『虹の向こうへ』 二〇〇七年十一月二十二日
作 : 三重野 鶯介(三重高校演劇部)
登場人物
ドロ子 井戸路子。小津高校の幽霊?
タカシ 山田野崇史。小津高校2年、キネマトグラフィー研究部の部長。空回り。
ヒコ 天満彦一。小津高校2年、キネマトグラフィー研究部の部員。ヲタク。
レオ 川戸玲央。小津高校2年、キネマトグラフィー研究部の部員。気弱。
チカル 西野知夏瑠。小津校2年、生徒会会計。通称、鬼会計。
マルベ 丸辺恭二。尻薄数英ゼミナールのチューター。
不良A/B/C/D
長澤さん 長澤もなみ。小津高校2年3組。学年のアイドル的存在。
恵麻先輩 栗田恵麻。小津高校3年の秋からアメリカに転校。映画界の気鋭。
♯1 プロローグ
高校。
多くの少年少女が大人でもなく、子供でもない中途半端な立場で過ごす三年間。そこでの生活には、いったいどんな意味があるのだろうか。
ぼーっと、緊張感なく過ぎてゆく授業。
国語とか、英語とか、数学とか、そういう勉強だけしていれば、いいのだろうか?
確かに学校の勉強も、大切だろう。
でも、それだけでいいのだろうか?
ある者は、スポーツの勝負に3年を費やす。でもスポーツを選ばなかった高校生はどうだろうか。仲間と一緒に一つのモノを作り出す、たとえば、映画作り、それに打ち込む高校生たちがいたっていいのではないだろうか。
この劇は秋のある日の、歴史ある映画研究部の部室から始まる。
客電が消えると、「Over The Rainbow」が流れ、ダークオープン。
タカシ・ヒコ・レオの三人がスポットの中に現れる。恵麻の声はナレーション。
恵麻先輩 タカシ。ヒコ。レオ。
今から私がする話をよく聴いてね。
私、来月からアメリカに行くことになったの。
三人 え?
恵麻先輩 映画の勉強をするために
タカシ 先輩…。
ヒコ 本当ですか?
レオ すぐ帰ってくるんでしょ?
恵麻先輩 ううん。向こうの大学を卒業するまで帰ってこないつもり。
タカシ そんな…。
ヒコ 冗談でしょ?
レオ そうですよ。
恵麻先輩 だから、あなたたちにお願いがあるの。サヨナラする私の、最後のお願い。
私たちの、キネマトグラフィー研究部を守っていって。
キネ研の伝統を守って、いい映画を作っていってね。
♯2 映画研究部
音楽が大きくなり、スポットがゆっくり消える。クロスで部室が明るくなる。そこは古びた映画研究部の部室である。壁には古びた映画のポスター。古びた表彰状、トロフィーなど。音楽がフェードアウト。
女性が入ってくる。生徒ではなさそうだ。
女 こんにちは〜?
無人の部室からは誰も答えない。
女 お邪魔しますよ〜。
部室を見渡し、机の上に溢れかえっている脚本などを見ている。
女 へ〜。パソコンが置いてある。アタシがいた頃はこんなもの無かったのに。……でも散らかり具合はいまでも一緒ね。
女、部屋の隅に女子用の制服を見つける。
女 あ。(手に取る)制服……。衣装かな?
女、何かを思いつく。
女 (見渡して。入り口の方へ行き、廊下も入念に見渡して)ちょっと……着てみてもいいかな……?
女、下手にはける。すぐに、制服を着て現れる。
女 おっ、着れる着れる!
女、制服を着ている自分を確かめる。と、人が来る気配がする。部員が来たのかもしれない。どうしようか逡巡するが、急いでロッカーに入る。
キネマトグラフィー部現部長である、タカシが一人で入ってくる。
タカシ こんちゃ〜っス…。
タカシ、物であふれかえっている机を掃除する。椅子に座ると、ポケットから紙を取り出し、しげしげと眺める。実はこれ、文理選択のアンケート用紙である。ため息をつく。
思い出したように携帯電話で電話をかける。
タカシ もしもし(タカシ) 母さん、何だった?(今どこにいるの?) 学校。(遅いじゃない、きょうは塾の日でしょ。) きょう、面談があったんだよ。(面談?) そう、3年の選択科目の話。(そう。それであんたどう書いたの?) まだ、これから考えるところ。(そう。それはそうと、今日もサボってクラブなんかに行ってるんじゃないでしょうね。) ……クラブなんて行ってないよ。(昨日あれだけお父さんに言われたの忘れたんじゃないでしょうね。) 分かってるよ。(きょうは必ず行くのよ。それに定期試験の結果も、返ってるんじゃない。) うん。今日返ってきた。(じゃあ、家に帰ったら見せてね。) うん。分かった(必ず塾へ行くのよ) 分かってるよ。(じゃあね)うん、切るよ。
電話を切る。ため息をつくタカシ。
実は途中でレオが入ってきて、じっとタカシを見つめている。
レオ ……。
タカシ わ、お前いたのかよ。
レオ ……(うなづく)。
タカシ 来てるんなら、言えよ。
レオ それ、授業選択の紙?
タカシ ああ、そうだよ。
レオ ふーん。
タカシ レオは決めた?
レオ まぁ、だいたいね。
タカシ そっか。
レオ きょう何すんの?
タカシ 前半、筋トレ。後半、打合せ。だから体操服に着替えといて。
レオ ……(何か言いたい)
タカシ どうしたの?
すると突然部室の外から声。
ヒコ キネけ〜ん、キネけ〜ん……
タカシたち怪訝な顔をする。
ヒコ マジMMキネけ〜ん! 「マジ」「ムサイ」「メタボリック」キネマトグラフィ研究部ぅ。
ヒコ部室の入り口に現れて、扉を開けて中に、
ヒコ m9(^Д^)プギャーーーッ!!
タカシ一度呆れてからダッシュでヒコを追う。ヒコ逃げる。二人で部室の外へ。外から鈍い「ドカッ」という音と共にヒコの「ごめんなさブッ!!」「すいませっ…すいませんでした!!」と悲鳴に近い声。
タカシ、ヒコの首根っこを掴んで部室に連れてくる。
タカシ 「こんにちは」は?
ヒコ コンニチワ。
タカシ 「ごめんなさい」は?
ヒコ ごめんなさい。
レオ ヒコも、キネ研でしょ……?(かわいそうな子を見るような目で)
ヒコ ……。
タカシ、自分が座っていた椅子に戻ろうとする。
ヒコ ギョメンナサイ!!(腹が立つように)
タカシ、振り向いてヒコに向かっていく。
ヒコ ごめんなさい! ごめんなさい!
タカシまた椅子に戻っていく。
ヒコ ギョメン。
ヒコ言って逃げる。タカシダッシュで追う。タカシがヒコを殴っている声と音。ヒコがタカシの首根っこを掴んで戻ってくる。
ヒコ んだ、こら! 何様だこらぁ!!……ごめんなさいはぁ!?
タカシ ご、ごめんなさい!
ヒコ 戻れよ!!
タカシ はい!!
タカシ自分が座っていた椅子へ
ヒコ ったくよぉ調子こいてんじゃねえっつの!!
#3 生徒会の部活つぶし
ヒコ んで、何? その紙。
タカシ ん? 3年の授業選択の紙。
ヒコ タカシはどうせ、国立理系で決まりだろ?
タカシ それがさ、ちょっと迷っちゃって。
レオ 今から文系に変えようっての?
ヒコ まあ、理系だろうが文系だろうが、どっちでもいいじゃん。俺よりずっと成績いいんだから。
タカシ お前と比べられても。
ヒコ 俺なんて、今回の期末テストの赤点、一つ、二つ……以外全部だぜ!!。(なぜか胸を張って)それより、タカシ、ビッグニュース。これ読んだ?(二人に)
タカシ え、何?
レオ 小津高新聞?
ヒコ そう、最新号。
持ってきた新聞を見せる。
タカシ 何?「演劇部、鯖江市で行われる中部大会に出場決定。」
レオ お、すっげぇ。
ヒコ そこじゃなくて、ここ。
タカシ 「マン研廃部確定か?」だって。
レオ マン研って…。
ヒコ そう、マンガ研究部。昨日、チカルちゃんの突然の査察受けて、廃部決定らしいよ。
タカシ 「チカルちゃん」って生徒会の鬼会計「西野チカル」!?
