所教えてもらって。
汐見 突然来たんでびっくりしたよ。
二木 あれ、お母さんから連絡なかった?
汐見 え、どういうこと?
二木 連絡しとくって言ってたんやけど。
汐見 あ、そういえばちょっと前にLINE来てた。けど、いつ来るかまでは知らされてなくって。
二木 え、そうなん?
汐見 うん。
二木 手違いかな。ごめんね、突然お邪魔しちゃって。
汐見 ううん、いいよいいよ。とりあえず上がって。
二木 じゃあ、お邪魔します。
二木、靴を脱いで上がる。
二木 (部屋を見渡して)きれいにしてるね。
汐見 そんなことないよ。
二木 (机の上のドーナツを見て)あれ、今おやつの時間やったん?
汐見 ううん、ちょっと小腹すいたからなんか食べよかな、と思って。
二木 なんか買ってこればよかった?すぐ食べれるもの。
汐見 ううん、いいよいいよ。気い使わないで。
二木 ごめんね。あ、どうぞ食べてよ。私移動の高速バスん中でおにぎり食べてきたからお腹すいてないし。
汐見 (遠慮して)いいよ、あとで。
汐見、冷蔵庫にドーナツをしまう。
その間に二木は汐見の部屋を見渡し、ベッドの壁に貼ってあるポスターを見つけて。
二木 あれ、この人たち?
汐見 知ってる?
二木 芸人さん?
汐見 そう。
二木 確か…誰だっけ?
汐見 (がっかり)スナッカーズ。知らない?
二木 スナッカーズ…あ、M1で?
汐見 そう、去年M1で準優勝した。覚えてる?
二木 うん。汐見ちゃんファンなの?
汐見 そう、大ファン。推し。
二木 じゃ、これも?
何かよくわからないけど、汐見がスナッカーズの熱心なファンであることがわかるようなエピソード作ってください。スナッカーズの決まり文句、「ボリボリボリボリ‥、スナッカーズ!お前食いすぎやろ」みたいなのをやってもいいかも。
二木 へえ、すごいね。
汐見 でしょ。今晩、ライブあるんだよ。ライブ。
二木 ライブ?
汐見 そう、スナッカーズ初全国ツアー記念スペシャルライブ、大阪激闘編。
二木 へえ、いつどこで?
汐見 今晩。難波のよりとも漫才劇場で。あ、由比ちゃんも行かない?
二木 え?今からチケット取れるの?
汐見 多分大丈夫だよ。私、よりとものプレミアム会員だから、ネットで見てあげようか?
二木 でも、いいよ。
汐見 どうして?
二木 今晩、ホテルで打ち合わせあるから。
汐見 打ち合わせ?
二木 そう。私、今神楽(かぐら)の団体入ってるんだ。
汐見 え、神楽?カグラって何?「銀魂」?
二木 (がっかり)ちがうよ。石見(いわみ)神楽。
汐見 え?
二木 島根県石見地方の石見神楽。
汐見 島根?
二木 そう、私今、島根に住んでるんだ。今日もそこから来た。
汐見 島根ってめっちゃ遠いやん。由比ちゃんっていうか、私たち三重県出身でしょ。どうして三重から島根?
二木 (島根で、思い出して)あ、そういやお土産持ってきたんだよ。
二木、リュックの中からコメ袋2sを出す。
二木 はい、島根産つや姫。
汐見 え、お米?今高いよね。
二木 うん、だから喜んでくれるかなって。
汐見 うん。うれしい。でもいいの?
二木 いいよ、そのために持ってきたんだし。
汐見 じゃあ、ありがと、遠慮なしにもらっとく。(台所へもっていく)
二木 あと、これ(小さいビンを出す)、はい島根産ワイン。
汐見 え、お酒?(拒否感)
二木 (反応観て)うそうそ、一応私ら未成年だから、これはブドウジュース。
汐見 なーんだ。でも、ありがとう。いいのもらっちゃって。
二木 強引に押し掛けたお礼に。
二木 じゃあ、私冷やしとくよ、冷蔵庫に。(二木、慌てて冷蔵庫に入れる)
汐見 あ、ありがとう。
二木 喜んでくれてうれしいよ。
汐見 で、何で島根なの?
二木 何を隠そう、私は今、島根の大学1年生なのだ。
汐見 え、どうして?
二木 もちろん、ちゃんと受験して。
汐見 島根大学?
二木 ううん、島根大学のある松江市よりもっと田舎。浜田市ってところにある大学。
汐見 どうしてわざわざ三重から島根なの?
二木 それを言ったら少し、話が長くなるけど…
汐見 大学って、私立?
二木 ううん。県立。島根には私大一個もないから。
汐見 そうなんだ。じゃあ公立?
二木 そう。(自慢げに、役者がみえを切るように)
高校3年間、部活動ばっかりしていた私こと二木由比は、3年生の夏から人が変わったように猛勉強!
晴れて島根県立大学地域政策学部に合格したのです!
汐見 わーすごい!おめでとう。で今日は何で大阪来たん?
二木 私が入っている神楽の団体が明日万博で公演するから、今日はそのお手伝い。
汐見 万博。そうなんだ。
二木 そう、汐見ちゃん、明日万博に来れない?
汐見 え?(ちょっと引く)
二木 明日が本番なんだ、私たちの団体。
汐見 …何時から?
二木 午後2時から。
汐見 …ごめん、友達と約束あるから。
二木 そっか、突然だもんね。まあ、一度見てほしかったな神楽。
汐見 ごめんね。そうだお茶かなんか出さないとね。
二木 お気遣いなく。
汐見、お米を持って台所に立つ。
お米はキッチンに置く。
汐見はやかんから急須にお湯を入れる。
茶どころの三重県民はこういう時、やはりお茶を急須で入れるのだ。
二木、その間に汐見の机や本棚を見て、ATスピーカーを見る。
二木 これは?(AIスピーカーを指す)
汐見 ちえちゃん。
ちえ ご用件はなんでしょうか?
二木 あ、しゃべった。
汐見 特にないから黙ってて。
ちえ はい、わかりました。
二木 ちえちゃん?
ちえ なんでしょうか?
二木 君、ちえちゃんっていうんだ?
ちえ はいそうです。
二木 名前つけたの?
汐見 そう。
二木 ふーん。これ教科書?
汐見 そう。
二木 見ていい?
汐見 うん。
二木 線型代数?…(本の中身を見て)わっ。何これ?この式…汐見ちゃんこんなのやってるんだ。
汐見 まあ、工学部だからね。
二木 へえ、工学部。すると、汐見ちゃんが通っているのって大阪大学工学部。
汐見 そう。誰から聞いたの?
二木 おばさんから。さすがだなあと思って。
まあ小学校の頃から異次元に勉強できたもんね。
汐見 そんなことないよ。
二木 いやいや、よく勉強教えてもらったよ。速さとか割合とか、算数分かんなくなったとき。
汐見 そうだっけ。
二木 でも汐見ちゃん今、こんな難しい勉強をやってるんだから、本当すごいよね。学科は?
汐見 電子情報工学科。
二木 へえ。じゃあ、AI作ったり、ロボット作ったり、アンドロイド作ったりするんだ。
汐見 …まあ、そんな感じかな。
二木 まあ、汐見ちゃんみたいな子がいるから、日本の科学技術は安泰だね。
汐見 そんなことないよ。
二木 またまた謙遜して。
汐見 ううん。大学の授業、高校と全然違うから。
二木 そうなの?
汐見 うん。数学とか物理とか本当に難しくて。留年しないようについていくのがやっと。
二木 そっか、賢い人は賢い人で苦労があるんやねえ。
汐見 まあね。とりあえずお茶をどうぞ。
二木 ありがとう。いただきます。
二木と汐見、お茶を1杯飲む。
二木 はー。ところで汐見ちゃん、トイレ貸してくれる?
汐見 玄関のとこ。
二木 ありがとう。
二木、トイレに立つ。
汐見、それを見届けて。
汐見 ちえちゃん
ちえ 口チャック。
汐見 黙っとらんでええよ。出発まであと何分?
ちえ あと38分です。
汐見 やばい。(二木が)突然来るからびっくりしちゃった。
適当に話してさっさと帰ってもらわないと。
汐見、カバンを持ってきて準備し始める。
適当なところで二木が帰ってくる。
3 汐見と二木の昔話
二木 あれ、今からどこかお出かけ?
そういやライブって言ってたよね。何時から?
汐見 うん、まだ大丈夫。せっかくだからもう少し話しようよ。
二木 そっか。じゃあ、お言葉に甘えて。
汐見 それにしてもホント久しぶりだね。小学校卒業以来?
二木 うん。
汐見 中学に入ると私引っ越して、私立行ったしね。
二木 うん。そうだね。
汐見 お互いに新しい友達作らなきゃいけないから、連絡とると悪いかなって。
二木 うん。まあ、あの頃は私たちスマホ持ってなかったしね。
汐見 そうだよね。でも、よく私のこと覚えててくれたよね。
二木 忘れるわけないじゃん。汐見ちゃんには世話になったしね。ほら、あの時。
汐見 何?
二木 私が神社の木に登って降りれなくなった時。
汐見 ネコを助けようとしたとき?