ヒコ そう。マン研の人たち、昨日部室でお菓子食べながらゲームしてたらしくて。そしたらいきなり生徒会の人たちが部室に入ってきて、……「覚悟しときなさい」って。
タカシ あちゃ、で。
ヒコ マン研の人たちここ1年、まともな活動してなかったし、そんなとこ見られちゃったから、その場で即引導渡されたらしいよ
レオ へぇ…それにしても、小津高新聞って、こんなのあったっけ?
タカシ そう、僕も初めて読んだ。
ヒコ 新聞部の連中も最近じゃチカルちゃん恐れて、まじめにやってるって言ってた。何しろこれで3つ目だもん、つぶされたクラブ。
タカシ 何だったっけ。漫画研究部と、落語研究部と……。
ヒコ たしか、オチ研とマン研と、あと何だっけ?
レオ え〜と……ボディ部!
ヒコ、レオの顔を見る。
ヒコ それだ、ボディビルディング部。
ヒコとレオ、客席に向かって全力の笑顔でマッチョポーズ。
タカシ ……そんな部、あったのかよ。(ちょい引きめ)
ヒコ まだまだやる気だよ、チカルちゃん。だって両親が公認会計士で、わが小津高校の成績トップ。将来は東大法学部に進んで、脱税する企業やらを取り締まる、マルサの女になるんだって。
タカシ なんでそんなこと知ってんだよ。
ヒコ (ニヤリ)
タカシ (怪訝な顔をして)……鬼会計西野チカルかぁ。今日辺りもどっかの部活で悲鳴があがってるんじゃないかな。
レオ うちも怖いよね。
ヒコ そうだよね。俺たちも先輩がアメリカ行っちゃってから、たったの三人だし。
タカシ 血も涙もないからなあ、西野チカル。
ヒコ え、でも、チカルちゃんにも結構やさしいとこあるんじゃ…ない…か…なぁ?。
タカシ え?
ヒコ 俺には分かる。彼女はツンデレなんだ!!
タカシ ……ツンは滅茶苦茶分かるけど、どこがデレなのさ?
ヒコ そこは、男の勘……いや、ヲタクの勘、ってやつ。
タカシ 何がヲタクの勘だよ。
ヒコ 俺、結構ファンなんだ(真剣)
タカシ へえ。(ちょい引き&受け止めて)ところでさ、西野チカルが部活つぶすのって、何か基準があるわけ?
ヒコ ……タカシ、この前の生徒総会で配られた通信読んでないのか?
タカシ いや、全然。
ヒコ 生徒会に参加するのは生徒の義務だろうが!!。
タカシ ご、ごめん、……ヒコって意外にまめなやつだな。
ヒコ、かばんから紙を取り出す。
ヒコ 部活動存続の条件。一、顧問一名以上、部員三名以上が在籍していること。二、部活動において、明確な成果と学校への貢献があること。(紙しまいながら)部員はちょうどだけど、後ろのはやばいよね。映画、作ってないもんね(笑)
タカシ そりゃ今は……実績は全然だけど、でもそれはこれからなんとかしないと。
ヒコ そりゃ、そうだけど、あるじゃん、ほら。あの問題が。
タカシ ……(立ち上がりながら)まあ、とにかく着替えだ。(ロッカーの方へ移動)今日は筋トレ、その後次回作の打合せだぞ。
タカシ、ロッカーの扉を開ける。
ヒコ タ・カ・シ。ヒコ、お願いがあるの。(急に女言葉で)
ロッカーの中には、制服を着た女が硬直している。しかしタカシは呼び止められて気づかない。
タカシ 何?
ヒコ きょうアタシ、疲れちゃった。筋トレ無しにしない?
タカシ (ロッカー閉めて)何言ってんだよ。恵麻先輩と約束しただろ。キネ研の伝統守っていくって。
ヒコ でも、6限目体育で校庭3周も走ったんだよ。俺疲れちゃって。
タカシ そんな言い訳はなし。
ヒコ ううぅぅぅ…レオ、レオはどうなの?
レオ ごめん。きょう僕用事があるから5時に帰る。
ヒコ ほら、レオも帰るって言ってるしぃ!!
タカシ ヒコ! ちょっと待て。レオ、帰るって、どうして?
レオ ちょっと、どうしても行かなくちゃならないところがあるんで。
タカシ ちょっと待てよ。映画祭まであと二ヶ月なんだよ。すぐ決めないといけない事だってあるのに。
レオ ごめん。
タカシ ごめんじゃないだろ、理由何?
レオ ……ちょっと……風邪気味で。
女 (ロッカーから)へっぷし!!
タカシ なんだよそのわざとらしいくしゃみは。嘘だろ。
ヒコ ちょっとまって、今のくしゃみ、……誰?
♯4 ドロ子登場
顔を見合わせ、全員あたりを見回す。何も物音はしない。三人以外の人の気配はない。
ヒコ そういえば、この部室に伝わる話、知ってる?
タカシ えっ、どういうの?
ヒコ 昔、ここで自殺した女生徒がいたって話。
タカシ 本当かよ。
ヒコ 先輩から聞いたんだよ。首吊りらしい。何でも何十年か前の映画研究部の部員で。
タカシ 確かにここ古いし、何か出そうな感じはするよな。な、レオ。
レオ、目を閉じ、耳を塞いで震えている。
タカシ レオ? ……おい、レオ。
ヒコ、何かを思い出したようにレオの背後に忍び寄り……
ヒコ わっ!!
レオ うわぁぁぁぁ!
突然の悲鳴とリアクションに二人ともビックリ
ヒコ レ、レオ……お前。
タカシ レオ、霊とかに敏感なのかなあ……霊なんているわけないだろ?
ヒコ ちょっと待って! もし幽霊が、美少女だったら……(でへぇ)
タカシ 喜ぶのお前だけだろ!?
ヒコ ここらへんかな?
ヒコ、ロッカーを少し開けて正面から中を見る。女と目が会う。会釈。扉を閉めながらゆっくりと振り返る。
ヒコ 幽霊がいる……。
タカシ え? 美少女の幽霊?
ヒコ え……微妙……。
女 (扉が突然開いて)微妙って何よ!
ヒコの言葉をきっかけに扉がバーンと開き、制服を着た女が出てくる。三人は幽霊を見る。女は自分が見つかったことに気づく。
四人 あーーーーー!!
みんなあたふた。
タカシ だ、だ、だ、誰ですか?
女 えっ!? え、えーと……幽霊です。幽霊!
ヒコ 幽霊?
女 そう、キネ研のロッカーに、昔から住んでいる、幽霊。えー……「ロッカーのドロ子さん」です!
タカシ ロッカーのドロ子さん?
ドロ子 そう、ロッカーのドロ子さん!
レオ 昔自殺したっていう。
ドロ子 そう、昔自殺した!
ヒコ なんで死んだんですか?
女 え? も、盲腸とか!(?)
タカシ え、じゃあ、先輩ですか?
間。
ドロ子を名乗った女(以下ドロ子)、竹刀を取り出して。
ドロ子 (竹刀で床をドン)そう、あんたたちみたいな情けない後輩を何とかするために現れた、先輩の幽霊です!
三人、正座。
ドロ子 だいたい、なんて情けない男どもなの! たかが幽霊の一匹や二匹にがたがたがたがた。恥を知りなさい。恥を。それに何よ。ここは40年の伝統ある、数々の賞を受賞してきた、『キネ研』ことキネマトグラフィー研究部。映画を作るクラブなんでしょ。それをだらだらだらだら、これじゃ、ただのオタク集団と変わらないじゃない。
ヒコ よく言われます。
ドロ子 よく言われんな! (ヒコを竹刀でつつく)トレーニングサボってだらだらやってるから、そろいもそろってぶくぶく太った、締まりのない体になるのよ!
レオ 自分でもわかってるんですから、そこまで言わないでくださいよ。
ドロ子 いえ、はっきり言います。肥満体は、女性からみたら、魅力ゼロです。ゼロ。
ヒコ (放心)
タカシ うぅ……。
ドロ子 悔しかったら、痩せて、腹筋割って見せなさい。
レオ 無理ですよ。
ドロ子 無理じゃない! あんたらキネ研に伝わる標語、知らないの?