二木 そう。
汐見 あった!
二木 あの時、自分が高所恐怖症って知らなくてさ。
汐見 そうそう。
二木 行けると思ったんだよね。あのくらいの高さなら。そんで登ったら、脚がぶるぶる震えちゃって。
汐見 そうそう。
二木 もう下見たら怖くて、全然動けなくって。
汐見 あの時は私もあせったよ。由比、木にしがみついてたよね。
二木 そう。必死だったよ。もう漏らしちゃうんじゃないかと思って。
汐見 うん。
二木 でもあの時は汐見ちゃんが走って、近くの大人を呼んできてくれて。
汐見 そう、最初に連れて来たのが90歳くらいのお祖母ちゃんで、なんか大騒ぎになっちゃったよね。
二木 うん。それ以外にもなんか、いつも助けてもらってたよね。ほらあの時。
汐見 何だっけ?
二木 裏山に秘密基地作った時。
汐見 あった、それ!
二木 最初は汐見ちゃん止めたんだけど、最後はブルーシート持ってきてくれたり、協力してくれてさ。
汐見 なんだかちょっと楽しそうやったし…
二木 お菓子持ち込んだり、マンガ持ち込んだり。そう、キャンピングガス持ち込んで、ラーメン作ったりして。
汐見 あった、それ。
二木 あのラーメン、うまかったなあ。
汐見 私は、叱られそうで怖くて、何か味しなかったよ。
二木 まあ、確かに最後は近所の人に見つかっちゃって親に通報されたよね。
汐見 うん、火事が起こると大変だとか言われて、地主さんの所へ謝りに行ったよね。
二木 うん。まさかあんなに騒動になるとは。
汐見 いつも由比が後先考えずに、突っ走って、で私が結局巻き込まれて、一緒に叱られるっていう感じだったよね。
二木 うん。(少しかしこまって)ごめんね、汐見ちゃん。
汐見 何?
二木 私のせいで迷惑ばっかりかけて。
汐見 まあ、昔のことだしいいよ。私も由比ちゃんといるの楽しかったし。
二木 そしてありがとうね、これまで。まずそれが言いたかったのが、私が今回ここに来た理由の一つ。(少し照れて)まあ、久しぶりに会いたくなったっていうこともあるんだけど。
汐見 …そうなんだ。
間(お茶を一服)
4 汐見が大阪に来たわけ
二木 汐見ちゃんはどうして大阪に来たの?
汐見 え、私?
二木 そう、三重県からどうして名古屋でなく、東京でもなく、大阪?
汐見 お笑いが好きだから。
二木 え、そうなの?
汐見 うん。ライブが好きな時に見れるかなって思って。
二木 そんな理由?
汐見 うん。ここって、電車一回乗り換えるだけですぐ難波に行けるんだ。
二木 そうなんだ。
汐見 うん、そう。
二木 それにしてもどうして阪大?まあ、大阪で一番賢い大学だもんね。
汐見 まあ、そうだね。
二木 阪大現役で受かっちゃうなんてすごいよ。
汐見 大したことないよ。
二木 いやいや。
汐見 ・・・私んとこお父さんが単身赴任から戻ってきたでしょ。小学6年生の時。
二木 うん。
汐見 そしてそれから、塾行ったよね。
二木 うん、あれから一緒に遊ばなくなったよね。
汐見 結局中高6年一貫の学校に受かってさ。
私自身はこれで高校受験ないってほっとしてたんだけど、お父さんはますます勉強にうるさくなってさ。
その後も、理系に行かなきゃダメだとか、旧帝大しかダメだってうるさくて。
二木 旧帝大って?
汐見 東大とか京大とか、昔からある大学。阪大も入ってるよ。
二木 ふーん。
汐見 結局、お父さんには逆らえないし、でも家出たくて。だから自分が好きなお笑いのライブに行ける、阪大を選んだ。
二木 そっか。汐見ちゃん、(ポスターを指して)この人たちのこと推してるっていってたもんね。
汐見 うん。
二木 スニッカーズ、だったっけ?
汐見 (少し怒って)それはチョコ。スナッカーズ!
二木 ごめんごめん。で、さあそのスナッカーズのことどうして好きになったの?
汐見 原さんがとっても努力家だからかな。
二木 原さんって左の人?
汐見 そう。スナッカーズはコンビを組んで8年目になるんだけど、途中からコンビを組んだから、同期の人たちより売れるのが遅れちゃって。
二木 へえ。
汐見 原さんはずっと長いこと映画館でアルバイトしてて…。それで、絶対に同期の人たちに追いついて超えるって、仕事終わってからネタ作ったり、参考になるものは何でも取り入れたりして、ずっと頑張ってきたんだよね。
二木 そうだったんだ。
汐見 毎年出場したM1の結果も、準々決勝、準決勝とどんどん上がっていって、ネタもどんどん斬新になってそれで評価されてきたんだよね。
二木 (うなずく)
汐見 で、去年のM1でついに決勝に残って、準優勝になったときは、とてもうれしかった。なんか自分のことみたいに。
二木 ふーん。
汐見 で、ライブにいつでも行けるのを励みに勉強して、何とか阪大合格した。
二木 へえ。
5 二木が島根に行ったわけ
汐見 由比ちゃんはどうして島根なの?大学どこだっけ?
二木 島根県立大学地域政策学部。もともと地域おこしに興味があって。
汐見 でも、どうして島根?
二木 高2のときに、石見神楽を見たから。
汐見 石見神楽って?
二木 まあ、神楽だから、神に奉納する踊りなんだけど、島根ではふつうの人がやってるんだ。
汐見 へえ。
二木 汐見ちゃん、スマホ貸してくれる?
汐見 どうして?
二木 石見神楽どんなんか、紹介しようと思って。(YouTubeで)
汐見 自分のスマホ使えばいいじゃん。
二木 いや、私いま、スマホ持ってなくて。
汐見 え!
二木 だから、スマホ島根のアパートに忘れてきて。
汐見 え、スマホ持ってないの?
二木 うん。
汐見 どうして?
二木 忘れてバス乗っちゃったから。
汐見 えーーっ!
二木 だから今、スマホなし。
汐見 スマホなしで大阪来たの?
二木 うん。バスに乗るのも、電車に乗るのも全部財布からお金出して。なかなか大変だったよ。
汐見 この場所、どうして分かったの?
二木 汐見ちゃんのお母さんに教えてもらった住所をメモしてたからさ。で、駅前の地図を見て来た。
汐見 本当にそれで来たの?
二木 うん。
汐見 現代にそんな人がいるとは思わなかった…あっ!だから、何時に来るか連絡できなかったんだ。
二木 そう。一応おばさんには出発前に島根から連絡したんだけど。
汐見 そうだったのか…
二木 で、貸してよスマホ。
汐見、スマホをあけて二木に渡す。
二木が操作すると、石見神楽「大蛇」の一シーンが、後ろのスクリーンに映る。
八調子石見神楽の、テンポの早い音楽が響く。
汐見 これ、何?
二木 「大蛇(おろち)」っていう演目。石見神楽のトリでやるやつ。
汐見 「おろち」?
二木 そう。
汐見 で、この人は?
二木 スサノオノミコト。聞いたことある?
汐見 スサノオ?
二木 うん。アマテラスの弟。
汐見 アマテラスって、伊勢神宮の?
二木 そう。で、そのスサノオノミコトが、今八岐大蛇を退治しているところ。
汐見 八岐大蛇って、ヘビ?
二木 まあ、そうかな。
汐見 わあ・・・火、噴いてる。何これ観客、危なくないの?
二木 分かんないけど、火を噴くもんだよ石見神楽は。
汐見 へえ。
スクリーンの画面が消える。
二木 これが、お客さんのすぐ目の前で行われるんだよ。火の粉が飛んできたり、しっぽが客席へ飛んできたりして。
汐見 そんな間近なんだ。
二木 そう。お客さんが、飛んで来た大蛇(おろち)のしっぽをまた舞台に戻したりしてね。
汐見 へえ。
二木 そのあと、スサノオが大蛇の首を切り落として、舞台端(ぶたいばな)に置いていくんだよ。こうやって。(実演)そのあと、みんなそれを触りに来るんだよ、子どもたちが。
汐見 子どもも見に来るの?
二木 来る来る。石見には、赤ん坊の頃から神楽を見せる習慣があってさ、触るどころか、舞台の上を子どもたちが覗いたり、駆け回ったりしてるんだよ。
汐見 危なくないの?
二木 うん、危ないかもしれない。でも大人の人たちはそれを当たり前のように受け入れている。
汐見 ・・・
二木 私こう思うんだ。石見神楽の本当の主役は「子ども」たちだって。
石見の人は、みんな子どもの頃から神楽に連れてこられる。
そして神楽に参加する・・・観客の時もあるし、演者の時もある。お母さんの後ろで楽器を演奏することだってある。学校や地域には神楽のサークルもあるし。
汐見 そうなんだ。
二木 私、高校生の頃、親戚が住んでるからって初めて浜田に行って、夜神楽(よかぐら)見て。
それから知りたくなった。どうしてこの地域はこんなに神楽が盛んなのか、そしてどうしてこんなに世代を超えて受け継がれているんだろうって。だから大学は島根に行った。
汐見 そうなんだ…
二木 うん。そして、それが私がここに来たもう一つの理由でもあるんだよ。
汐見 え?