ヒコ (放心)
タカシ 何ですかそれ?
ドロ子 「不可能だからできないんじゃない。不可能と思うからできないんだ。」
タカシ へぇ〜。
ドロ子 「へぇ〜」じゃない! 気合が足りん、気合が。キネ研の伝統はまず筋トレ。「走らないキネ研はただのオタク集団である」
タカシ 知りません。
ドロ子 こういうのもあるわ、「狼は走れ、豚は死ね」
ヒコ ぼくら家畜ですか?
ドロ子 とにかく放課後になったんだから、さっさと活動するわよ!!。
レオ (恐る恐る手を上げて)
ドロ子 何?
レオ ……(ぼそぼそ言う)
ドロ子 はあっ? はっきり言え、はっきり。
レオ あの、そろそろ帰りたいんですが。
ドロ子 はあ?
レオ 用事が。
ドロ子 用事って何よ?
レオ …
ドロ子 どうしても行かなきゃならないとこなの?
レオ (クビを縦に振る)
ドロ子 あんた何言ってるの?(迫力)
その時、メールの着信音がする。レオ、あわててポケットから携帯を取り出し、メールを確かめようとするが、それをドロ子が奪う。
レオ、奪い返そうとするが、ドロ子かわしながらメール読む。
ドロ子 必ず来い、約束忘れるなよ。何これ?
ドロ子、返信メールを打つ。
ドロ子 返信。
タ・ヒ えっ!?
ドロ子 「無理です」……送信っと。
ヒコ あ、送っちゃった。
ドロ子 よし! これで問題はなくなった。
ドロ子、携帯をレオに返す。レオ、うずくまる。
タカシ どうした? レオ? レオ?
ヒコ レオ? 大丈夫。
ドロ子 情けないわね。このぐらいやらないと映画なんて作れないわよ。さ、さっさと会議するわよ。……ほら! グダグダしない!
タカシ、ヒコ、さっと、レオ、とぼとぼと席に着く。
#5 企画会議
ドロ子 で、あんた達、映画撮る気はないの?
タカシ あ……このエメラルド映画祭に出すためのドラマを作りたいんです。(壁に貼ってあるポスターを指差す)
ドロ子 エメラルド映画祭?
タカシ そう、高校生向けの映画祭。
ドロ子 それは知ってるけど、競争率高いわよ、エメラルド。……シナリオは?
ヒコ ……これです。
三人、めいめいに脚本を取り出す。
ドロ子 ……『虹の向こうへ』。作・栗田恵麻。……え? クリタエマ?
タカシ うん、僕らの先輩。僕ら小津校キネ研は、去年エメラルドで金賞を取ったんだけど、
ドロ子 えっ!
タカシ ほとんど恵麻先輩が一人でやったんだ。
三人、懐かしむように、飾ってある盾を見上げる。ドロ子、視線を追って盾を見に行く。
ドロ子 ……ホントだ。「小津高校キネマトグラフィー研究部 金賞」って書いてある……じゃ、その、クリタエマはどこ?
レオ ……恵麻先輩は、もういないんだ……。
タカシ 映画の勉強をしにいくって、秋からアメリカの高校に留学しちゃった。
ヒコ だから、キネ研も俺たち三人だけ。
タカシ 僕らだけで、撮らなきゃいけないんだけど……。
ヒコ 正直無理じゃん? 俺たちだけだなんて。
レオ どうしたらいいか、わかんないことばっかりだよね。
ドロ子 何言ってるのよ! アタシが教えてあげるから、撮るのよ!!
三人 ……本当?
ドロ子 アタシを誰だと思っているのよ。「ロッカーのドロ子さん」よ?
タカシ ……関係あるの?
ヒコ ……さぁ。
ドロ子 ……(無視して)じゃ!! さっそく始めましょう。まず、このシナリオは、どんな話?
レオ (食いついて)内気な少年が成長していくファンタジー。
タカシ (食いついて)彼にはね、憧れの少女がいるんだ。それでその彼女に写真のモデルになって欲しいんだけどね、話しかけられないんだ。
ヒコ (食いついて)でもそこに幽霊の少女が現れて、その幽霊と話してるうちに、少年はだんだんと彼女に話しかける勇気を持って行くんだ!
ドロ子 ふーん……おもしろそうね。シナリオができてるんなら話は早いわ。で、俳優は?
三人、沈黙。間。
ドロ子 何? はっきり言う!(竹刀でバシッ)
タカシ ああ! 待ってロッカーのドロ子さん先輩。まだ問題があるんです。
ドロ子 「ドロ子先輩」でいいわよ。何? 言ってみなさい。
タカシ えっ……と。あの、その……ヒロインの役が、まだ居ないんだ。
ドロ子 ヒロイン? ……ああ、ヒロインね!(もしや!?)
タカシ 主要なキャストで、内気な少年と、幽霊の少女役はもう頼んである。
ヒコ 他の端役は僕たちで何とかする。
ドロ子 うん、それで?
タカシ で、主人公の少年が憧れる髪の長い美少女。この役がまだ決まってないんだ。
ドロ子 (さりげなく髪を解いて長い髪をアピールしながら)髪の長ぁい美少女ぉ? ……ま、あんた達の言いたいことはなーんとなくワ・カ・ル・ケ・ド、でもちゃんと言ってみなさい。
タカシ じゃあ、ヒコ言って。
ヒコ 俺? いや、タカシ言いなよ。
タカシ 僕は嫌だよ。じゃぁレオ。
レオ (力の限り拒絶)
ヒコ レオには無理だよ。やっぱタカシ……
ドロ子 ちゃんと聞いてあげるからぁ、三人で言いなさいっ。(困っちゃうなぁ)
三人 ……せえの、三組の長澤さん。
ドロ子 (うんうん……)……え?
ヒコ 見つめられると胸の奥がきゅんとなる、そのつぶらな瞳!
タカシ 心をくすぐられるような、風になびく長い黒髪!
レオ いつの間にか目が引き寄せられている、その可憐な姿!
三人 この映画の主役は長澤さん以外にない!
ドロ子 え? ……長澤……さん?
ヒコ うん。ちなみに先輩には監督をお願いしたいと思ってるんだ。
ドロ子 ……あぁ、うん。監督、ね。別に……いいけど?
三人 ありがとうございます!!
ドロ子 ……。
タカシ まぁ、とにかくキネ研全体の判断としては、長澤さんにお願いすべきだと思ってるんだ
ヒコ だから、キネ研の現部長、山田野タカシがさっさと交渉に行くべきだっていってんだよ。
タカシ だから、それちょっと待ってよ。
ヒコ しかもお前、小学5年生から6年生と長澤さんと同級生だったんだろ?
タカシ 確かにそうだけど。でも色々あるんだよ、同級生だったってのも。
ヒコ 何わけわかんないこと言ってんだよ
レオ そうそう。
タカシ だから、あるだろ、どうしても言えないっていうことさ。
ヒコ 嘘ばっかり。
タカシ 正直に言います。小学校のころ、「何か」、あったんです。
ヒコ やっぱり。
レオ 何か嫌われるようなことしたの?
タカシ うっ(ぐさ)……だからヒコ様! この交渉だけはよろしくお願いします。(ヒコを拝む)
ヒコ 俺なんか、クラスではオタクで有名なんだよ? 断られるに決まってるじゃん。
タカシ そこを何とか。そうだ、レオは?
レオ (ぶるぶると首を横に振る)
ヒコ タカシ無責任すぎ。
タカシ そりゃ僕も分かってるけどさ。
ヒコ だぁかぁらぁ!
男 ハーハッハッハッ!
ドロ子 げえっ、また何か来た!
どこからか、知らない男の笑い声が。ドロ子、ロッカーに隠れる。
タカシ あれ? ドロ子先輩!?
♯6 チューター丸辺
マルベ、ツカツカと部室に入ってくる。
ヒコ 誰ですか?
マルベ ふふふふふ。
レオ 分かった、変態ですね。
マルベ ははは(スーツのジャケットを開いて)これを見ろ!
三人 うわぁ(どんびき)
マルベ だあっ。違う!