二木 汐見ちゃん。(向き直る)
汐見 何?
二木 私と巫女舞踊ってよ。
6 巫女舞れいでぃず
汐見 ・・・突然過ぎて、話が見えないんですけど。
二木 だから巫女舞。小学5年生の時、一緒に踊ったよね。
汐見 それは、覚えてるけど、どうして?今?
二木 うん。今。私、島根も大好きなんだけど、もう一つ好きな場所あるんだ。
それは、三重県。
汐見 三重県?
二木 うん。私たちが住んでた三重県の多気町。佐那神社の10年に1回の中遷宮で、一緒に踊ったよね、巫女舞。
汐見 うん。私たちの学年、女子は二人だけだったからね。
二木 まあ、当時は巫女さんの衣装がかっこよかっただけだったんだよね。今でいう映えるって感じ?
汐見 で、踊るって、その巫女舞?
二木 うん。踊ってみたら、思い出すかなって、昔のこと。汐見ちゃんと一緒に遊んでたあの頃の気持ち。
汐見 …
二木 汐見ちゃんさ、私たちが神社で巫女舞奉納した時、一緒に獅子舞奉納した団体あったの覚えてる?
汐見 うん。
二木 あの団体もう獅子舞やってないんだって。笛を吹く人が亡くなったから。
汐見 え、そうなの?
二木 うん。私今でも宮司さんとつながりあって、聞いたら再来年の本遷宮で、獅子舞奉納してくれる団体探してるんだって。地域を広げて。
汐見 ・・・
二木 それに、私たちが通ってた佐奈小学校も無くなるんだって、統廃合で。だから、これからは多気小学校で探すんだって。巫女舞を踊ってくれる小学生。
汐見 そうなんだ。…
二木 私、どっか淋しいんだよね。自分たちの周りにあった当たり前のものが無くなっていくってこと。
そしてそんな大きな流れって、私一人がどうこうできるわけじゃない。
けど、神楽が盛んな島根にいると、思っちゃうんだ。何か、自分にもできることないかな、って。
汐見 でも、どうして巫女舞を?
二木 なんか、うまく言えないんやんけど、私にとって原点っていうのかな?伝統芸能との初めての出会いっていうのか、まあ、巫女舞も神楽の一種やし。まあ、そんな感じ?
汐見 …
二木 だから、一緒に踊ってほしい、今。
汐見 …でも、もう忘れてるかも。
二木 お願い!汐見ちゃんならできるって。
汐見 1人じゃ無理…だよね?
二木 うん、巫女舞は偶数で踊るのが基本やろ?だから踊ってよ。あの頃の気持ちで。
汐見 あの頃の気持ち?
二木 藤川先生よう言ってたやろ。巫女舞を踊るときは、海や山や川など、八百万(やおよろず)の神に捧げるような気持ちで踊るって。
汐見 ・・・でも。
二木 ・・・じゃあ、私踊るから、見とって。
汐見 え?
二木 私、昔のビデオ見て、練習してきたから。だから、私見て、もし思いだしたら踊ってな。
汐見 でも、ここ狭いし。
二木 片付けよか。
二木、テーブルとか片付け始める。
汐見も手伝って片づける。
二木、バッグから榊(さかき)を取り出す。
汐見 え、そんなの持ってきたの?
二木 これもあるよ。(リュックからCDラジカセを取り出す)
汐見 ええっ!?
二木 じゃ、豊栄(とよさか)の舞、行くよ。
汐見 ええっ?
二木、榊を汐見に渡す。
汐見、榊を見つめ、ためらいながらも汐見がそれを受け取る。
CDラジカセのスイッチを入れる。
笛の音が流れ、豊栄の舞始まる。
二木が踊るのに応じるように汐見も踊る。
2人は少女に戻って、一心不乱に踊っているように見える。
曲がフェードアウトして終わる。
2人、現実に戻ったように少しお互いを見て笑う。
二木 やっぱり、汐見ちゃんすごいわ。さすが阪大生。
汐見 阪大は関係ないんと違う?
二木 いや、私藤川先生から聞いたんさ。汐見ちゃんみたいに、地道に努力できる子が最後はうまくなるんやて。
汐見 藤川先生、そんなこと言ってたの?
二木 うん。また汐見ちゃんと踊れてよかったよ。私思い出したよ、昔のこと。
汐見 何を?
二木 例えばあの頃、家族や地域の人たちに見守られていたんだっていう気持ちとか。
汐見 確かに、みんな見にきてくれてたよね。
二木 あの時、泣いているおばあさんいたなあ、ってこととか。
汐見 え、いたっけ?
二木 うん、いた。あの人もきっと何十年か前、私らみたいに巫女舞踊ったんかなって。
汐見 …
二木 だから、絶やしたくないんさ、佐奈の巫女舞。
汐見 そっか。
二木 汐見ちゃんは何か感じた?
汐見 うん。私は、なんか、ふわふわ浮いているような感じがしたかな。
二木 浮いているような感じ?
汐見 うん、それと「何か大きなもの」に触れたような感じかな。時間とか空間とか超えた大きなもの。
二木 何か、汐見ちゃんらしいなあ。(二木、満足そう)
間
7 二木の外出で、汐見困った
二木 汐見ちゃん。
汐見 ん?
汐見 そういえば私も。
二木 そういや、ここ来るときに商店街あったやん。私何か買ってくるわ。汐見ちゃんの分も。
汐見 えっ!いいよ、悪いし。
二木 いいよ、遠慮せんでも。
汐見 そんな、悪いよ。
二木 大丈夫大丈夫。私、浜田の居酒屋でバイトしているから、お金あるし。
汐見 だいたい私、もうこれから(出発しないと…と言おうとする)
二木 (被せて)本当にいいよ、遠慮せんでも。そうだ、何買おうかな?
汐見 (時計を見る)でも、友達にこれ以上迷惑をかけるわけには…
二木 (「友達」を二木が勘違いする)全然大丈夫だから!あ、財布財布。(二木、リュックから財布を探る)
汐見 でも、由比ちゃん、私これから…
と言いかけたところで玄関のチャイムなる。
汐見 はーい。
と汐見扉へ出ていき、扉を開ける。
宅配員 宅配便です。(荷物を出す)
汐見 はい。
宅配員 一ノ瀬汐見様でお間違えないですか?
汐見 あ、はい。
宅配員 (少し荷物のタグを見て)三重県の一ノ瀬様からのお荷物です。
汐見 今届いたのね。
宅配員 で、こちらにサインお願いします。
配達員、ペンを渡そうとする。そして見つける。
宅配員 (ポシェットから)あ、これで。名字だけで結構です。
とかやっているすきに、財布を持った二木がすり抜けて出ていく。
汐見、呼び止めるが、二木の逃げ足は速い。
宅配員も帰り、段ボール箱を持った汐見が少し追いかけようとするがあきらめる。。
汐見 やばいよ〜!もうあいつ姿見えへんやん。
諦めて部屋に戻る。由比の荷物を見て。
汐見 由比ちゃん荷物全部置いてったし…、そうだ携帯!あ、持ってないんだった…あいつ。なんてこった!
ちえ パンナコッタ!
汐見 うわ!うるさいわ!あ、私がセットしたんやったっけ?なんてこった。
ちえ パンナコッタ!
汐見 ひええ、ち、ちえちゃん、出発まであと何分?
ちえ あと3分です。
汐見 ひええ〜。
(自分に言い聞かせるように)とにかく待つしかない。まあ、帰ってきたらすぐ帰ってもらおう。あいつ、昔のままじゃん。猪突猛進なところ。突然来て飛んでもねえ。
汐見、二木の荷物をまとめる。
そして自分も出かける準備をする。
音響か音楽あってもよいかも。
いらいらと二木を待つ汐見。
汐見 どうする?戻ってくるか?もう鍵をかけて出る?
いや、いくら何でもアパートの外に荷物を置き去りでは、行けないし。
カギを開けたまま出る?それも治安悪いよね、
鍵を目立つところに置いて、締めといてって…いやさすがにそれは…
でも、どうやって、鍵を受け渡す?スマホない人からカギ受け取れる?
…どうしよう!
…そうだ、まずマオちゃんに先に劇場行ってもらおう!とりあえず後から行けばライブには間に合う!
汐見、LINEで連絡を入れる。
汐見 よし、これで少し時間稼ぎできたから、あとは劇場に直接駆け込めば。
時計の秒針の音。短い暗転。
明るくなる。
汐見 もう10分たってるやん!あいつ何やってんの!もう、限界。
もう荷物外に出して、カギ閉めて出る!それでいいでしょ。財布は持ってったわけだし。
汐見、二木のリュックなどと自分の荷物を持つ。
そして部屋を出ようとした瞬間に、チャイムの音がする。
二木がスーパーの袋を持って帰ってくる。
汐見扉を開ける。
二木 ただいま。あれ、汐見ちゃん。
汐見 帰って!今すぐ帰って!その荷物持って。
二木 え、どうして?
汐見 私、出なきゃいけないの!