レオ やっぱり変態じゃないですか。
マルベ 違うと言っているだろ。
ヒコ (なよなよと座りながら)きゃあー、分かったわ、あなたは私を襲いに来た野獣ね。もう、しょうがないわね。(セクシーに寝転んで)かもーん(山田花子ネタ)
マルベ 吉本か!! 私は、そこの彼に用事があってきたんだ。
タカシを指差して。
三人 えっ。
タカシ 僕?
マルベ そうだ。
ヒコ (急にまじめに)お前、変態と知り合いだったのか?
マルベ 違うといってるだろ。(急にまじめになって名刺を取り出し)私はこういう者です。
ヒコ (名刺を受け取って)何々、ケツボ。
マルベ (外人のように人差し指を振って)ノノノノ。ケツボじゃなくて、しりうすです。尻薄数英ゼミナール。
レオ へえ、お尻に薄いって書いてシリウスって読むんですか。
マルベ ノノノノ、シリウスじゃなくて、しりうす、塾長の苗字です。
タカシ このあいだから、僕が通いはじめた塾だよ。
ヒコ じゃあ、やっぱりお前知り合いじゃん。
タカシ でもこんな人は知らないよ。
マルベ 知らないのも無理ありません。私は、今度尻薄数英ゼミナール小津校を立て直すために、昨日から派遣されたチューターの丸辺(マルベ)でございます。
レオ そのチューターさんが何の用ですか?
ヒコ いきなり入ってくるなんて非常識ですよ。
マルベ その原因は、(いきなりタカシを指差す)あなたにあるのですよ。タカシ君。
タカシ 僕が。
マルベ 胸に手を当てて、よーく考えてごらんなさい。
ヒコ&レオ、自分の胸に手を当てる。ヒコ「はっ!?」とする。
マルベヒコに「お前に言ってんじゃないっ」と突っ込む。
タカシ あっ。
マルベ そうでしょ。あなたは昨日塾をサボりましたね。ご両親から絶対サボるなと言われているのに。
タカシ 確かにそうだけど。
ヒコ (レオに)でも、そんなんで塾の先生が普通追いかけてくる?
マルベ チチチ、そこが、他の塾と尻薄の異なるところですよ。当塾の最大の売りは「しつこいくらいの面倒見のよさ!」でございますので。
レオ 一度かかった獲物は逃がさないってことか。
マルベ また小学1年生から高校3年生、ひいては大学のリポート作成にいたるまで一貫指導が売りでございますから。
ヒコ 塾の少子化対策も大変ですね。
マルベ さぁ、君も入ってみないか? しりうす、しりうす、数英ゼミナール!
ヒコ、レオ次第にマルベにつられ一緒にやりだす
マルベ ありがとぅ……!
ヒコ、レオ満足気。
タカシ ……。
マルベ (真面目になって)タカシ君、君はお父さんの気持ちを考えたことがあるかい?
タカシ ……。
マルベ 君のお父さんは小さいころから家が貧しく、苦労して大学を出られて、今では病院の事務長をされているよね。そのお父さんが望むのは、君が勉強に専念し、大学の医学部へ入学し、立派なお医者さんになって欲しいということ。
タカシ そんなの、あんたに言われなくても分かってるよ。
マルベ その大切な高校生活を、こんなところで、部活にうつつを抜かして過ごしてしまっていいのかな?
タカシ 僕の成績がよくないのは、キネ研のせいじゃない。
マルベ うん、映画研究部そのものが悪いとは私は思わない。私だって、映画は好きだからね。でも、君の勉強時間が今、足りていないのは事実じゃないかな?
タカシ ……。
マルベ それとも、映画で食べていくの?
タカシ それは……。
マルベ それだけの、映画の才能があるのかな?
タカシ ……。
マルベ 人に与えられた時間は誰しも24時間しかない。こうやって話している間にも、全国のライバルはガリガリ勉強をしているんだよ。
タカシ ……あんたに何が分かるっていうんだ。
マルベ 成績表を見ると、数学や物理の成績が振るわないようだね。このままじゃ医学部は厳しい。自分でも、気づいているんだろ?
タカシ ……僕は、別に医者になりたいんじゃない。
マルベ じゃあ、何になりたいというの?
タカシ それは……
マルベ それを、お父さんに言える?
タカシ ……
マルベ 無理だよね。お父さんの気持ちを考えると、何も言えなくなっちゃうよね。 (タカシの肩をぽんと叩き)さ、私と一緒に塾へ行こう。私たちの言うとおりにしていれば、ちゃんと勉強ができるから。(声色とは別に、顔は達成感の笑み)
タカシ ……(うなだれる)
ヒコ&レオ、目を合わせる。突然、ヒコがマルベの前に飛び出す。
ヒコ (マルベをタカシから引き離して)あのね、タカシは俺たちと映画を作るの。邪魔しないでくれる。
マルベ ん?
ヒコ どうしても連れて帰るって言うなら、俺を倒してからにしてもらおうか。
ヒコ、ファイティングポーズ。
マルベ ……ほぅ。私と戦うつもりか?
マルベ、不気味にヒコに向き直り、指をポキポキ鳴らす。マルベもファイティングポーズ。強そう。
ヒコ (手でコイコイ)
マルベ では行かせてもらおう。……あ、UFO!
ヒコ え? どこ?
マルベ、ヒコをビンタ。
ヒコ ……。
構えを変えるヒコ。
マルベ あ、チュパカブラ。
ヒコ えぇ! どこどこ!
もう一度ビンタ。
ヒコ ……二度もぶった……親父にもぶたれたことないのっ
マルベ言い切らせないままビンタ。きりきりと崩折れるヒコ。
タカシ ヒコ!?
レオ、おずおずマルベに近づいていく。
レオ …あ、あの…
マルベ あ!?
レオ いや…その…
レオ静かに入り口付近に逃げていく。
タカシ レオ!?
マルベ ふふふふ。さあ、タカシくん。私と一緒に塾に戻ろう。私たちの言うことを聞いていれば、ラクになれますよ。
ヒコ、その時むくっと起き上がる。
ヒコ 待て。まだ僕は負けてないぞ。
マルベ こしゃくな。(マルベファイティングポーズ)
ヒコ ふん、暴力でしか勝負できないとは、単細胞なやつだな。
マルベ 何を。
ヒコ ここは頭脳で勝負だ。ちゃちゃちゃちゃっちゃちゃあ。(ドラえもんのようにポケットから取り出す)。
マルベ それは?
ヒコ ふふ、DS。まさか怖気づいて、逃げ出すんじゃないだろうな。
タカシ どこが頭脳だ。
マルベ ふん、望むところだ。ちゃちゃちゃちゃっちゃちゃあ(マルベもポケットからDSを取り出す。)受けて立とうじゃないか。
タカシ 何で持ってんの?
ヒコ おぬし、やるな。
タカシ まあいいや、とにかくヒコ、がんばれ。
ヒコ いくぞ。
2台分のゲーム音。客席の方を見ながら、ゲームに熱中する2人。
♯7 生徒会鬼会計の査察
そこへ記録用バインダーを持ったチカルが入ってくる。
チカル 失礼します。
タカシ、レオの2人は、ヒコを応援。後から、「あの」「お取り込み中すいません」夢中で気づかないタカシたち。でもやがてタカシ気づいて。
タカシ (顔を上げずに)どなたですか?
チカル 生徒会から来た、会計の西野チカルです。
タカシ・レオ ええっ!
マルベとヒコはまだゲームに夢中。
チカル ここ、映画研究部ですよね。
タカシ は、はい。
チカル これ、部活動の一貫ですか。
タカシ いえ、これはその。ちょっと次の映画のシーンの練習をしようかなっと。
チカル (軽く流して)あちらの方は?(マルベを示す)
タカシ あれは、ええと。
チカル どうも、生徒ではなさそうですね。
チカル、マルベに近づき、メガネを指であげて、ゲームをしているマルベの肩を叩く。それを見て、ヒコ、驚いてゲームをやめる。マルベ、ようやく気づいて。
チカル あの、すいませんが、どちら様ですか?
マルベ ん、あんた誰?
チカル それはこっちが聞いているんです。お名前は?
マルベ あ、ええと。
チカル お名前は?