二木 どうしたん?汐見ちゃんの分もお寿司買ってきたよ。ほら、お好み焼きも。
汐見 お好み焼き!(怒り心頭「そんなん買ってたから遅れたんかよ」)
二木 そう。商店街で見たら、めちゃめちゃおいしそうやったから。
汐見 私用事があるの!
二木 え!何?
汐見 ライブ!スナッカーズのライブ!
二木 夜じゃなかったの?
汐見 夕方6時。
二木 (時計を見る)ええっ!
汐見 それに「友達」と約束してて、今スグ出なきゃいけないの!だから帰って。
二木 え、でも。(袋を見る)
汐見 そんなんどうでもいいから。(袋を押す)
二木 じゃあ、せめて…
汐見 いいって言ってるやろ!
二木 そんな、でも…
汐見 あんた昔からそうだったじゃない。思い立ったらすぐ行動して。
巻き込まれるこっちの身にもなってよ!
間
立ち尽くす二木。
汐見は言ったことを後悔するが、鍵を締めて、二木の横をすり抜けて黙って出ていく。
二木、ぺたんとドアの前に座る。
二木 …またやってしもた。私って、何も進歩してへんよなあ。
扉にもたれるように座りながら、なんやら歌う。
二木が追い込まれた時に、落ち着くために歌う曲らしい。
思い立って、手帳に何やら(自分の携帯番号と謝罪の手紙)を書いて、それを破り取って、郵便受けの中に入れる。
そして立ち去ろうとしたとき、汐見が帰ってくる。
汐見、呆然とした様子。
二木 ・・・汐見ちゃん。
汐見 ・・・
二木 汐見ちゃん。どうしたの?
汐見黙って、カギを開けて入る。そのあと汐見に促されて、二木も部屋に入る。
8 二木の励ましと結末
二木 汐見ちゃん、どうしたの?スナッカーズのライブ行ったんやなかったん?
汐見 …中止になった。
二木 え?
今、なんて?
汐見 中止になったスナッカーズのライブ。
二木 どうして?
汐見 原さん…スナッカーズの原さんがオンラインカジノしてて。
二木 オンラインカジノ!
汐見 さっき、ニュース流れたん。原さんが2年前オンラインカジノで、多額の借金しとったんやって。
二木 ・・・
汐見 無期限停止やって、活動。
二木 ・・・
汐見 誰かが流したんやないかと思う、その情報。全国ツアーのライブの初日やからって(悔しそう)。
二木 そんな…
汐見 私、信じとったのに。原さんはそんなことせえへんって、信じとったのに。
二木 汐見ちゃん…
汐見 私さ、ネットで知り合った同担(どうたん)、つまり同じ推しの友達がおって、その人と待ち合わせしてたん。
でも、その人に電話で言われたん。スナッカーズはもう、終わりやって。
で、私何か悔しくて。なんか、胸いっぱいになって、言葉でやへんで。何も言葉でやへんで。
二木 …きっとショックやったんやろ、その人も。
汐見 うん。でも私、その人と気が合うって思とったから。友達やと思とったから…(泣く)
二木 ……
汐見 私、もう大阪にいる意味あらへんやん!
二木 …汐見ちゃん。ここはやっぱり信じたらなあかんのとちゃうかな。
汐見 え…
二木 スナッカーズの人たちのこと。
汐見 …
二木 汐見ちゃん、その人たちのこと本当に好きやったんやろ。特に原さん。その人の過去や、のし上がってきた根性や、創造性や、言葉や表情や、そんなんみんなみんなひっくるめて好きやったんやろ!
汐見 …
二木 確かにオンラインカジノは違法かもしれん。危険性高いっていうし…
でもある意味、原さんは被害者かもしれへんやん。オンラインカジノ作った人の。
やから、私は全部否定する必要あらへんと思う。
原さんって、ずっと売れんくても諦めんと、成功する日を夢見てやってきたんやろ。
そんで、やっと最近売れて成功したんやろ。
二木 復活して借金返すかもしれへんし、もっと面白い漫才するようになるかもしれへんやん。
人間って、何か間違いを犯したりするけど、それを乗り越えていく人が本物やないかな。
汐見 由比ちゃん…
二木 まあ、座ろ。食べようよ、お寿司。せっかく買ってきたんやから。
お腹すいたやろ。私がお茶入れるわ。
二木、汐見を座らせる。
二木、台所でIHヒーターにやかんをかけて、お湯を沸かす。
袋から寿司を取り出して並べる。
二木、汐見の横に座る。
二木 腹が減っては戦はできんっていうやんか。(自分で言って)ん、なんのこっちゃ。
あれ?こういうの乗り突っ込みっていうんか?お笑い詳しくないから分からへんわ。
あ、そうそう、腹が減るとなんかイライラするし、やからまず食べよ。
汐見ちゃんお腹すいてるんちゃう。私もお腹ペコペコやし。
汐見 …うん。
二木 元気出してや。さ。(寿司を勧める)
汐見、頷いて寿司を食べる。
それを見て、二木がほっとする。
お湯が沸いたようで、二木お茶を入れる。
暖かい空気が流れる。
汐見 由比ちゃん。ごめん。
二木 何?