マルベ 私は、尻薄数英ゼミナールの?
チカル 尻?
マルベ だから尻薄数英ゼミナールの。
チカル どういう関係でこの学校へ?
マルベ それは、そのええと。
チカル 入校許可証はお持ちですか?
マルベ 入校許可証?
チカル そうです。
マルベ え、その、あの。
チカル 当校では外部の方が入校される際には、事務所で入校許可証を発行していただく決まりとなっています。
マルベ はあ。
チカル それをお持ちでないということは、あなたは不法侵入者ですね。
マルベ 不法侵入者?
チカル 許可証がないなら、そうじゃありませんか。
マルベ そんな私は。
チカル 出て行ってください。
マルベ でも。
チカル 警察呼びますよ。
三人 そうだそうだ。
マルベ (タカシらに)あんたら、説明してくれ。
チカル (携帯電話を取り出し)……もしもし、警察ですか? (私小津高校生徒会の西野チカルと申します。今、学校に不法侵入者が…)
マルベ タ、タカシ君! また会おう!
マルベ、あわてて出口から出て行く。
三人 やった。
チカル、電話をたたむ。
レオ (ヒコに)やっぱり、西野さん、すごいね。
ヒコ (レオに)あんなにすっと警察に電話するなんてな。
チカル 本当に電話するわけないじゃないですか。……映画研究部さん。いったいどういうことですか。校内でゲームを行なうのは、校則で禁じられていますよね。
タカシ はい。
チカル 昨日も部活中に、ゲームをしている部があって、廃部に向けて話が進んでいるのは、ご存知ですか?
ヒコ はい、知っております。
チカル にもかかわらず、こういう状態ということは、廃部になっても構わない、という意思表示と考えてよろしいわけですね。
タカシ これには、深いわけが。
チカル 生徒会予算は限られています。しかし、これまで長い間予算は変えられてきませんでした。当然、学校への貢献度の高いクラブに予算を重点配分し、活動していないところは削る。この前の生徒議会でもそういう議決がなされたのはご存知ですよね。
タカシ はい。
チカル (書き込みながら)まあ、廃部は免れませんね。
三人 そんな……!
チカル (つぶやくように)……栗田恵麻先輩がいらっしゃった頃は、こんな風じゃなかったのに……。
チカル、出て行こうとする。
タカシ 西野さん! 西野さんは恵麻先輩のことご存知なんですか?
チカル (向き直って)1年生のときの文化祭でたまたま、先輩の作られた映画を見て。難しい映画だったんですけど、私、高校生がここまでやれるのかと、感動したんです。
三人 ……。
チカル 先輩が転校されて、小津高での楽しみが一つ無くなったなと思っていたんです。でも、後輩たちががんばってるって聞いていて、私少し期待していたんです。どんな映画を見せてくれるんだ ろって。けど……今日は失望しました。がっかりです。
チカル、あらためて出て行こうとする。
タカシ 今、作ってます!
他全員 !
タカシ 僕たち、恵麻先輩が書いた脚本で、映画を作ってる最中なんです。だから、廃部はもう少し待ってください。(深々と頭を下げる)
ヒコ 12月のエメラルド映画祭に間に合わせたいんです。賞、とりますから!
レオ そうです。僕たち必ず完成させますから。それまで待って下さい!
タカシ だから、お願いします。
三人 お願いします。(全員深々と頭を下げる)
間
チカル ……分かりました。廃部にするかどうかは映画祭の結果を待って、決めたいと思います。……頑張って下さいね。
三人 あ、ありがとうございます!
チカル、去る。
#8 やるしかない!
チカル、去ってドアが閉まるや否や、急にロッカーが開き、ドロ子が現れる。
ドロ子 ふー危ないところだったわ。
タカシ ……ドロ子先輩。
ヒコ 何やってたんですか先輩。
ドロ子 それは「乙女の秘密」よ。
三人 ……。
ドロ子 まぁそんな事はどうでもいいわ。さっさと作り始めないと。「恵麻先輩の書いた脚本で映画を作ってる最中」なんでしょ? 「映画祭で賞をとる」んでしょ? 「必ず完成させる」んでしょ?
ドロ子、三人の言った言葉を反芻しながら三人の肩をたたいて回る。
三人 ……。
ドロ子 ほら、アタシが監督してあげるんだから。絶対完成させるわよ。
三人 ……はい!
ドロ子 よし。まずはヒロインよ! あんた達、今から長澤さんに頼んできなさい!
三人 えぇ?
ドロ子 「えぇ」じゃない!! 三人で行きなさい。
ヒコ ……でも、断られたらどうしよう?
ドロ子 知るか!! 石に噛り付いてでもOKを貰ってくるのよ!!
ヒコ そんなぁ。
タカシ ……行こう。
レオ タカシ。
タカシ ……やってみなきゃわかんないよ。言ってみよう!!
二人 ……。
ヒコ わかったよ……。
ドロ子 レオも、いいわね?
レオ (少し考えてうなづく)
ドロ子 よし。行ってきなさい。
三人走って出て行こうとする。タカシ、入り口で立ち止まって、
タカシ ドロ子先輩。
ドロ子 何?
タカシ やっと、やっと映画が作れそうな気がします。絶対、完成させましょうね、映画。
ドロ子 当たり前でしょ。早く行きなさい。
タカシ はい!
タカシ、二人の後を追う。
ドロ子、三人が出て行くのを見てから、下手で独白。溶暗、下手スポット。
ドロ子 映画、ね。この高校を卒業してから、映画なんか、作ってなかった。映画なんて嫌い。映画にいい思い出なんて……。
高3のとき、私はキネマトグラフィー研究部の部長で、でも部活と、勉強と、恋愛のバランスが、ちょっとずつズレちゃって、私は部活と喧嘩別れした。あれから九年。私は文学部に進学、さらに博士課程に進学して夏目漱石の研究をしてたんだけど……。昔の担任の先生が病気で入院されて、院生講師として、この秋から母校に戻ってきた。キネ研がどうなってるか、ちょっと見てみようと思っただけだったんだけど……。ま、あの子たちはよそのコースの子で、私のことは知らないみたいだし。べつに放課後は仕事ないし。ま、ちょっとだけ手伝ってやるか。……さて、やる事はいっぱいあるわ。のんびりなんかしてられない。動かないと。
#9 長澤さんお願い!
ドロ子はける。下手スポット消え、同時に上手スポットに三人が入ってくる。
タカシ 長澤さん!!
タカシ キネマ研究部の映画に出てください!
ヒコ&レオ お願いします!!
長澤声 ……え?
タカシ 十二月にある映画祭に出す映画なんです。
ヒコ 長澤さん以外考えられないんです。
レオ 僕達、絶対に完成させたいんです。
長澤 でも……。
タカシ ……お願いします。
ヒ・レ お願いします!
長澤 ……わかりました。
三人 え?
長澤 ……キネ研って私が思ってたよりマジメに活動してるみたいだし……出演しても、いいですよ。
三人 ありがとうございます!
ヒコ、レオはけてタカシは留まり独白。
タカシ やった! 長澤さんが……映画に出てくれるって! でも、正直言って僕はすごく怖かった。……小学生の頃、僕は転校してきた長澤さんと、図書館でちょくちょく話すようになった。小説のこと、写真集のこと、映画のこと……僕ら二人は少しずつ仲良くなっていった。ある日、そんなところをほかの友達に見つかって、からかわれてしまった。僕は咄嗟に……長澤さんに後悔するようなことを言ってしまった。それは、もちろん長澤さんが僕ら男子の憧れの存在だったから。……別々の中学に進学し、高校になって同じ学校に通うようになってもなかなか話しかけられなかった。
でも、そんな意地より、大切なことがある。ロッカーのドロ子先輩が「三人で行け」って言ってくれてよかった。僕一人では、到底いえなかっただろう。でも、もう大丈夫。長澤さんが出てくれる。ヒコやレオもやる気を出してる。ドロ子先輩が監督してくれる。これでいい作品が作れないわけがない。頑張ろう。皆で頑張ろう!
#10 撮影風景
音楽明るいテンポのある曲に変わる。タカシははけて着替え。ドロ子、ヒコ、レオは撮影の準備。レオカメラを客席に向けている。ヒコはマイクを持って隣に立っている。ドロ子は、カチンコとメガホンもってレオの後ろで椅子に座っている。役者に挨拶などをしている。
ドロ子 そろそろ始めましょうか。カメラ、いい?