汐見 私、酷いこと言って。
二木 何のこと?
汐見 帰ってとか、言ったこと。
二木 いいよ、いいよ。私の方こそごめん。大事なライブがあるのに、長居しちゃって。
汐見 私がはっきり言わなかったから…
二木 ううん。誰にでもあるよ、そんなこと。そんなこといいからさ、さ、食べよ。
汐見 うん。(汐見少し食べる)
二木 汐見ちゃん。
汐見 ん?
二木 励ましになるかどうかわからんけど、実は石見神楽もかなり批判されたことがあるんやよ。
汐見 え?
二木 神に奉納するという本来のあり方と違うとか、目的を忘れてるとか。
石見神楽って、花火使ったり、スモークバンバン焚いたり、レーザー光線使ったりとかするんさ。
衣装も本来は質素な衣装やったらしいんやけど、どんどん派手になって、音楽や舞もどんどん早くなって。
もはや神楽ではない、ただの見世物やって批判する人たちもいたんやて。
汐見 へえ。
二木 でもさ、これも私の意見やけど、いまの石見の人たちは全然そんなんに負けてへんように思えるんさ。
どんなに批判があっても、八百万の神様に捧げるという心は忘れへん上で、自分たちのやりたいことをやるんやって。そういう意思を舞や音楽から感じるんさ。
汐見 そうなんだ。
踊る人の想いだけでなく、それを見る人の楽しさや喜びもひっくるめて、全部神様に奉納する。
それが私が見たい神楽やと思う。
汐見 由比ちゃん。
二木 ん?
汐見 成長したね。
二木 え?(びっくり)でもごめんね、猪突猛進なとこ全然変わってなくて。
汐見 ううん。なんか、成長した由比ちゃんに会えてうれしい。
二木 あんまり褒めんといてや、調子に乗るから。
汐見 (笑い)
二木 きっと復活するよ。スナッカーズ。だからまた応援しよ。
汐見 うん。
二木 元気出せや。あ、ぶどうジュース、飲も!
汐見 うん。
「あれ、元気出るで!」とか言いながら、二木、冷蔵庫に入っているぶどうジュースを持ってくる。
それをコップについで。
二木 じゃ、改めまして、再開を祝して。
二人 乾杯!
二人乾杯する。口をつける。
二木はうまそうに飲んで、汐見はせき込む。
汐見 由比ちゃん、これ?まさか…
二木 (口に手を当て)しーっ!(お客さんを見渡して)お客さん見とるやんか。
汐見もお客さんを見る。そして笑う。大笑い。
二木 まあええやん、ちょっとくらい。
汐見 由比。(真顔で、ちょっと怖い口調で、初めてちゃんなしで呼ぶ。立ち上がる)
二木 ん?
汐見 立って
二木、ただならぬ雰囲気を感じて立ち上がる、
二木 はい…(反省のポーズ)
汐見 (二木の姿に満足し)由比ちゃん。
二木 …(顔をあげる)
汐見 私、万博行くから。明日、神楽見に行くから。
二木 え…うん!
うれしそうな二木と汐見が見つめあうストップモーション。
豊栄の舞の笛が流れる。
参考文献:
1 日本遺産ポータルサイト 神々や鬼たちが躍動する神話の世界〜石見地域で伝承される神楽
https://jApAn-herItAge.BunkA.go.jp/jA/storIes/story079/
2 カクヨム 神楽と民俗学ー西日本の事例を中心に FZ100
(特に文中の俵木悟(成城大学文芸学部)の講演抜粋を参考にしました。
https://kAkuyomu.jp/works/1177354054885733818
3 NHK 相次ぐオンラインカジノ問題 狙われる日本依存の実態と対策
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250223/k10014730971000.html
4 数字であそぼ1 絹田村子(フラワーコミックスα)
協力:佐那神社 山下高史宮司(地域の実情を取材させていただきました)
御厨神社 藤川栄子禰宜(巫女舞指導)
石見西村神楽社中 劇中の動画「大蛇」の映像の上映を許可していただきました。
チャットGPT(いろんな調べものやアイデア出しに使用しました)
Canva 架空の芸人スナッカーズのポスターを作りました
本当にありがとうございました。