レオ う〜ん……もうちょっと。
ドロ子 音響は?
ヒコ まぁ大体。
ドロ子 ……!? すいませ〜ん、長澤さん。ちょっと来てください……髪が……はいOKです。
タカシ、入ってくる
タカシ こっち終わったよ。
ドロ子カチンコをタカシに渡す。
ドロ子 じゃあ始めましょうか。役者さん準備はいいですか?
役者声 はい。
ドロ子 カメラは?
レオ う〜ん。
ドロ子 はっきりしろ!!
レオ OK!!
ドロ子 音響!
ヒコ オッケイです!
ドロ子 助監!
タカシ 大丈夫!
ドロ子 じゃあ、いくわよ!? 5秒前! 4・3(2からは指のみ)
タカシ、カチンコを鳴らす。ヒコ以外ストップモーション
ヒコ その日から俺たちは夢中で映画を撮った。平日は脚本について話し合い、土日は撮影、夜は俺の家で編集作業。もちろん俺たちは俳優として映画にも出た。それにしても、驚いたのはドロ子先輩だ。みんなに出す指示はとても的確で、どんどん俳優の魅力を引き出していく。もちろん、カメラや照明などにもとても詳しく、パソコンのモニターを通して見る映像に僕はびっくりした。それは、恵麻先輩がいたころを思い出させるものだったから。
ドロ子、タカシ、レオ、無音ではける。ヒコまっすぐ立って
ヒコ こうして10月があっという間に過ぎ、11月が過ぎていった。映画コンクールの締め切りは12月25日。期末試験が終わり締め切りまであと20日に迫った土曜日、事件は起きた。
暗転
#11 ヒコの編集
タカシ、荷物を持って部室に駆け込む。ヒコはすでにいて、音響の荷物を傍らにおいて、部室のパソコンに向かっている。
タカシ こんちゃーす。
ヒコ 3分遅刻。腕立て15回ね
タカシ ごめんごめん。あれ、ドロ子先輩は?
ヒコ …さっきでってたけど?
タカシ へえ、どこいったのかな。幽霊でも、トイレとか行くのかな?
ヒコ 分かった。トイレの花子さんに会いに行った。
タカシ それだ!
二人笑いあう。
タカシ 今日でいよいよ撮影も終了だね。最後の喫茶店。
ヒコ タカシもだいぶ苦労してたもんね。喫茶店のアポ取るの。それより、見てよ。シーン18まで編集できたよ。(PCを見せる)
タカシ へえ。
ヒコ 朝の5時までかかった。
タカシ 徹夜? 大丈夫かよ?
ヒコ 平気平気。だって、選曲もアフレコもあるし。せめて映像だけでも早く上げとかなきゃ。
タカシ ……お前、少し変わったな。
ヒコ えっ?
タカシ 僕はもともと映画好きでここに入部したけど、ヒコがキネ研に入ったのって成り行きだっただろ。
ヒコ ああ、俺今まで、全然映画作りとかやらなかったし、ここで遊んでばっかで……。そういや俺、なんでキネ研にいるんだろ?
タカシ レオに連れて来られたんだろ。
ヒコ あ、そうそう。あの頃は、スターウォーズしか分からなかった。
タカシ でも、スターウォーズだけはめちゃめちゃ詳しくて……オタクって凄いなって思った。
ヒコ それ褒めてないだろ(笑) で、レオは? あいつ、そんなに映画の話とかしないよね。
タカシ レオはたまたま勧誘してる恵麻先輩の前を通りがかったとき、強引に誘われて。
ヒコ なるほど。先輩に勧誘されたら、レオじゃ断れないよな。
タカシ でもあいつだって、クラシック映画には凄く詳しいんだよ。
ヒコ へえ……あ、そういえば、オードリー・ヘプバーンが好きだって。
タカシ うん。……そのヒコとレオが一生懸命やってくれるおかげで、ここまで来れたんだよなって思うと、何か不思議な気分でさ。
ヒコ ……何か、ちょっと、面白いかなって。
タカシ ?
ヒコ 俺、みんなで撮った画を夜中に見てるじゃん。そうしたら、映画を作るって苦しいけど面白いなあと思えてきて。何か、みんな一生懸命じゃん。ドロ子先輩も、タカシも、レオも。だからそういうのを見ると、自分もがんばんなきゃなって。
タカシ ……へえ。
ヒコ なんか、確かに俺らしくないかもね。
そのとき、レオがとぼとぼと部室に入ってくる。しかし、挨拶はできない。
ヒコ 出発何時?
タカシ 2時。いろいろ準備してるよ。
ヒコ うん、俺もうちょっと編集しとくよ
カバンに小型テレビとか、照明用具とか、ケーブルをつめたりする。ふと顔を上げると、入り口のレオに気づく。
#12 事件発生
タカシ あ、レオ、……5分遅刻!! 腕立て25回な!!
ヒコ お前もさっき来たばっかだろ!! ……レオ?
タカシ いったいどうしたんだよ。
レオ ……ごめん。
タカシ えっ。
レオ カメラ無くした。
タカシ ……いったいどういうこと?
ヒコ 無くしたって……そんなわけないだろ?。
タカシ レオ。
レオ ……カメラ、取られた。
タカシ ええっ。
間。レオ、意を決して。
レオ 中学の時の同級生が、ときどき……財布に通す鎖とか、安っぽい時計とか、いろんなものを売りつけてきたんだ。
タカシ レオ、そんなことされてたのか。
レオ 高校に来てからは会ってなかったんだけど……きょうたまたま出会って、また売りつけられそうになったんだ。でもお金持ってなくって……じゃあ、カメラを貸してくれって。
タカシ で、カメラを渡したのか……。
レオ ……ごめん。
顔を見合すタカシとヒコ
ヒコ テープは? テープは入ってた?
レオ 前回取ったやつが。まだ半分くらい残ってて。
タカシ やばいよ。どうしよう。
ヒコ カメラだって。きょう4時から撮影があるのに。
タカシ そうだ、きょうあのシーン撮影しなきゃ、とても締め切りに間に合わないよ。
ヒコ 代わりのカメラは、何とか手に入らないかな?
タカシ ……そんなの簡単に見つからないよ。
ヒコ 誰か、貸してくれる人を探そう。
タカシ レオのカメラとテープはどうするの?
ヒコ そりゃ、返してもらえりゃいいけど。
タカシ レオ、そいつらの居場所わかる?
レオ ……
タカシ そいつらに言って、返してもらおう。
ヒコ ちょっと待てよ! ……タカシ、これはイジメだろ。そんなことしたら、レオがこのあと何されるか。しかも相手は何人いるかわからないんだ。なぐられてけがするかも知れない。
タカシ でも、とられたテープはどうするんだよ。それに、取り直してちゃ、映画祭に間に合わないよ。
ヒコ 相手は不良だろ。誰かバックにいるかもしれないし。それに第一返すわけないじゃん。
タカシ じゃあ、どうしろっていうんだ。
ヒコ 落ち着いて、カメラを貸してくれる人を探すんだよ。
タカシ 返してもらう努力もしないでか!
ヒコ だから返すわけないだろ。
タカシ やってみなきゃわかんないだろ、いくじなし!
ヒコ お前はわからなんだよ、いじめられたことのないお坊ちゃんのお前には!
間。
ヒコ 俺も、実は中学のとき、不良グループに目をつけられて、いじめられてた。使いっぱしりさせられたり、物を取り上げられたりして。
タカシ ……
ヒコ だから、もうそんなのがいやでこの学校へ来た。中学の同級生がほとんどいないから。
タカシ ……ごめん、知らなくって。
ヒコ ううん、一言も言わなかったしね。だから、ここでは安心してはしゃいでも、教室ではずっと目立たないようにしてきた。また何かのきっかけでいじめられたりしないようにね。
タカシ ……
ヒコ だから仕方ないよ。今日の撮影はキャンセルにして、カメラを貸してくれる人を……。
タカシ だめだ!
ヒコ タカシ。
タカシ ……恵麻先輩との約束はどうなるんだよ。
ヒコ ……
タカシ 恵麻先輩の作った脚本で、映画を撮るって。そして映画祭に応募して賞をとるって。それを誓ってみんなでやってきたんだろ。
ヒコ ……
タカシ こんなことで、こんなことで諦めるわけにはいかないよ。テープだけでも、頼んだら返してくれるかも知れないじゃないか。いや、返してくれるまで、頼んでみる。
ヒコ ……
タカシ 僕だけで行くから。レオ。場所教えて。
ヒコ やめろよ。
タカシ いや、僕は行く。これは僕達の、恵麻先輩やドロ子先輩やヒコやレオも含めたみんなの映画なんだ。
ヒコ・レオ ……。
タカシ レオ、頼む。教えて。
ME、FI。レオそっとタカシに場所を告げる。意を決して部屋を出て行くタカシ。それをためらいながらも追いかけるヒコ。部屋に残されたレオ。
ドロ子が入ってくる。
ドロ子 こんちゃっす。あれ、レオだけ?
レオ、猛然と走り去っていく。
不思議顔のドロ子だけを残して、暗転。
#13 不良たちのアジト
引き割り幕閉まる。袖から声。
タカシ ここだよね。
ヒコ ……うん。
タカシ ……行こう、返してもらおう!!
間。
タカシ あれ……だれもいない?
ヒコ タカシ。あれ、僕たちのカメラ。
タカシ ほんとだ! ……誰もいない……どうする?
間。
タカシ 急ごう。撮影に間に合わない……
声 オイ!
舞台、急に明るくなる。不良A、Bが入って着ている。
不良B お前ら何やってんだよ。
ヒコ あ、…。
不良A なぁ、それ、俺達のカメラじゃね? 何? 勝手に?
二人 ……。
突然、二人が逃げ出す。
不良A 待てコラァ!!
不良B、追いかける。不良C、Dもどこからか現れる。
まもなく、タカシとヒコは不良たちに捕まってしまう。
不良B 何ヒトのモン盗んでんだ、あ?
ヒコ あの、俺達はレオの友達です。このカメラはすごく重要なもので……勝手に入ったことは謝りま……
B お前、うるせぇ!(ヒコを蹴る)
A レオの友達君達ぃ? だめじゃん勝手に人のもの持ってっちゃ〜。
タカシ これはレオのカメラでしょう!
B うっせ!(タカシを殴る)
C お前キレんの早ぇよ。
D ひっでぇ〜な。
タカシ ま、まだ撮影が残って……
B うるせぇっつってんだろ!
不良BCD、二人をAの下に連れて行く。A、カメラを奪って、タカシをぶっ飛ばす。不良、二人を殴る蹴る。
そこにレオが走ってくる。
A ん? おぉ、レオじゃん(レオに絡む)なんか、お前の友達とか言う奴が勝手に人の溜まり場入ったあげく、俺らがお前に貸してもらったカメラを勝手に盗んでいこうとしてるんだけど?
タカシ レオ! 貸したんじゃないだろ。
B 黙れよ。ハハハハハハハ!(タカシを蹴る)
A レオ、どうなんだよ? そっか、貸してもらったんじゃなかったか。確か、お前がくれたんだったよなあ?(レオに歩み寄る)
レオ、答えられない。不良が殴る。くずおれるレオ。
不良C どうなんだよ、レオ!
レオ ……貸した……
C (満足してもどろうとする)
レオ んじゃない。
A ……はぁ?
レオ お前らが……お前らが勝手に持っていったんだろ!
レオ、声をあげて不良Aに突進する。
A んだとこらぁ!
乱闘が始まる。レオ、一方的にやられながらも必死でカメラを離さない。
その時ドロ子が駆け込んでくる。
ドロ子 ストップ!
男たち一瞬動きを止めてドロ子を見る。携帯を持っている。
ドロ子 あんたたち、警察を呼んだわ。もうじきここへ来るわよ。
不良、捨て台詞を残して去る。
#14 ケンカのあと
ドロ子、倒れこんでいる三人に駆け寄る。照明変化。
ドロ子 アンタたち大丈夫?
タカシ ドロ子先輩。どうしてここへ?
ドロ子 レオが走っていくのが見えて。途中で見失っちゃったんだけど。
ヒコ レオ、カメラは……?
レオ、おなかの下から、守り抜いたカメラを出す。
タカシ レオ……。
ドロ子 あんたたち、怪我は?
ヒコ 大丈夫、立てます。
ふらふらと立つなど、かなりやられてる3人。
タカシ 早く逃げなきゃ。喧嘩しちゃったから、警察が……。
ドロ子 安心して。本当に電話してるわけないでしょ。
タカシ そっ、か……。
ヒコ くそ。もう少し喧嘩が強かったら……
ドロ子 喧嘩なんて……喧嘩なんか弱くたっていいじゃない。
ヒコ・タカシ え?
ドロ子 私達はクリエイターでしょ? 一番大切なのは作品。あんた達はそれを守りぬいたんだもん。見直したよ。
レオ 「不可能だからできないんじゃない。不可能と思うからできないんだ。」
ヒコ それって……?
タカシ キネ研に伝わる標語のひとつ。
ドロ子 そう、あんたたちは、不可能を一つ、可能にしたのよ。
男3人、顔を見合わせる。
ドロ子 さあ、まだ撮影間に合うわよ。動ける?
ヒコ 大丈夫。……いてて。
ドロ子 大丈夫じゃないじゃない。ほら。
レオ、ドロ子をさえぎりヒコに肩を貸す。
溶暗。上手にスポット。タカシ、独白へ。
タカシ こうして、レオの勇気と、ドロ子先輩の機転によりピンチからは脱出したものの、その後の僕らに待っていたのは大変な編集作業の日々だった。全体的に時間がなくて、編集作業やアフレコが大幅に遅れ、おかげで3日連続ヒコの家に外泊して徹夜作業となってしまった。
家族はきっと傷だらけで、わけの分からないものに打ち込んでいる僕をきっと心配していただろう。それには胸が少し痛んだ。
けど時は過ぎ、映画祭の締め切りはどんどん迫る。ついに前日の12月24日、映画は完成。早速ダビングして1本は映画祭に出品。そしてもう1本はエアメールで恵麻先輩に送った。
暗転。引き割り幕開く。
#15 年明けの部室〜タカシの進路〜
暗転が終わると年明けの部活である。レオが部室で仕事をしている。もうじき校内で公開される「虹の向こうへ」のポスターだ。そこへヒコが片手に手紙をもって入って来る。
ヒコ こんちゃーす(こんちゃーす)、レオ。これ見て。
レオ 何、それ。
ヒコ 恵麻先輩からの手紙。
レオ 返事来たんだ。見せて見せて。(手に取る)げ、妙に分厚い。
ヒコ 先輩らしいよね。
レオ 多分、びっしり映画の批評だろうね。……映画祭もダメだったし……泣きっ面に蜂だよね。
ヒコ 今から思うと、あそこをこうしておけば、ってところだらけだもん。
レオ うん。……ところで、タカシは?
ヒコ 何か職員室に入ってくとこは見たけど。用事かなんかかな。
レオ これ(封筒)開けたいけど、タカシが来てからにしようか。
ヒコ まあ、部長だもんな。
タカシ こんちゃーす。
ヒコ・レオ (こんちゃ)(こんちゃーす)。
タカシ 手紙着いたんだって。
ヒコ 知ってたんだ。
タカシ うん、今日担任と面談で話してたら、言ってたから。
ヒコ これ。(手紙を渡す)
タカシ わ、重。
レオ 面談って、今頃何話してたの?
タカシ 進路。あ、そうそう。正月の間ずっと考えてたんだけど。僕、志望変えます。
ヒコ え、どうすんの。
タカシ 文系にします。
レオ え? 学部は。
タカシ ……映画の勉強をするために、芸術学部。
ヒコ えええええ!? 医学部から、突然芸術系!? 親には、もう話したの?
タカシ うん、昨日。言いたいこと言ったら、結構すっきりした。
レオ タカシとこのお父さん、よく認めてくれたね。
タカシ 実はまだ、認めてもらってはいないんだ。今、説得しているところ。頑張ります。
ヒコ そっか……。タカシが映画好きなのは知ってたけど、今までそっちの道に進むなんて、言ってなかったよね。映画は趣味で、作る側の人間は、たとえば恵麻先輩みたいな才能ある極少数の選ばれた人間だけだって。……なんで今頃?
タカシ うん。僕には、映画を作る才能はないかもしれない。恵麻先輩や、ドロ子先輩みたいにはね。……でも、僕、映画が好きなんだ。
ME,エンニオ・モリコーネ。『ニュー・シネマ・パラダイス』のテーマ。
タカシ 子供の頃、おじさんに映画の素晴しさを教えてもらってからずっと。自分たちで作るのもいいけど、本格的に勉強したいんだ。あの塾の人も言ってたけど、それで食べていけるのかは、分からない。でも、僕は絶対にあきらめない。そのことだけは、自信があるんだ。「不可能だからできないんじゃない。不可能と思うからできないんだ。」そうだろ?
三人、顔を見合わせる。タカシの表情は爽やかだ。
ヒコ そっか。で、どこに行くの?
タカシ 日本芸術大学、芸術学部、映画科。
ヒコ げぇっ、映画科の最高峰じゃん。
タカシ 恵麻先輩がハリウッド行ったから……僕は日本で一番頑張ってみようって。
レオ 結構入るの、難しいんでしょ?
タカシ うん、担任にも言われた。でも、自分で決めたことだから、頑張ってみようと思う。
レオ うん。タカシなら行けるよ。
ヒコ 成績だけじゃなくて、タカシは頭も良いし、映画の才能、あると思うよ。
タカシ ありがと。……皆にも色々迷惑かけて、すみませんでした。
ヒコ そうだよ。塾の講師が学校来たときなんか、びっくりしたし。
レオ そうそう。
タカシ ごめんごめん。そろそろ、手紙開けようか。
ヒコ・レオ うん。
レオ、はさみを取りに行く。誰が封筒を開けるのか。タカシはヒコを見て、ヒコに渡す。ヒコ、封筒を開ける。ヒコが手紙を開けて、読む。
ヒコ 前略 お元気でしょうか。この手紙が届く頃には、日本でも新年が終わって学校が始まったころですよね。
先日送っていただいた映画『虹の向こうへ』ですが、私のつたない脚本をこのような映像にしていただいた皆さんの努力に、本当に感謝感激です。
映画の講評についてはまた別紙便箋に書かせていただきました。私が一番うれしかったのは、小津高校キネ研の「映画を作る心」が後輩たちに受け継がれたという点です。私の学年がたった一人しか部員がいなかったこともあり、映画の撮影の仕方なども十分教えることができなかったので、とても心配でした。だけど、みんなとても成長したことが映画から伝わってきて、思わず一人でナミダしてしまいました。一旦日本に帰れるのは、3月くらいになりそうです。そのときには、また皆とお会いしたいです。では、日本は寒い中でしょうがお体に気をつけて。栗田恵麻。
ヒコ、10枚くらいの便箋をつまんでピラピラ。
ヒコ そんで、これが講評。
レオ すごい。
タカシ さすが恵麻先輩。相変わらずだな。
#16 エピローグ〜ドロ子の正体〜
そこへ、チカルがノートを持って入って来る。
チカル 皆さん。あけましておめでとうございます。
三人 おめでとうございます。
チカル お借りしていた映画のDVDを返しに来ました。
タカシ で、どうでしたか? 感想は。
チカル それより、映画祭の結果はいかがでしたか?
タカシ それは、ええと。
間。
タカシ 賞は……取りました。
ヒコ、小包を持ってくる。「残念賞」と書かれている。ひっくりかえす。お菓子が山のように出てくる。
チカル 何ですか、コレ。
タカシ 例のうまいあの棒です。
チカル それは分かりますが、例のうまいあの棒が何故?
ヒコ 残念賞です。
レオ なんか、佳作っていうか、そういう賞みたいで……。
タカシ・レオ、残念賞のお菓子の山を片付ける。
ヒコ ……でも、賞は何とか取りましたんで、廃部だけは勘弁してください。あっ!! 今度学校で公開するためにポスターを作っているんです。(ポスターを見せる)
タカシ そう、公開して、学校の文化活動に貢献。ああ、活発なクラブ活動だなあ。な、ヒコ。
ヒコ うん、そうそう。な、レオ。
レオ うん。ですから廃部だけはなんとか見逃してください!
タ・ヒ お願いします!
チカル しかし……残念ですが、実は映画研究部は廃部にしなければならないんです。先日入院された、顧問の東野先生が、病状は持ち直したようなのですが、これを機にご退職されるそうです。他に顧問になっていただける先生もいらっしゃらないそうです。ですから……。
ドロ子 こんちゃっす。
ドロ子、入り口から入ってくる。もとのスーツ姿である。
タカシ あれ、ドロ子先輩?
ドロ子 あ、みんな集まってるね。
ヒコ なんですか、その格好。
チカル あ、井戸先生。
三人 え、先生!?
ドロ子 うん。あーそうそう、顧問の件ね。さっき校長先生から話があって。来年から、正式に教諭として勤務することになったから。
チカル そうですか、おめでとうございます先生。
ドロ子 ありがと、西野さん。
三人 えぇえぇえぇえぇえーーーーーー!?
チカル どうして井戸先生が映画研究部へ?
ドロ子 あ、アタシ、ここの顧問になったから。正式に。
三人 えぇえぇえぇえぇえーーーーーー!?
ヒコ もう、なにがなんだか。
チカル ご存知なかったんですか? 国語の臨時講師の、井戸路子先生。
ドロ子 コースが違うからね。
チカル 顧問の先生がいらっしゃるんでしたら、部活存続のひとつめの条件はOKです。しかし、映画祭で賞を取るという条件が、残念賞では……。
ヒコ そ、そこをなんとか。お願いします!
タカシ・レオ お願いします!
三人、土下座。
ドロ子 やっぱり、残念賞じゃ、ダメ?
チカル 処分なしじゃ、他のクラブに申し訳が立ちません。
ドロ子 そっか。
チカル ……(三人に)活動実績を作る、すなわち、映画祭で賞をとる、というお約束でした。残念ですが、生徒会会計の名にかけて、見逃すというわけには行きません。
三人 (うなだれる)
チカル よって、小津高キネマトグラフィー研究部は……来年の予算を半額にします。
ヒコ (一瞬よく分からず)……えっ?
タカシ じゃあ……。
チカル (DVDを返しながら)来年は、必ず賞を取ってくださいね。楽しみにしてます。失礼します。(去っていく)
ドロ子 ありがとね。
チカル 先生も、がんばってください。
ドロ子 うん。
チカル、去っていく。ドアが閉まった頃、みんな喜びだす。
タカシ あ、それよりドロ子先輩!
ヒコ あ、そうだ!
三人、ドロ子の方に集まる。
ドロ子 今聞いた通りよ。ま、黙ってたことは悪かったけど。十月から本校に国語の臨時講師として赴任しました、県立大学大学院文学研究科博士課程後期1年、井戸路子です。九年前の卒業生で、キネ研の元部長。先輩ってとこは嘘じゃないわ。ま、キネ研の顧問は……やっぱり私も、映画、作ってみたいかなって。
間。
タカシ なんで、ロッカーから出てきたんですか?
ヒコ しかも、女子の制服じゃないですか。
間。
ドロ子 そんなことより! さ、今日こそは筋トレ、ちゃんとしてもらうわよ。まずは走りこみ! キネ研に伝わる標語にもあったでしょ?
三人 ?
ドロ子 狼は?
タカシ ……走れ!
レオ 豚は、
ヒコ 肉!
ドロ子 肉じゃない! ……狼は?
タカシ 走れ。
レオ 豚は、
ヒコ 半額シールを待て。
ドロ子 ……ごめんなさい、は?
ヒコ ギョメンナサイ。
ドロ子 (つかつかとヒコに歩み寄る)
ヒコ ごめんなさいっ!(最敬礼)
ドロ子 (引き返す)
ヒコ ギョメン。
ドロ子 ……。(竹刀バシッ!)……しょうが焼きにしてくれる!!
ドロ子、ヒコを追い掛け回す。
タカシ え、豚肉扱い!?
とかなんとか騒いでいるうちに音楽あがって……。
《幕》